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空想庭園

締め付けられていた身体が解放され、ホッとしたと同時に力が抜けてその場に座り込んでしまった。

「まるで私が悪い事をしてるみたいじゃない……」

アニスに対しての憤りを感じるけど、それ以上に罪悪感が湧き上がる。

落ち込む気持ちと比例するかのように、私の顔も下がる。
アニスに言われた言葉が頭の中でぐるぐると回るけど、それを撥ね付けるように頭を大きく振った。

私は悪い事はしていない。むしろアニスの方が悪い態度をとっていたもの。
私が素直に胸の内を切り出す事が出来たのは、サフィニアさんのおかげなのに。
サフィニアさんへの見方を変えれば、アニスだってサフィニアさんが良い人だってわかるじゃないのかって思うのに。

「……大丈夫かな、サフィニアさん」

今まさに向かっているであろうアニスは、サフィニアさんに何を言うのか。
助けてもらったのに、恩を仇で返すような事態になってしまった。

そうだ、大変だ。サフィニアさんに逃げてって。アニスに会えばまた面白くない思いをするに違いないから、サフィニアさんに逃げてって伝えなきゃ。

でもどこにいるのか……、連絡先なんて知らないし。

「……あ、駅」

私がサフィニアさんに会った2回とも、駅前だった。
なら駅に行けば、きっとサフィニアさんはいるはず。

アニスよりも早く、どうにかしてサフィニアさんと会わなければ。
仕度らしい仕度なんてしないで、私は早く行かなくちゃという思いだけで家を飛び出した。


……せっかく気持ちを伝える事が出来て、やっと平穏な毎日を送れるかと思った矢先にこんな事が起こるなんて。

「はあっ、はあっ」

けど人助けをしておいて、痛い目に合うなんて、そんな事がまかり通って良いわけがない。

「はあっ、はあっ、……はあ、はあ、はあ」

必死に走ったせいで息が上がる。
辺りを見回しサフィニアさんの姿を探すが、それらしき人物は見当たらない。

「……はあ、はあ。サフィニアさん、どこっ」

駅前ロータリーを均等に縁取った街灯の一つに手をつきながら息を整える。
その間にも目だけはしっかりと開き、周りを行き交う人に視線を配った。

「……あっ!」

いた!見つけた!
真夏の暑い日、アスファルトの照り返しを物ともしないような涼しげな顔で歩くサフィニアさんが歩いていた。
熱の籠った風がサフィニアさんの髪を掬い上げるような動きを見せた時。

「サフィニアさん!」
「あなたは、王子の……」

勢いよく走ったせいか、私は体当たりに近い体勢でサフィニアさんにぶつかってしまった。
その衝撃で眼鏡がずれ、私の顔を覗き込むようにして驚いた顔を見せた。

「あの、サフィニアさん!逃げてっ」
「……一体どうしたのですか?」

慌てる私を見て、困惑するサフィニアさん。
それは尤もな表情だと、私も思う。いきなり現れて、そして逃げてとだけしか言わないんだもの。
けれど詳しく話をしている暇はない。もしかしたら、アニスも駅で会ったのだから当たりをつけて向かっているかもしれない。
私の方が早く気付いて駅に来れただけで、今もう来ているかもしれない。

「ともかくここから離れて!移動しながら話をしますからっ」

忙しなく一方的に話をし、私はサフィニアさんの手を取って駅から離れた。

本当ならば電車に乗って、どこか遠い所へと避難した方が良かったんだろうけど。
急いで来たものだから財布なんて持ってなくて。

「本当にどうしたのですか?何かあったのですか?」

速足で歩く私は終始無言を貫いていて。
それは体力の限界もあったのだけど、ともかくアニスが迫っているという恐怖ばかりが先に立っていたから逃げ場所を必死に探していたから。

駅からだいぶ離れ、人けのない小さな公園へと足を踏み入れた。

古ぼけた遊具が少しだけ置かれた、質素な公園。木々だけは青々と茂っていて、程よい木陰をたくさん作っていた。
木漏れ日が差す中にあったブランコに私は腰を下ろした。

息を整えながらゆっくりと深呼吸をし、未だ困惑の色を隠せないサフィニアさんに顔を向けた。

「突然ごめんなさい。実は……」

今日あった出来事を簡単に話し、今アニスに会ったらきっと嫌味を言われて気分を害する事を伝えた。
するとサフィニアさんから困惑した表情はなくなり、どこか納得した風に頷く。

「私はサフィニアさんに助けてもらったのに。そんな私の恩人を見捨てる事は出来なくて。急に現れて、説明もなしに連れまわしてしまって、本当にごめんなさい」
「いえ、そんなに謝らないでください。私に気遣いをしていただけた、それだけで十分嬉しいですから」

ブランコに力尽きたように座る私とは対照的に、サフィニアさんはブランコを支える支柱に並ぶようにして立つ。
私なりの全力疾走に付き合わせたのに、息の乱れは全くみられない。こっちはようやく落ち着いてきたというのに。

横目で見れば、サフィニアさんは傾き始めた太陽を眺めていた。

「私の事で喧嘩をしたのでしたら、早く仲直りしてください。そして王子の元へお帰りください」
「別にサフィニアさんの事で喧嘩したわけじゃないです。ただアニスがあんまりにもわからずやだから」

私はアニスとのやりとりを思い出し、ブランコの鎖を強く握り締めた。
金属が軋む音が耳に不快を残す。けれど私の心はそれ以上にアニスに対しての不快感でいっぱいだ。

こんなに私を心配してくれる人の何が気に入らないのか。
所詮悪魔だから、普通の人の感覚では通じないのだろうか。

好きだと伝えた途端にこんな風に思うなんて。……この先も同じような事で喧嘩しちゃったりするのかな。
先行きの暗い事を考えていると、靴底で石を踏む音が目の前でした。

「あなたは王子といないと困るのですが……。何度も同じような過ちを犯すのであれば、ここらで行動を起こした方が無難なようですね」

横にいたと思っていたサフィニアさんは目の前にいて。

「サフィニアさん?」

そして私の乗るブランコの鎖に手をかけた。

「あなたと王子が一番仲睦まじい時を狙っていたのですが、無理そうですので」

腰を屈め、眼鏡のフレームがくっつきそうなほど私に顔を寄せてきた。

「あなたは悪魔に魅入られた、哀れな人間です。私が救ってあげましょう」

表情は変わらない。
声音も変わらない。
口調も変わらない。

ただ、サフィニアさんを纏う空気が変わった。

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