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空想庭園



「死んじまえっ!」

ムカつく気持ちを足に込め、目の前の空き缶を思い切り蹴る。

蹴る、蹴る、蹴る……。

蹴ったのは私の頭の中だけの出来事で、空しくも足は空振りしていた。

「マジ腹立つっ!」

一回通り過ぎてしまった空き缶まで戻り、地面に食い込まんばかりに上から踏み付けてやる。
親の敵とばかりに何度もしつこく。

「ザマーミロ」

今が始発もまだな早朝で良かった。
オフィス街で周りには民家がなく誰も歩いてなくて、少しばかりの車が横を過ぎるだけ。

捨て台詞を吐き、舌打ちをしながら空き缶を睨み付けた。
ペッタンコに潰れた空き缶は地面と一体化していて、少しだけ私の気持ちが楽になった。

我ながら心が狭いと思ったけど、今は仕方ない。
心の叫びを声に出したいくらいに、苛々しているのだから。

でも駄目だ、我慢出来ない。

「金返せドロボー!ケチケチすんな不動産屋ー!帰って来てよ馬鹿両親ー!」

人は見当たらなかったけど、とりあえず一回確認のために辺りを見回す。

朝日が昇り始めた早朝に、女が一人で喚いているなんて誰かに通報でもされたらたまらない。
これ以上不幸を上塗りしてたまるか。

「ん?」

握っていた拳に何か嫌なモノを感じ、手を広げてみる。

「あ、雨」

ポツポツと降ってきたかと思った途端、雨は自然の厳しさを私に教えてくれた。

「ぎゃー!」

今私が持つ全財産が詰まった鞄を胸に抱き、一目散に雨宿り出来そうな場所へ避難する。

心の叫びを声にしたのが悪かったのか。
遠い地にいる両親を馬鹿呼ばわりした怒りが、大雨となって私を叱っているのだろうか。
わからないけど、今の現状としては私の不幸の上塗りはまだまだ終わりそうにない気がした。

「……つ、疲れた……」

ゼイゼイと肩で息をし、お洒落な石の椅子が置いてあるビルの前で雨宿りをする。
雨に打たれながらも、雨宿りを座って出来そうな場所を探しだした私は偉い。

黒くて丸い石の椅子は二脚あって、一つに荷物を、もう一つに私が腰を下ろした。
まるで雨宿りついでに腰でもかけてくださいと言わんばかりに、うまい具合に設置された椅子。
なんて良い会社なんだろう。
雨宿りのお礼に贔屓になってあげるよ。
でも金がかかるようなら、一生に一度は使うからそれで勘弁して。もしくは友達に勧めるから。

濡れて肌に貼り付く服に嫌悪を抱きながら、心の中で念仏を唱えるようにビルの持ち主にお礼を言った。

「はぁ……」

そして疲労から思わずため息が自然と出る。

少しだけしか雨に打たれていなかったにも関わらず、バケツをひっくり返したような雨に私は全身ずぶ濡れ。
鞄もビショビショだったけど、中身は大丈夫だろう。

「タオル……ない」

濡れた身体を拭こうかと鞄をあさるが、タオルを入れてなかった事に気付く。
しかもその代わりになるようなモノがない。
着替えが数枚だけ入っ鞄を恨めしそうに眺めながら、またため息を吐いた。

この辺りはオフィス街で、コンビニもない。勿論、スーパーやデパートもない。
ついでに金もない。

……情けなくて泣けてくる。

不動産屋と夜中まで喧嘩をし、勢い余ってアパートを飛び出した私は後悔していた。

「せめて不動産屋にお金借りてくれば良かった」

十円玉が数枚の全財産、なんとも寂しい金額。
友達に電話しようと思ったけど、携帯番号なんて覚えてない事に気付き、仕方なく五駅分の距離を歩く事に。

そうしたらこの有様。
雨に叩かれ全身ずぶ濡れで、久しぶりに長距離を歩いたものだから膝が笑っている。

やっと四駅目に入ろうかと言う時に、雨に会う。
友人のアパートの最寄りの駅からは、バスで十分。
歩けば三十分少々で着くんだろうけど、この雨空と今の私の体力ではどうやら無理っぽい。

一度腰を落ち着けた事で、ドッと出てくる疲れ。

眠気があるせいなのか、頭はボーッとするし冷えた身体が熱くなってきた。
眠いからと体温が上がるのは、まるで子供みたいだ。

……まぁ良いや。

軒先を提供してもらってるビルの中を覗き見れば、アンティーク調の柱時計が見える。
始発まであと一時間半くらいか。

雨は酷くなる一方で、歩道がちょっとした川のように水がたくさん流れている。

どうしよう。
もし雨がずっと止まなくて、このビルで働く人達が来てしまったら。
明らかに怪しいずぶ濡れの汚い女が、こんな立派そうな会社の入口にいたら通報どころか訴えられるのではないだろうか。

通報も嫌だけど、訴えられるのも嫌だ。

気付けば目の前には黒い傘をさした、黒髪に黒いスーツの目付きの悪い男。
ぐるぐる回る視界に、お腹が痛くなってきた。
おまけに吐き気まで感じ始めた。

きっと死神かもしれない。
ついに不幸の上塗りの最終段階にきたのか……。
誰にも看取られず、独り逝くのは寂しいなぁ。

せめて両親を目の前に恨み言に一つや二つを言って死にたかった。
これくらいは神様だって許してくれるはず。
いや、あんな不良両親にだったら、よく言ったって褒めてもらえるかもしれない。

そんな事を思いながら、死神を見つめる。
今時の死神は随分と想像と違うようだ。

「おい」

死神と言えば全身黒ずくめなイメージではあるけど、足りないモノは大きな鎌。
もしかしたら傘が鎌の代わり?
いやいや、鎌で人間の魂は刈れないだろう。

「おい」

目付きの悪い男の突き刺す視線に慣れ、見下ろす男を遠慮なく見てみる。
目鼻立ちは整っていて、かなりのイイ男だ。
二十代後半といった、一番脂ののった年頃。
好みの顔立ちだけど、相手は死神。
そんな命を懸けまで関係を持ちたいとは全く思わない。

「おい、聞いているのか?」

何だか怠いなぁ。
しかもこの死神、さっきから喋ってる。喧しい。

「そこのゴミ、聞いているのかと言ってる」

ゴミ?
現代の死神はゴミと喋るのか?

辺りを見回そうとすると腰を捻ると、お腹がキリキリと痛みを増した。

「聞こえないのか?お前の事だ、ゴミ女」

ゴミ女?
そんな怪人めいた女がいるのか?
都市伝説ちっくな呼び名に、辛い身体を無理に動かして再度周りを見渡す。

「お前は馬鹿か?」

死神は目を吊り上げて近寄り、私の襟首を掴み上げた。

「グェッ」

濡れた服が上手いこと締まって首に纏わりつく。
このままでは首が絞まって、死……死んでしまう。

カエルが潰れたような声を出し、私は苦しさのあまり手足を動かして抵抗した。
現代の死神は鎌でなくて、傘でもなくて、襟首を持ち上げ首を締めて殺すのか……。
考え付かない新手の殺し方に、驚きを隠せない。

「もしかして口をきけないのか?」

喋りたくても喋れないんだって!
苦しくて息すらも出来ないのに、言葉なんて尚更だっ!

酸素不足のせいか、頭の中が白み始める。

「面倒だな」

男は舌打ちをして後ろに振り返る。

勝手に面倒にしたのはお前だろーが。

あ……、まずい。
指先から力が抜けてく。

そしてすぐに意識は遠のいてしまって、死神を何を話しているのかわからなくなってしまった。
どうせ手を離すなら、もっと早くしてくれれば良いのにと思いながら。



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