空想庭園
2
じゃあ明日ね……と言われ、不敵な笑みを浮かべるアニスから解放された。
明日なんてこなくても良いのに……。
私を翻弄する見えない運命の神に毒づき、予想のつかない明日に気持ちが暗くなる。
まあ……私が素直にあの場でアニスに言っていれば、このように地獄の苦しみを先延ばしにしなくても済んだのだ。
しかし、アニスが良い事思いつく時は、たいてい私にとって良い事ではない。
重苦しい今の気分に加え、アニスの良くない思いつき。
ダブルパンチが私をノックアウトするんだろう。
嗚呼、嫌だ。本当に明日なんて来なければ良いのに。
重い足取りでお風呂セットを準備し、浴室へ。
今日は疲れた、もう寝よう。明日の事を考えていたらキリがないもの。
考えまいとしていても、黙っていれば思い浮かぶ今日一日の出来事。
「サフィニアさん……」
シャワーの音に掻き消された呟き。
私は様々な思いをそれに込めた。
とても良い人だと思っていた。変わった人ではあったけど、決して悪い人ではなかった。
なのにあんな仕打ちを受ければ、少なからずショックを受けたし、寂しかった。
信じていたのに……、結局はサフィニアさんの私利私欲に私は使われようとした。
自分の人を見る目の無さに呆れるよりも、寂しい気持ちが大きく心を占めていた。
裏切られたとかそんな大層なものではないけど、信じていた気持ちが壊れてしまったように感じる。
フェンネルさんの件もあったのにも関わらず、私は懲りていないのだろうか。
アニスに散々言われた。
「僕だけを信じて」
私が今陥っている気持ちを、アニスも今、感じているのだろうか。
なにもアニスを信じていないわけじゃない。
優しくしてもらえたら、悪い人には見えなくて。
巡る回想は真剣に私の話を聞く表情や、私に振り回されて焦る表情。何よりも、とても一生懸命に見えたサフィニアさんだから……。
でもアニスは私を信じていた。
けれど私はアニスではなく、サフィニアさんを信じ、サフィニアさんの言葉を優先させた。
結果、私はアニスを裏切ってしまった。
……私はアニスに何度もこんな寂しい気持ちをさせてしまった。
今更気付いた思いに、目頭が熱くなった。
ごめんなさい、……ごめんなさいアニス。本当にごめんなさい……。
「……ごめん……なさ……」
考えれば考えるほど負の感情が私を取り巻き、心が重くなった。
色々な事がありすぎたんだと思う。ぼんやりとしながら湯舟に顔を沈めた。
お風呂でさっぱりしようといつもよりも長湯になってしまっても、結局心は晴れないまま。
冷や汗なのか、熱くて出た汗なのかわからないけどね、じわじわと流れる。
明日の事を考えれば、更に重くなる気持ち。
私に出来る事と言ったら、誠心誠意謝る事。あと……アニスに気持ちをちゃんと伝える事。
よし、と意を決し、湯舟から上がる。
が、長湯しすぎたせいで目の前が暗くなる。
まずい、こんな所で倒れたくない。
耳鳴りもする中、閉じてしまいそうな意識をどうにか奮い立たせ、脱衣室に行ってバスタオルに手をかけた。
駄目だ……、立っていられない。喉が渇いた……水飲みたい……。
吐き気を伴う気分の悪さに、ついにその場に倒れ込んでしまった。
ちょっとだけ休めば良くなる。瞼を閉じて気持ち悪さを逃がすように、何度も深呼吸する。
身体の熱が抜ければ、少しは落ち着くだろう。そしたら水を飲んで、それから……。
「どうしたの香夜ちゃん」
一番来てもらいたくないのに、何でこのタイミングで来るー!
「のぼせちゃったんだね、身体が真っ赤だよ」
バスタオルはやっとの思いでかけただけだから、身体を半分しか隠せてない。
どこがどう隠せてるか、細部はわからない。
こんな恥ずかしい恰好で見つかりたくなかった!
「だい……じょぶ、です」
「目も開けられないのに、大丈夫じゃないでしょ?」
「だいじょぶ……です」
うわごとのように呟く私を無視し、アニスは身体を抱き上げた。
どうにかかかっていたバスタオルが落ちる感じたから、叫びたいし暴れたかったけどそんな元気もなくて。
泣く泣くアニスのされるがまま、私は脱衣室から自室へと連行された。
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