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空想庭園



反論のしようもなく店に入り、人好きのする笑顔の店員さんに促されて丸いテーブルを囲む私達。真向かいには速水くんが不機嫌丸出しの顔と態度で私を威嚇する。
しばしの沈黙の後、速水くんはゆっくりとした口調で話しかけた。

「今日もあの変な男と一緒じゃねーんだな」
「まぁ……」

変な男って言うのは十中八九アニスの事だと思う。
顔を合わせるのが怖いから逃げてるなんて言えなくて、ただ濁すように返事をした。

「で、何で連絡しなかったんだよ」
「えっとですねー」
「ご注文はお決まりですか?」

メニューを閉じたり開いたり繰り返してたら、気を利かせたのか、はたまた空気が読めないのか、私にとっては救いとなる店員さんがオーダーを取りに来た。

速水くんは一瞬不機嫌な眼差しを店員さんにやるが、舌打ちをしながらもメニューを捲った。店員さんは気付いていないようだから良いけど、態度が悪いよ速水くん。

「ハンバーグのワンプレートランチ。食後にアイスコーヒー」

速水くんが注文を終えると、次は私の番だと言わんばかりに強い視線を向けてきた。
そんなに凄まないでよ速水くん!さっきから怖いじゃない!

「私も同じ物で」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

店員さんがいなくなり、心細さに去って行く背中に手を伸ばしたくなる。

「で、理由は?」

隙を与えないとばかりに、さっきの続きの話を持ち出した。

「……理由は、あの、ですね」
「俺、気が立ってっから」

暗に早く言えって事ですね!

「昨日会った時言えば良かったんだけど、忘れてて。あの、アニスに……貰った名刺を捨てられてしまって」
「アニスって、あの男?」
「うん、まあ……そうなんだけど」
「あいつと一緒に住んでるとかって言ってたし、昨日は修羅場見てへこんでたし。お前等どーいった関係なんだ?」

か……関係。
奴隷を経て夫婦に……言えない言えない。
でも、一応夫婦とでも言えば良いのか……な?

嘘ではないものね。

「えと……今は一応、夫婦、かな?」
「夫婦だぁ!?」
「ヒィッ!」

控え目に小さな声で答えれば、速水くんはテーブルを強く叩きながら、勢いよく立ち上がった。

「……悪ぃ」

でもすぐに落ち着きを取り戻した速水くんは椅子に座り、謝罪を口にする。
怒りっぽいけど、悪いと思った事はすぐに謝ってくる速水くんは未だ健在のよう。
口は悪いけど、真面目で筋の通らない事が嫌いなものだから誤解されがちだけど、実は面倒見が良くて意外に良い人なんだよね。……今はただの怖い人だけど。

「で、何で宮田が疑問系で言うわけ?」
「う……、それは、ですね」

尋問の手を緩めず、速水くんは質問を続ける。
こうやって根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。
速水くんに何も言わないでどころか、アニスが私の声色を使っていきなり社長に辞表言っちゃって終わったんだもの。嘘の事情でも何も告げずに仕事を途中で放り出して辞めちゃったんだから、速水くんが怒るのも当然だと思う。

でも正直に全部話すには突飛過ぎる事が多過ぎで、どこをどう上手く誤魔化して言えば良いのか。

「言えよ」

考えあぐねいていれば、少しも待っていられないのか催促の言葉がくる。

「えと……アニスが私の事を好きらしくて、それで脅迫?もどきのプロポーズ?とでも言えば良いのかな?」
「だから何で疑問系なんだよ」
「私にも何がなんだかわからなくて……」

曖昧な疑問符ばかりのセリフしか言わない私に、速水くんは呆れたような声を出した。
そんな私だって最近になって自分の気持ちが変化して、気付いて。アニスの事が少なからずとも好きだと、思うようになった。まだまだ自分の気持ちに頭がついて行かない事があるから、口に出してはっきりと言えない。

「いつ籍入れたんだ?式とかやったのか?」

式なんてやってないけど、そう言えば籍ってどうなってるんだろ。
アニスは魔界の住人で、ここでの存在はどんな扱いになっているのか……。

でも私、婚姻届にサインも判子も……それより何より婚姻届なんて見た事ない。

「あれ……」
「何だよ」

私とアニスって本当に結婚したの?

「速水くん……」
「だから何だよ」

さっきから苛々しっぱなしの速水くんは表情を険しくしながら私を睨んだ。

「私……もしかしたら、まだ結婚してないのかなあ?」
「はぁ?」
「だって私、婚姻届なんて見た事ないもの」
「お待たせいたしました。ハンバーグのワンプレートランチでございます」

私のセリフを遮るように現われたお姉さんは私達の目の前に大きなお皿を並べる。

「では食後にアイスコーヒーをお持ちします。ごゆっくりどうぞ」

湯気が立ち上ぼる大きなお皿に手を伸ばそうと思えば。

「何だそれ……。婚姻届にサインしてねーんなら、まだ未婚なんじゃねーの?」

険しい顔をしたまま私を見据え、食べるに食べられないような爆弾を投下してくれる速水くん。

実際、アニスの友達に承認されてしまった結婚と言う名の契約じみた行為はあった。
けれど、こっちの世界では結婚と言う縁戚は結ばれてはないはず。

魔界の方の結婚のやり方なんてわからないけど、私の世界では婚姻届を書かなければならない。

だから……。

「まだ夫婦じゃない……のかな?」

そう呟けば。

「お前……、一体何やってんだ?」
「私もよくわからない……」

呆れたように声をかけられるものの、本当にわからなくて、私はしょんぼりと肩を落とす。

「ま、冷めっから飯食えよ」

湿っぽくなった空気を速水くんのご飯を促す声で塗り替える。
先にナイフとフォークを手に取り、速水くんは大きく口を開けてハンバーグを食べ始めた。

一呼吸おき、私もフォークとナイフを手に取ったけど、今し方発覚した疑惑の婚姻がどうしても頭から離れない。

中々食べようとしない私に、速水くんは食えと目で訴える。
促された私はもそもそとゆっくりとだけど、ご飯を口にした。

それから速水くんは話をしようとせず、さっさと一人食べ終えて外を眺めていた。
視線を追うように私も外を見れば、熱された空気が陽炎を立ち上らせていて私の憂鬱さを増長させた。

食事のスピードがあまり遅いと速水くんに迷惑がかかると思い、私はナイフとフォークを急いで動かした。





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あきゅろす。
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