空想庭園
5
二人がいなくなり、途端に静かになった公園。
私はそれほど信仰心のような物がない。だから神様を信じるとか信じないとかは……実際の所、よくわからない。
でも盲目的とも言えるサフィニアさんの気持ちが、少しでもサフィニアさんの言う神様に届けばと思った。
こんな事があった今でも思う。怖い事をしようとしていたサフィニアさんだったけど、私の幸せを考えてくれていたのは本当だったと思う。
天から追放された経緯はわからない。でも、私達人間の事を、神様の事を大事に思っていた気持ちに嘘はないように感じた。
そう思えば、悲しげなサフィニアさんの目が心に痛みを残した。
「香夜ちゃん、怪我はない?」
アニスの声で我に返る。
「アニスこそ大丈夫ですか?さっきサフィニアさんの矢を手で受け止めていたじゃないですか!」
「うん、別に問題ないよ」
刺さっていた矢は取られていて、傷の具合を診ようと負傷した手を見る。
どうやら貫通していたらしく、掌と甲から鮮血が流れ出ていた。
「問題ないわけないじゃないですか!とりあえず止血……」
「それよりも、重くない?」
と、アニスは私の手首を指さした。
アニスから視線を落とし、私の手首を見る。
嗚呼!そうだった!ブランコの鎖が手首に巻きついたままだった!
そう思った途端、急に重さを感じて身体のバランスが崩れた。
「もっと早く気付きなよ」
アニスは屈託なく笑いながら私を支え、鎖に手を置いた。
「今外してあげるからね」
アニスがそう言うや否や、鎖の結び目が解けるように一つ一つバラバラと落ちて行った。
まるでマジックを見ているような感覚に、驚きのあまり言葉が出ない。
手が身軽になった事で、私はハンカチを取り出しアニスの手にきつく巻いていく。
中々上手く巻けないけど、それでも出血を少しでも抑えなくてはと必死だった。
「……とりあえず、不恰好ですけど。家に帰ったら手当しましょう」
一仕事を終え、私は大きく息をついた。
そう言えば、ここは公園で住宅街で。
あんな騒ぎを起こせば、誰かしらに気付かれてしまう。それこそ、人間離れした技の数々。それに地面から人が出入りしてるなんて見られたら、大騒ぎになってしまう。
「ア、アニス、早くここから逃げましょう!」
「どうして?」
「今の騒ぎで誰かが来るかもしれないですよ!」
「ああ、それなら大丈夫。外界と公園とはシャットアウトしておいたから」
シャットアウト!?いつの間にそんな器用な事をしていたの!?
「これ、ありがとう。じゃあ帰ろうか」
「……はい」
アニスは手当された手を上げお礼を言うと、私の手を取った。
手首に巻き付いていた鎖がなくなった事で腕が軽く感じる。妙な違和感を覚えながら、アニスに促されるまま公園を出た。
帰りの道中、私は気がかりだった事をアニスに聞いてみた。
「どうしてサフィニアさんの言っていた事がわかったんですか?……えっと、アニスと一緒にいても幸せになれないとかって話。あれはアニスが来る前に、サフィニアさんが言ってた話ですけど」
「えー?どうしてって、僕、ずっと駅から着いて来てたのわからなかったの?ちなみに、香夜ちゃんよりも早くサフィニアを見つけていたんだよ」
駅からって……全然気づかなかった……。
完全に私の方が早くサフィニアさんを見つける事が出来たって思ってたのに。アニスの方が早かっただなんて……。
「香夜ちゃんが気付いているのに僕が気付かないとでも思うの?いくらなんだって、僕も簡単に思いつくよ。接点は駅だってしか、ヒントはなかったんだし」
「でもどうしてすぐに声をかけなかったんですか?」
「だって香夜ちゃんはサフィニアに絶大なる信用を置いていたよね。だからサフィニアの正体を見せようと、尻尾が出るのを待ってたのー」
だからって!だからって!
アニスに騙された感でいっぱいになる。けれど反論は何一つ出来ない。
確かにアニスは最初からサフィニアさんを警戒していた。そして私はと言えば、サフィニアさんに絶大なる信頼を置いていた。
アニスに何度も何度も言われていたのに。
信じて良いのはアニスだけって……言われていたのに。
私はいつの間にか足が止まり、アニスに引かれる手が真っ直ぐに伸びた。
「香夜ちゃん?」
「……ごめんなさい」
「急にどうしたの?」
アニスはそのままの状態で軽く笑う。
私が謝罪した事で不思議そうにしていたけど、沈んでしまった心が重い私は、笑える気持ちにはなれなかった。
「全部、アニスの言った通りだったから。私がアニスよりも他の人を信用しちゃったから……」
「これでわかってくれたなら良いよ」
意外とあっさりしたもので、ちょっとだけ拍子抜けしてしまった。
本当に反省をしているから、謝罪を受け入れてくれた事は良かったとは思うけど。
「……あの、サフィニアさんは一体どうなったんですか?グノーシスさんにどこか連れて行かれたみたいですけど」
ふと疑問を口にした。
グノーシスさんにあんな風に言っていたけど、地上に出れないようにって……。
「魔界の奥底に招待しただけだよ。あそこまではサフィニアも行った事がないだろうし、暇だから神に依存するんだろうしね。しばらくは忙しくて神なんて忘れて遊べると思うよ」
納得も理解も出来ない返答に、私はサフィニアさんの事は聞く事が出来なかった。
……私が理解できるように説明を受けた所で、アニスの話す事だから到底理解なんて難しいだろうし。
「家に着いたら色々やる事があって忙しいなあ」
立ち止まっていた足を進めるように、アニスは私の手を引っ張った。
釣られて歩く私は、アニスの呟きを軽く流したんだけど。
「香夜ちゃんも暇になっちゃうと余計な事ばかり考えるみたいだから、今までみたいに家事のセーブをしないで、たくさん用事を作ってやらなくちゃね」
「……はい?」
「最近香夜ちゃんを甘やかしていたみたいだから、もう少し厳しくしていかなくちゃね?」
「今でも十分忙しいんですけど……」
確かにアニスと一緒に住んだ当初と比べれば忙しさは少なくなった。
朝から晩まで家事をして、ベッドに潜り込んだ時にはクタクタになっていたあの頃みたいな事はなくなった。
「夫婦の営みの妨げになるからって思ったから、家事をセーブしてたんだけど……」
アニスは「うーん」と考え込むような声を上げ、その後。
「家事が疎かになるかもしれないけど、夫婦の営みをレベルアップさせて余計な事を考える暇なんて与えないようにしよーっと」
「えええええーっ!?」
どうしたらそこへ思考が繋がるんですか!
アニスと繋ぐ手を今すぐ離したくて、大きく揺さぶってみれば。
「そんなに楽しみなのー?香夜ちゃんに期待されたら、僕もその期待に応えられるよう頑張るよ。色々な物を用意しておくからね?」
ち、違いますー!私の言いたい事はそんなんじゃなくて!
言いたい事がありすぎて、逆に何も言えなくなった私。
それに対し、アニスは都合よく勝手に解釈する。
「ああ、それと」
今度は何!?と、私に振り返るアニスを怯える目で睨めば。
「サフィニアを信じて、僕を信じなかった罰は受けてもらうから」
顔面から一気に血の気が引く。
心の心象風景は大嵐が吹き、その真ん中で私は悲鳴を上げていた。
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