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空想庭園



魔界から帰って来たのが昨日の事。そして今日は一日仕事で疲れたな……と。
大きくため息をつきながら制服を脱ぐ。

「お疲れ、浮島さん」
「お疲れ様でした」

ロッカールームは仕事上がりの先輩方が楽しそうな声で、夜の予定を話している。
どうやら合コンに行くらしい。

仕事が慣れて来たと同時に、可愛がってもらえるようになった。変わらず私を嫌いな先輩も多数いるけど。

浮足立つ先輩方をしり目に、私はロッカールームを足早に出た。
ビルを出ればアスファルトは熱をたっぷりと含んでいて、歩く事を戸惑わせる。

ふとした隙にあの女の厭らしい声と、私を馬鹿にする声が頭痛と共に再生された。
そして無性に苛々する。

痛む頭に手をやり、その場しのぎの手当。
今日はお風呂入ったらすぐに寝よう。きっと昨日の今日で疲れてるんだ。
食欲もわかないし、買い物もしないで帰ろう。

帰宅ラッシュの電車に揉まれ、疲れた体がどんどん重くなる。

結局、フラフラな足取りで何とか自力で家に戻り、それからはほとんど夢遊病者とばかりに今最低限やらなければならないことだけを済ませ、すぐにベッドにダイブした。

「あの女、こっちに来てまで……ムカツク。死ね」

翌朝になり少しは疲れが取れた気はするが、痛みの残る頭をさすった。
眠る時にイライラしていると、良い睡眠を得られないんだと体感した。

「あー、だる」

怠さも抜けきらなくて、大きく背伸びをしながら階段を下りた。
夕飯食べなかったおかげで若干の空腹感がある。昨日は空腹感がなかったから、やっぱり昨日よりは調子は良いのだろう。
朝ご飯はコーヒーとパンで良いや。時間もある事だし、ゆっくりと食べよ。

静かなキッチンで朝食を準備していると、ユベールも起きてきた。

「おはよ」
「……ああ」

簡単に返事をし、まだ結われていない長い髪をなびかせながらリビングに来る。
何か取りに来たのかと思えば、ダイニングの椅子に深く座り私を鋭い眼差しで追いかけている。

射殺されるんじゃないかってくらいの強い眼差し。

「朝っぱらから喧嘩売ってんの?」
「いや」
「コーヒー、飲む?」
「……貰おうか」

ふてぶてしい態度にムッとする。
けどいつもであれば朝はリビングに顔を出してもテーブルに着く事はない。そのせいでムカつきながらも、私はこれまた珍しく声をかけたわけで。
淹れたてのコーヒーを出すと、まだ私を見ているユベールと目が合った。

少しの沈黙の後。

「……顔色が悪いな」
「ん?」

私を心配する事なんて早々ないのに。今日は珍しいこと続きだ。
真夏に雪でも降るんじゃない?

「瘴気の余波が後から出たんだろう。今日は仕事を休め、社には伝えておく」
「え?仕事休むほどじゃないし、別に」
「何の守りもなくあの森に居て、人体に害がないわけない」

パンにバターを塗りながら、お小言にも似たユベールの話を聞く。

「魔界自体そうだ。魔界の瘴気は人間には有害でしかない。僅かではあるが、お前に渡したネックレスはお前を様々な影響から守っていた。……まあ、僅かな守りでしかないが、その守りを途中で外したから体内に瘴気が蓄積されている筈だ」

いつになくお喋りだな。
……こんなにしつこく言ってくるのであれば、今日は甘えて休もうか。
実際体の調子が悪いのは悪い。

「わかった、今日は休ませてもらう。でも私が直接会社に電話するから」

そんなやり取りの後すぐに会社に電話をし、欠勤を伝えた。私を見ていたユベールは何も言わずにコーヒーをひと飲みし、自室へと戻った。
軽く朝食を食べ終えた私は、重い体を引きずるようにして部屋に行くと、ベッドにダイブした。

妙な怠さが心地悪い。
追い風とばかりに頭痛はあるし。

あ……、鎮痛剤飲んで寝れば良かった。
失敗した……なんて思いながら、体の休まらなさそうな睡眠を取る事になった。


うつらうつらと微睡はするが、深い眠りには中々入れそうもない。
めんどくさがらずに鎮痛剤を飲めば簡単なんだろうが、起き上がるのが面倒。
……でも今何時だ?

あれから随分経ったような気がする。お腹が減らないからまだ昼時ではないだろうけど。
頭元にある目覚まし時計に手を伸ばして時間を確認すれば、意外な事に横になってから四時間も経っている。
もうすぐお昼ご飯か……。何か食べて鎮痛剤を飲もう。そうすれば明日にはもっと楽になってるだろう。

重い体を起こし、ぼんやりとしながらベッドに腰を下ろす。

あの世界の空気はそんなに体に悪い物なのなら、前もって言ってくれればいいのに。
……あれ?そう言えば言ってたっけ?

まあいいや。
早く薬を飲もう。

ふらつく足を引きずり、どうにかキッチンへ。
目についたバナナを食べ、鎮痛剤を飲もうかと薬箱に手を伸ばすと。

「粗末な建物ね」

カチンと来る言葉に、聞き覚えのある声。

薬箱から声の方に目をやれば、あの小生意気な女がそこに立っていた。

「ユベールはどこ?」

いつまにか人の家に入ってて、しかも土足。
銀色の髪を揺らしながら辺りを見回し、ユベールがいないとわかると私を睨みつけた。

「そこの人間、ユベールはどこ?」
「……その前に言う事あるだろ、やる事あるだろ」
「私の問いに応えよ人間。ユベールはどこかと聞いている」

頭痛いのに、何なんだ一体。

「今すぐユベールをここに呼びなさい」
「は?今仕事中だし、んな事出来るか」

私の言い方が気に入らないのか、高飛車な女は壁に拳を打ち付けた。

「では私をユベールの所まで連れて行け。王族に使われるのよ、光栄だと思いなさい!」

嫌味たらしい笑みで私を見る女に腹が立つけど、こんな女と関わる元凶のユベールに何か言ってやらないと気が済まない!こんな言い合いしてるくらいなら、さっさとこの女をユベールの所に案内した方が絶対に良い!

苛々しすぎで頭痛なんて吹っ飛んだ。
変わりに怒りで興奮しすぎてて、体の感覚がおかしい。

「こっち。大通りに行けばタクシー拾えるから」
「案内の仕方がわかってないわ。まあ下賤な人間ふぜいが高貴な者に仕えた事もないのだから仕方ないのかしら」

侮辱する言葉に苛々。
声に苛々。

けど。

「やってやろーじゃん……。来なよ」

苛々が止まらない私は、ろくな思考が出来ない。それは十分に分かってはいた。
でもどうしても我慢が出来なかった。

「人間ごときが王族に触れるなど……!」
「煩い、ユベールに会いたいんだろ?会わせてやるよ」

無理やり腕を掴んで、外に出た。
大通りまで行ってタクシーを捕まえ、行き先を告げると私は思考を閉じるようにして目をつぶった。
隣の女は色々煩く喋ってるけど、こっちはもう喋りたくないと言うのを体現してやった。

「お客さん、着きましたよ」

心配そうに声をかける運転手の声に起こされ、私はようやくここで目を開けた。

「人間、この」
「ユベールに会いたいなら喋るな。次に喋ったら殴る」
「……この無礼者め」

戦慄くような声を出す女を無視して、私は運転手にちょっと待っててもらえるよう伝え、真っ直ぐに受付に行った。


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あきゅろす。
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