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空想庭園



「香夜ちゃん、お土産だよ」

帰って来たアニスは嬉しそうにしながら縦長の箱を私に差し出した。
黒の包装紙に金色の水玉、そしてピンクと緑の2種類リボンがかけられている。なんとも趣味が悪い。
でもお土産を買ってくるような殊勝な気持ちがあっただなんて、アニスの予想外な行動にちょっと嬉しくて素直に派手な箱を受け取った。

「開けてみて」

その言葉に何のためらいもなくリボンを解く。
ソファに寝そべるアニスは笑顔でいるが、こいつが無償で私に何かをくれるはずがない事を早く気付けば良かった。

「ひいっ、いやああああっ!」

箱を開けた私はすぐに投げ捨て、悲鳴を上げた。

中には私に似た人形。
それも目と鼻、口や耳が黒い糸で縫い付けられた気味の悪い人形。

「今流行の呪いの人形を買ってきたんだよ、しかも特注。本当は予約しても一ヶ月待ちしなきゃならなくてさ、呪術師が一つ一つ丁寧に呪いをかけて丹精込めて作った職人の珠玉の一品なんだよ。ね、嬉しい?」
「こんな物どこで流行ってるんですか!?嬉しくないです!こんな怖い人形気持ち悪いだけ!」
「せっかく香夜ちゃん人形急いで作らせたのにー。ユベールの監視を掻い潜ってまで仕事抜け出して実家に行ってきたんだよ、もっと喜んでよね」

いかにも私に非があるかのような言い方をするアニス。
その顔は心底がっかり……しているわけもなく。
薄笑いを浮かべていた。

「ヌイグルミが好きだからって思って人形を買って来たんだよ。トニーみたいに名前をつけて可愛がってよね」

わざとだ……。
私が嫌がるのを知ってて、わざと用意したんだ。
こんな手の込んだ嫌がらせ……。

人形には目もくれず、私は自分の肩を抱いてブツブツとぼやいた。

「じゃあ良いよ、僕が可愛がるから。ねーカヤ?」
「早速で悪いんですけど、私の名前をつけないでください!」
「僕の人形なんだから、どんな名前つけても良いでしょ?」
「嫌です!」
「それに、そっちは香夜ちゃん。こっちはカヤ。ね、違うでしょ?自惚れないでもらいたいなぁ」

私に指をさし、そして気味の悪い人形をさす。
どう言ってるつもりなのかはわからないけれど、音は私の名前じゃない!
いけしゃあしゃあと、どの口が……。

「今日から僕が添い寝してあげるからね、カヤ。あ、着せ替えして遊ぶのも良いねー。そうだ、お風呂も一緒に入る?」

アニスが人形に話しかけ、その言葉の光景が脳裏に映し出される。
アニスと寝て、着替えをさせられて、あまつさえお風呂……。
対象があの不気味な人形なのにも関わらず、同じ音のせいで妙な錯覚を起こしてしまう。

そう考えた瞬間、背中に走る寒気が私の身体を突き動かした。
その時の私は今までにないくらい素早い動きをしていたと思う。
アニスの手から無言で人形を奪い取り、私の腕の中に収める。

「せっかく色々遊ぼうと思ったのに持って行かないでよー」
「冗談じゃありません!」
「だって香夜ちゃん、カヤの事嫌いなんでしょう?僕は嫌いじゃないから、大事にするんだから返して」

アニスは私に手を出して、今すぐに返せと言わんばかりだ。

「私が可愛がりますから返しません!」
「だってさっき悲鳴上げて嫌がってたじゃん」
「い……いきなりで驚いただけで……。ともかくもう大丈夫です、私が貰います」

語尾を小さくしながら、少しばかり尻込みし顔を反らす。
嘘を吐く事が苦手なせいで、真っ直ぐに見つめるアニスにとてもじゃないけど顔を向けられない。

私の手の中にある人形に目を落とす。
――それはやっぱり気持ち悪くて、自然と顔を背けてしまう。
髪型や私が初めてアニスに出会った時と同じような模様のパジャマを着た、私を模した呪いの人形。
しかも「カヤ」とか名前まで早々につけられたんだから、私としてはたまったもんじゃない。

そして再び人形を見る。
見れば見るほど気味が悪い。
絶対……確実に、可愛がれない。断言できる。
今すぐにでも然るべき処理をしてくれるお寺とかに持って行きたい。

そうだ、アニスがいない時を狙って処分しに行こう。
お払いとかしてくれるお寺なんて近くにあったかな。

「こんな気味の悪い人形、本当は欲しくないんでしょ?可愛いと思えないんでしょ?」

当然でしょ?こんな人形のどこに可愛らしさがあるって言うの?
アニスの問い掛けに大きく頷き、私は頭をお寺で一杯にしていた。

だってこの人形をどうするかが今の最優先事項。

お払いするのってお金……いるのかな。
やっぱりお寺だって慈善事業じゃないんだから、お金かかるよなぁ。
手持ちの金額を頭の中で計算していると。

「やっぱりね、じゃあやっぱり僕が貰う。可愛がってくれなきゃカヤが可哀想だし」

腕に抱いていた人形をアニスにあっさりと掠め取られる。

「人形差別するなんて、人間も偉くなったものだねー、カヤ?」

アニスは頬に人形を寄せ、視線を私に向けた。
さも私が悪いと言わんばかりに、それはもう冷たい視線で。

「お願いだから着替えやお風呂だけは止めてください。出来ればアニスの部屋のどこか奥底にでもしまっておいてもらえるとありがたいです」

もう駄目だと腹を括って、アニスにこれだけはしてもらいたくないって行動と、一番簡単に私の目につかなくする事をお願いした。
こんな人形と会話をするアニスを見ているだけでも両腕が鳥肌で覆われるんだもの、とても気色が悪い。

でもアニスは変わらない視線をくれたままで、ただ私を見ていた。
人間諦めも肝心だ、だから私の意見を少しでも聞き入れてもらいたくって両手を合わせて頭を下げた。

「お願いっ」
「良いよ。僕の部屋にしまっておくよ」
「……え」

まさか私のお願いを全部聞き入れてくれるなんて。

神様仏様アニス様。
本当にありがとう、私がどれだけ嫌だったかわかってくれたのね。
今まで神様なんて信じていなかったけど、これからは改心してあなた様を崇めたいと思います。

合わせていた両手を組み、目に見えない神様仏様に感謝していると嬉し涙が視界の邪魔をした。

「ただし、借し一つね。香夜ちゃんに何してもらおーかなぁ。僕の好意を踏み躙ってくれたんだもの、それなりの事をしてもらわなくっちゃねー」

悪魔様魔王様アニス様。
所詮、魔界の王子様は魔界の人でしかなかった。
神様や仏様とは横に並べない、異界の人物。

「借しを返してもらう日を楽しみにしてるね、香夜ちゃん」

楽しそうに目を細め、人形に唇を寄せながら喋るアニス。
私はそんな姿を見て、一瞬でも見直してしまった自分が恨めしく思った。





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