空想庭園
3
「どうして倒れるまでお風呂に入ってるの」
アニスはお小言と一緒に濡れたタオルを額に当ててきた。
言われる事はごもっともで、情けないと思いながら冷たいタオルに手を当てた。
あんな事があったばかりで、どうにかアニスへの気持ちに整理をつけたばかりで冷静でいられないのに。
「ほら、水だよ。飲める?」
額にかかるタオルを外し、上半身を少しだけ起こした。
グラスに入った水に口をつければ、熱くなった身体に染み渡るように吸い込まれていった。
グラスにいっぱい入っていた水を全て飲み干し、人心地つく。
随分と楽になった身体だけど、またすぐに横になった。
「もっと飲む?」
「ん……大丈夫です」
首を横に振り、いらない事を伝えれば、アニスは安堵の笑みで私の額にタオルを乗せ直した。
「じゃあこのまま休んだ方が良いよ。おやすみ、香夜ちゃん」
そう言って、アニスは部屋を出ようとした。
その時、何となく。ただ何となく。
掴んだ手を放したくなくて。
「香夜ちゃん?」
冷静でいられないから、本当は一人になって落ち着いた方が良いんだろうけど。
だからなのか。
「どうしたの?」
アニスからの優しさが、今の私の身にとても沁み込んでいった気がした。
「今……、話しても良いですか?」
「ん?何の話?」
「今日言っていた……話の続きです」
「日を改めた方が良いと思うけど、香夜ちゃんは今言いたいんだね?」
「……はい」
立ち上がろうとしていたアニスは、ベッドに腰をかけた。
返事はないけど、了承したかのような態度に私は深呼吸をした。
ベッドにつく手に、私は手を重ねた。
咄嗟の事で、アニスは驚いたように私に目線を落とす。でもそれはすぐに優しい目になって。
ドキドキするのは、身体が熱いのは、のぼせてしまったしまったせい。
ただそれがお風呂なのか、アニスになのか。
「私、色々考える事があるんです。私、単純だから優しくされるとすぐに信用しちゃって、でも騙される事もいっぱいあって。……でも臆病な所もいっぱいあって」
「うん」
「だから臆病な私は、現実をあんまり見ないようにして。現実逃避ばかりが上手になっていって」
「うん」
「逃げる事しか出来ない私は、こんなに1人の人と深く関わった事がなくて、アニスの事をどう信じれば良いかわからなかったんです」
「うん」
「本当に大事な人は誰かわからずに、私は優しい言葉に簡単に流されて信じてしまう、情けない女なんです」
ただアニスに謝りたかったのに、咄嗟に起こしたアクションのせいで上手く言えない。
整理しきれない頭の中から、色々言葉を引き出す。
取り留めのない、言葉の羅列になってしまいそう。
でもお礼も言いたくて。なのに色々な思いを言葉にしたせいか、あまりの情けなさに涙が滲み始めた。
「いつも恥ずかしい所ばかり見られて、いつも私をからかって遊んで。まるでアニスの手の上で転がされてるみたいで、私一人バカみたいで」
滲んでいた筈の涙は滲むだけでは収まらなくて、泣きながらアニスに心を曝け出すように口が動く。
「だから逃げたくても、アニスは逃がしてくれなくて」
燻っていた気持ち、でもアニスに惹かれていたのも事実で。
「……でもいざって言う時は助けに来てくれて。ちゃんとアニスの事を考えようとしても、変に勘ぐって傷つきたくなくって気持ちを押し殺す方が楽だからって、逃げてばかりで情けなくて」
涙で汚れた私とは違い、穏やかな笑顔のアニス。
目が合うと横たわる私のベッドに潜り込み、濡れた私の顔を押し付けた。
「思ったよりも根が深いねぇ。そんな不安な気持ちが強かったなんて思ってもみなかったよ。そっか、ごめんね」
「それにアニスにあんな仕打ちを色々されてるのに、それなのにアニスが好きだなんて認めたらまるでドMじゃないですか。私は普通だもの、ノーマルだもの」
「……もう、香夜ちゃんてば、そんな事も考えていたの?」
あやすように私を抱きしめ、アニスは呆れたような声を出していた。
「僕は香夜ちゃんの恥ずかしがる顔も、怒った顔も、泣いた顔も、怯える顔も、笑った顔も全部全部好きだよ。でもそれは僕がもたらしたから出る表情だと思うから、好きなんだ」
私の想いに返事をするかのように、アニスは優しい声で話す。
「だから香夜ちゃんの感情は、全部僕にぶつけてね。何でも良いから、僕は香夜ちゃんの全部が愛しくて仕方ないんだ」
「……アニス」
しがみつくようにアニスに抱き着き、まるで子供のように泣いた。
いつもなら恥ずかしくてそんな事、絶対したくないと思うけど……。
今は心から素直に、アニスに甘えたくて。
「ごめんなさい」「好き」
何度も繰り返し呟きながら泣いていた。
アニスは何も言わずに、ただ温かい腕で包んでくれていた。
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