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空想庭園



ベランダへ続く閉じたままの窓の向こう。
長い黒髪を横に結わえた、これまた美青年がこちらを見ている。
そんな場所に人がいたのかと、私はただただ愕然としてしまった。

特に空気を読む事などなく、自称王子は窓を開けた。

「ね、僕王子様だよねー?」
「あ?」
「この子、疑ってるんだもん」

話を振られた黒髪の美青年は、短い返事をして無愛想に顔をしかめる。
突然現われた美青年があまりにタイプで、思わず見惚れてしまった。
そんな私を指差しながら喋る自称王子は明らかにムッとした表情で、クローゼットを乱暴に開いてトニーの長い耳を無造作に掴んで投げ付けた。

「トニー!」

顔面にぶつけられる手前でトニーを捕まえると、胸に抱き締めた。

「トニーに何をするんですか!」
「ユベール聞いた?いい歳して、ウサギのヌイグルミにトニーだって」

まるで汚い物を見るような目付きで、黒髪美青年に耳打ちする自称王子。
しかもコソコソしてる風でも、全部丸聞こえなんですが。

「う、煩いですよ!そもそも嫁入り前の女の部屋に勝手に入って来て!不法侵入で訴えてやりますっ」

と、そこで叫んで不思議に思った。
夜中にも関わらず、いくら大声を出しても誰も苦情の一つも言って来ない。
窓を締切っていたとしても、アパートの薄い壁は普段の生活音が筒抜けなほどだ。
なのに…、どうして。

「誰かー!助けてー!」

私に近付こうとしていた自称王子を突き飛ばし、美青年のいる窓とは違う窓を開け叫ぶ。

いくら夜中だとしても、いくら田舎だとしても。
広がる無音はどうしたものか。

明らかにおかしい。

「イヤーッ、誰かー!」

周りの家は灯が点いているのがチラチラ見えるのに。

「火事ですー!」

どこかで見た事がある。
人を呼びたい場合、火事だと叫べば必ず来ると。

十秒……、三十秒……、一分……。


少しずつ時間が経つにつれ、私の冷や汗は顔中をうめ尽くす。
どうして誰一人窓から顔を出したり、外に出て来たりしないの?

アワアワとしていると、不意に手を掴まれた。
呆然と外を眺めていた視線を室内に戻せば、黒髪美青年が見下ろしていた。

あ、目の保養。

見とれていた一瞬、黒髪美青年は私の手を広げさせた。
いつの間にかガラス窓に貼り付けられていた丈夫そうな紙に、その手を強引に叩き付けた。

「痛ーい!」

ガラス窓が壊れるんじゃないかってくらい、それはもう勢いよく。
本当に痛い、やられた私は涙目だ。

黒髪美青年は私に一瞥もくれず、勿論心配する声もかけない。

「無駄に時間をかけるな、これで十分なはずだ」

紙を自称王子に見せると、すぐに紙を丸めて懐へと仕舞い込んだ。
こちらの都合やなんかは一向にお構いないとばかりに、淡々と作業をこなす。

「もう少し遊びたかったんだけど、まぁ良いか」

いやらしくも満面の笑みの自称王子は窓辺に立ち、そこから出て行く黒髪美青年の後ろを追いかけて出て行った。

「契約、ありがとね」

わけのわからない言葉を残して。

「意味わかんない!」

誰もいなくなった窓に駆け寄り、彼等を探す。
星の灯りが薄く広がる空に浮かぶ影が二つ、遠くに見えた。

「何なのよー!」

様々な疑問を残し、彼等は暗闇に溶けてしまった。

ふと気付けば不気味な静寂はなくなり、近くの小路を車が走っているのが見えた。

「きっと夢だ、目を開けたまま夢見たんだ。……もう一回シャワー浴びて寝よ」

額に流れる汗を拭い、私はお風呂場に行った。
ベッドに行くまで、「あれは夢だ」と、まるで念仏のようにずっと呟いていた。



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