今日の行動を思い起こせば、昨日のお酒が残っていたのが悪かった。妙な夢を見た気がして、とても疲れてもいたと思う。 やることなす事、思う通りに行かない事があまりにも多すぎた。 アニスのお気に入りのカップを割ってしまった事、アニスのお気に入りのシャツを間違って色落ちさせてしまった事、アニスのお気に入りのチョコレートをつまみ食いしていたら、いつの間にか全部食べてしまっていた事……。 「アニスにバレたらどうしよう……」 私は考えた。 「逃げよう!」 三十六計逃げるがなんとやら……。浅はかかもしれないけど、今の私に残された道はそれしかない。 今日は珍しくアニスは朝から出かけていて、夜遅くにしか帰って来ない。昼前の今の時間、これから逃げればそれなりの距離を稼げそう。 私は慌てて荷物を纏め始めた。 本気でアニスを完全に撒こうとは思ってはいないし、出来るとは思ってない。けど、絶対に怒られるに決まってる! どんな沙汰が落とされるのかわからないし、今は落ち着いて審判が下るのを悠長に待っている事なんて出来ない。 ……どんな沙汰所か、ここ最近のアニスのラブモードを考えると、私の想像以上の辱めを与えるような気がする。気がするじゃない。ほぼ鉄板、100%だ! ますます危険だ、やばい、まずい! 最近になってアニスが好きなのかもしれないと自分の気持ちがわかったとしても、それとこれとは話が別。 性的な事は恥ずかしいのには変わりがないのだから、今ある目の前の危険は回避するしかない。 それに……今はアニスと真っ向から対峙するのも違う意味で怖い。聞きたいけど聞きたくない、あのお人形のような可愛らしい女の子の事。 そう考えたら私の手の動きはスピードを増し、大きなバッグに手当たり次第当座の荷物とトニー達を入れる事が出来た。 足速に玄関を出れば、今までならロビンが邪魔をしに来ていたけど、今回はそれがないようだ。 「珍しい……」 咄嗟に出た呟きは、ちょっとした驚きから。 いつもなら必ずロビンの情に訴えるやり方で丸め込まれていた私だけど、今日はそれがないから思い止どまる事なく家から出る事が出来る。 とりあえず逃げなければと、私は勢いよく道路に飛び出した。 しばらく旅に出ます。探さないでくださいと、どこかこの逃亡劇に酔った自分がいる。 ひとはそれを現実逃避と言うかもしれないけど、それでも良い。 迫り来るアニスの脅威に晒されながら待ってるなんて出来ないもの。 手持ちのお金は少ないけど、元々持っていた現金とちまりちまりと貯めたお金は1万円ほどになっていた。 今や自由に外へ行けるから、以前貯めておいた貯金を下ろす事も出来る。 とりあえず電車に乗って、どこか遠い所に逃げよう。 どうせ逃げるなら温かい地方に行きたい。どこか居心地の良さそうな環境の土地に根を下ろして、この際永住しても良い。 駅が見えてきた所で、私は小走りを止めて息を落ち着かせながらゆっくりと歩いた。 「あれ……?」 どこかで見た事のある黒髪スーツな後ろ姿。 駅前で色々な人に声をかけては、どうやら断られている様子。 素敵なサフィニアさんと関わりたいけど、また恥ずかしい思いをすると思えば関わりたくない。 あの妙なお祈りさえなければ、普通に話をしてくれるなら、挨拶くらいはしたい所だけど……。あの衆人観衆の中でのお祈りと言う名の羞恥プレイは二度とごめんだ。 コソコソと人波に紛れて駅構内に入ろうとすると、乱暴に肩を掴まれて強引に後ろへと振り向かされた。 「速水くんっ!?」 「宮田ぁ、良い度胸してるじゃねーか」 「ええっ!?」 突然現われた速水くんに唸るような声で凄まれた。 いきなり何なのよー!怖いじゃない! どこからか走って来たのか、速水くんは荒い息を整えると捲し立てるように喋り始めた。 「すっとぼけんのもいい加減にしろよ。昨日連絡よこせって言ったのに音沙汰ねぇし。あぁ?無視か?俺の事、無視してんのか?俺が心配してやってんのに、迷惑だってか?」 「そんな事はっ!これには深い事情が……」 「ほぅ……、事情ねえ。今時間あんだろ?聞きてぇ事が山程あるからよ」 「私は別に聞かれたい話なんて」 「何か言ったか?ほら、行くぞ」 速水くんに顎で指されたカフェ。 睨む目が逃げる事は許さないとばかりに、速水くんに腕を掴まれて強制連行された。 「速水くん、今仕事中じゃ」 「顧客の所の帰り。ちょうど昼飯時だから、これから休憩。問題あるか?」 「あ……ありません」 逃げ場を失った私は肩を落とし、これから色々と聞かれるだろう事を頭の中でシュミレーションしなければと考えた。 |