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空想庭園

気付かないふりをして隠そうとしていた自分の気持ちを確認し認めた事で、あんなにモヤモヤとしていた私の気持ちは穏やかなものになった。
あんなに重たかった心が軽くなったのだから。

気持ちを伝えると言う事は簡単そうに見えて、とても難しい。
特に私は自分の気持ちを不確かなものにしていたから、余計難しく感じた。
自分の気持から目を背けて、本当の気持ちを知ろうとしない。意気地なしでもあったし。

だから自分一人で出来なくて、色々な人に背中を押してもらってようやく掴んだ今の幸せ。

好きだと、アニスに伝えて良かった。……気恥ずかしさは一杯あるから、手放しでは喜べないけど。

「あ、そう言えば私」

家事に一区切りつけ、アニスとお茶の時間を楽しんでいた時。
私は今のこの穏やかな時を持つ事が出来た経緯の、影の功労者の存在をすっかり忘れていた事に気付いた。

「サフィニアさんに会ったんです」
「……ふーん、どこで?」
「私が一人で悶々と考え事をしていた時に駅で会って、私の背中を押してくれたんです。……アニスは私を受け止めてくれるだけの度量はあるって、言ってくれて。そのおかげで私は、アニスに」
「本当に?……それ、本当にサフィニアだったの?」

思いがけない返答に、私の眉間に皺が寄る。
サフィニアさんに偽物なんているのだろうか。若しくは影武者とか。
しかし何のために?

色々とわけのわからないまま、私は頭を捻った。

「ねえ、香夜ちゃん。本当にサフィニアだったの?」

本当にサフィニアさんだったのかと言われても、私にはサフィニアさんにしか見えなかった。だから頷いた。

「……サフィニアがねえ」

思わせぶりな声を出し、アニスは私をマジマジと見ている。

「サフィニアさんの偽物でもいるんですか?」
「偽物?そんなものはいないだろうけど、何だか腑に落ちなくてね。まあいいや。香夜ちゃん、おやつにホットケーキ作ってよ」

些かの疑問は残ったものの、アニスにホットケーキと言われ私も食べたくなったので言われるままにキッチンに向かった。

最近、アニスは私の作るホットケーキが美味しいとわかるや否や、おやつにいつもホットケーキを頼んでくるようになった。
私の作るホットケーキには、生地に予めメイプルシロップを混ぜ込んでいる。
その隠し味にアニスは敏感に反応を示した。とても美味しいと、久々に絶賛を受けたのだった。

美味しいと言われれば、誰だって喜んで作ってしまうと思うのは私だけじゃないはず。

次々に焼けていくホットケーキを眺めながら、サフィニアさんを思い出す。

アニスに本当のサフィニアさんかと問われた事。
そう何度もサフィニアさんと会ったり話をしたりはしないけど、初対面であれだけの辱めを受けたのだから、とても印象には残っていた。
だから見間違うなんて事は、ない……と思う。

どうしてアニスが首を傾げるのか、私にはわからない。

「はい、出来ました」

バターをたっぷりと乗せたホットケーキ。
湯気が立ち上ると同時に、溶けたバターが芳醇な香りを漂わせた。

「おいしそー。いただきまーす」

すぐにフォークとナイフで切りわけ、大きく切り取ったホットケーキを口に運ぶ。
満面の笑みのアニスが美味しいと次々と口に入れていった。

「サフィニアさんって、とても良い人ですね」

誤解しているであろうアニスに、サフィニアさんの素晴らしさを私なりに感謝の気持ちを込めて口にした。
嫌っているような素振りでいたアニスだもの。きっと、サフィニアさんの優しさなんて知らないんだと思う。

「悩んでいる私に、苦しみを分けてもらいたいとか言ってましたし。初めはアレッて思いましたけど、天使って言うのも頷けます。本当に優しい人ですね、サフィニアさんは」

アニスにも知ってもらいたい。ただそれだけの思いで話を続けた。

「サフィニアさんがアニスに苦しみを打ち明けなさいって言ってくれたから、私は幸せになれるって言ってくれたから」
「サフィニアに言われたから、僕に聞いてきたの……。じゃあ、言われなきゃ何も言わないつもりだったんだ?」

美味しそうに食べていたはずのアニスの顔が、一瞬にして無の表情になった。
いつもより声も低くて、不機嫌な様子が窺える。

「アニス……?」
「さっきからサフィニアサフィニアって、僕の事を考えて打ち明けてくれたんじゃないんだ」

アニスはフォークとナイフを置き、おもむろに立ち上がった。そして言い捨てるように話した後、押し黙ったままリビングを出ようとした。
声をかける事が憚られる。そんな雰囲気だったけど、胸騒ぎが止まらない私は恐る恐る声をかけた。

「アニス、どこに」
「サフィニアに何を考えてるのか聞いてくる。僕に構わないで欲しいし、まして香夜ちゃんと接触してもらいたくないし。だから牽制の意味も含めて話をしてくる」
「どうしてそんなにサフィニアさんを敵視してるんですか!?」

私に背を向けたまま振り向きもしない。あまりにもアニスの態度の悪さに、私はつい声を荒げてしまった。
落ち込んでいた私を助けてくれて、背中を押してくれた大事な恩人。アニスが言うほど、サフィニアさんは悪い人ではない。
むしろ良い人なのに。

「私にとっては良い人なんです。サフィニアさんは良い事をしたけど、悪い事なんてしませんよ!?それなのに何なんですか?悪者扱いするなんて!」

嫌悪感を丸出しにされるサフィニアさんが可哀想で、庇うような気持ちでアニスに言った。
立っているアニスに負けじと、私も立ち上がる。

ようやく振り向いたかと思えば、変わらないアニスの表情。
私は私で引かないとばかりに強気でいれば、アニスは私に近付き、手を伸ばしてきた。

一瞬怯みそうになったけど、負けない気持ちでアニスを睨んだ。

「香夜ちゃんは僕よりも、サフィニアを信じるの?」

伸ばされた手は私の腕を掴んで、アニスへと強く引き寄せられた。
密着する身体を剥がそうとアニスの胸に手をつけば、反発する力を物ともせずに抱き締められた。

「今はそんな話をしてません!離してくださいっ」
「僕には同じ事だよ。僕の事より、サフィニアを信じているみたいに聞こえる」
「私はただ、アニスがあまりにもサフィニアさんに酷い態度を取るから……、やっ、イタッ……!」

アニスは怒り叫ぶ私の手を取り、瞬く間に後ろ手に一纏めにした。
そして片手できつく締め付けられ、空いた手は私の顎を上向かせた。

「どうして僕を信じてくれないの?」

間近で見つめてくる金色の瞳は憂いを帯びていて、さっきまで発していた低く淡々とした声はなく、切なさを秘めている感じがした。

泣きたいのは私の方なのに。
どうしてアニスの方が泣きそうになっているのよ。

「僕、何回も言ったよね。僕以外を信じちゃダメだって。どうして香夜ちゃんはわからないのかな」

アニスはそう言うと、私から手を離してリビングを出て行った。

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あきゅろす。
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