[携帯モード] [URL送信]

空想庭園

「香夜ちゃん」
「……なんですか?」
「僕、結構傷ついたんだよね」

帰って来てからすぐにアニスの手の処置をし、それが終わった途端私に正座を命じて、いつものようにお説教モードになった。
もちろんその時のアニスの定位置はソファーで、私はその足元に。

アニスが傷ついたと言う割にはソファーで足を組んで、ふんぞり返って私を上から目線で見ている。見下ろされている私にしてみれば、それはそれは屈辱的な光景だ。
はたから見れば傷ついているなんて見えないんだけど。どっちかって言うと、これから私が傷つけられるんじゃないかって雰囲気なんですけど。

「この度の事に関しては、何て申し開きをしたら良いのか……」

なまじ私に非があるのがわかるから、アニスの態度云々より、まずは言葉で謝罪をする。
こんな時は素直に謝っておいた方が、被害が少なくて済む。これは私がアニスとの生活で得た知恵だ。……何だか切ない知恵だけど。

「そうだよねぇ。僕、何回も言ったのに。それこそ、フェンネルにちょっかいを出される前から言ってる事だよね?僕だけを信じてって」
「ご……ごもっともでございます」
「フェンネルの時で反省したと思っていたのに、また同じような間違いを犯してる。香夜ちゃんは少し頭が足りないんじゃなくて、真性の馬鹿なの?」
「返す言葉もございません」
「人間は学習能力があるって聞いていたけど、そんな事も出来ないなんて香夜ちゃんは人間じゃないのかな?」
「……ちょっ!アニス、それはいくらなんでも酷すぎじゃないですか!?これでも一人暮らしもしてたし、社会に出て立派に仕事もこなしてたんですから!」

私だって悪いと思ったからこそ謝ったのに。
アニスの言い分に反省の色を見せているのに、我慢の限界!
真性の馬鹿とか!いくら私が悪いからって言い過ぎ!

私は興奮したまま立ち上がりながらアニスに感情をぶつけた。
でもアニスは。

「だから?」

足を組み、ソファーの縁で頬杖をついたまま、寒々とした視線で私を貫いていた。
目が笑ってなくても口が笑っているって事もなく、いつものような返し方じゃない。

「……ア、アニス?」
「だから?」

これはもしや……、アニスは本当に本気で怒っているって事なのか……な?

「あの……」
「だから?」

仁王立ちに近い私の恰好がどんどん萎縮する。
それに合わせて私の怒りゲージもどんどん衰退。比例するように伸びるのは、私の精神的ストレスのゲージ。

こんなに怖いアニスは初めてで。
そんなアニスを前に、私は力が抜けたように座り込んだ。

「香夜ちゃん」
「……はい」
「僕はね、大事な物を他の誰かに触らせる趣味はないんだ」

淡々と喋るアニスの顔を見る事は出来なくて、俯いたままでアニスの言葉に耳を傾けた。

「だから僕は大事な物は全力で守ろうって思ってた。それが無力であればあるほどね」

俯いていた頭の上に、不意に感じた重み。これは……アニスの手。

「まったく……、どうしたら香夜ちゃんはわかってくれるのかな?」

声音が急に変わり、いつものアニスの声になった。
乗っていただけの手が私の頭を撫でていて。思わず顔を上げれば、呆れた顔のアニスが私を見下ろしていた。

「僕に関係する事をどうして一人で考えるの?どうして他人に聞くの?僕に聞くのが一番手っ取り早いでしょ?」
「だって……」

顔は上げたものの、いつまでもアニスと目線を交わす事は出来なくて、すぐに目を泳がせてしまった。
しかもアニスに言われた事はまさに正論で。でもいくら正論だとしても、それは……。

「じゃ、じゃあ例え話ですけど……結婚をしてるのに結婚したって実感がなくて、でも婚姻届なんて見た事ないし。だから私達って何なんだろうって、これで夫婦なのかなって相談を結婚したかもしれない相手に相談できると思いますか?」

また豹変して怖いアニスにならないよう、少し控え目に聞く。

「また例えばですけど。……例えば、好きかもしれない人にあなたの事が好きかもしれないんだけど、わからない。私の気持ち、何なんだろうって相談を出来ると思いますか?……例え話ですけど」

アニスが黙って聞いているものだから、私はいつまでも喋ってしまう。
まるで終わりなき言い訳大会とでも言えばいいのか。

「そう、香夜ちゃんは僕の事好きじゃなかったんだ」

抑揚のない声が上から降り注ぐ。
何だろう。一瞬にして空気が凍りついた気がした。

「てっきり僕の事好きになったんだと思ってたのに。あの時にはまだ気持ちに迷いがあったんだ」

あの時と言われても、いつの事やら。思い当たる節がたくさんありすぎて何も答えられない。
冷や汗がダラダラと止まらない!

「僕はこんなに香夜ちゃんの事が好きなのに。結局は全部僕の独りよがりだったんだね」
「で、でも!」
「何?」

少し言い訳をしたくて顔を上げれば、冷めた目で冷めた声を出すアニスと目が合った。
デジャブ!?たったさっきも同じような光景を見た気がするんですけど!

思いきり怯みそうになったけど、ここは踏ん張り所だと俯く自分自身を叱咤した。

「でも……今はアニスの事、す……す……」

好きの二文字を中々言えずに、言葉が続かない。
こんなに言い辛いのは、重苦しい空気と雰囲気がそうさせた。

「僕の事を、何?」

そんな空気を全く読もうとしないアニスは私の言葉を待てずに急かすように促す。
アニスの態度に若干の苛立ちを覚えつつも、私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

「わ……私は、ア、ア、アニスの……事を……」
「ちょっと待って」

ここに来てアニスからのちょっと待ったコール!
私の……私の振り絞った小さな勇気を返して!
恨みがましい目を向けようとアニスを見れば。

「僕、良い事思いついたよ」
「はい?」

私の気持を無視したかのような晴れやかな笑顔のアニス。

「告白はこんな強制されて言うものじゃないもの。僕がムードを盛り上げて、香夜ちゃんが言いやすいようにセッティングをしてあげる」

アニスの満面の笑みの裏側には、計り知れない黒さがある事を私は忘れていた。
顔色を悪くする私を見て、アニスは口の端を釣り上げている。

私は膝に乗せた手を握り、得も言われぬ恐怖と戦っていた。





[次へ#]

1/3ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!