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空想庭園



「月胡!?」

切迫したような声で私を呼ぶ声が聞こえた。
遠のきかけた意識が呼び戻されたかと思えば、私を囲う炎は一瞬にして消えた。

煙が目に染みたものだから涙が止まらない。痛む目を擦りながら声のした方を見れば、ユベールが私の方に近づいて来ている。

「大丈夫か?」
「う、ん。大丈夫……」

しゃがむ私に目線を合わせるように膝をつくユベールが緊張した面持ちが和らいだように見えた。
そして私を庇うように女の前に立ちはだかり、その場が緊迫感に包まれた。

「これは俺の客です。何があったかは知りませんが、この場は俺に預からせていただきます」

腰が低く感じる物言いでも、威圧的な空気がユベールからヒシヒシと伝わる。
しかし女は動じることなくユベールを見据えた。

「私はこの女が嫌いよ。ユベール、邪魔をしないでくれるかしら?」
「もう一度言います。この場は俺が預かります」

女の答えを待たず、ユベールは私に向き直った。

「月胡、立て」

腕を取られ、強引に立ち上がらせられると、有無も言わさずに無言で歩き始めた。
さっきまで私を足止めしていた草木は道を作り、私達をいとも簡単に逃がそうとする。

私だと駄目だけど、ユベールがいれば道を作ってくれるの?何、その贔屓。憎い、ムカつくと呟き、草花に擬態した得体の知れない生き物を睨んだ。

「私の元に来ないのは、その人間のせいなのかしら?」

少し離れはしたものの、女の可愛い声はよく通った。ユベールは立ち止まり、振り返る。
私は後ろの方は見ず、何か言うのかとユベールの横顔を見上げた。

「先ほども言いましたが、俺も忙しいのです。申し訳ありません」

軽く頭を下げるユベール。けれどいつも見せる顔と違い、あまりにも感情がない表情に驚く。
謝る……と言った感情がない。ただ形だけの謝罪にしか見えなかった。

「行くぞ」

顔を上げたユベールは女を見ずに、私に足を動かす事を促した。
そして女は私達に話しかける事をしなかったし、私も見なかったからどんな顔をしていたのかも、その場にまだいるのかさえわからなかった。

森を抜け、魔界に来た時と同様に、歩いていると一瞬にして様変わりした風景。一体どんなトリックを使っているのかわかりもしないけど、何の違和感もなく私の住む世界に帰ってこれた。
すごく貴重な体験だ。魔界に行った人間なんてそうそうあるもんじゃないだろう。欲を言うならもっと観光とかして、色々な所を見て回りたかった。

最後は貴重な体験どころか、二度としたくない体験だったけどさ。
あの女、意味わかんない事ばっかり言ってて私にいきなりあんな事して。何で私があんな目に合わなきゃならないんだ?せっかくの旅行気分が、ただの臨死体験しただけになってしまった気がした。

それにこっちは見たくなかったユベール達の営みを見てしまったんだし。こっちが怒りたい。……でも、私がたまたま立ち聞きと言うか、立ち見してしまったんだ。
それでも遠慮なしにあんな大きな声を出されていれば、何事かと見てしまうのはしかたないじゃん。

自分で自分を正当化し、思考に一区切りつけた。
見慣れた風景と、見慣れた家。
私達の家に到着し、ユベールに続いて中に入った。

「やっほー」
「げっ」

中に入ればユベールにスルーされた変態緑が玄関で出迎えた。
さっさとリビングに入って行くユベールに、おいコラちょっと待てと言いたいのに、変態緑がその行く手を阻んだ。

「魔界、どうだった?」
「何で知って……。別に、観光もさせてもらえないし、ろくな感想なんてない」

ユベールが変態緑に言ったんだろうと察しがつき、靴を脱ぎながら横を通り抜ける。
しかし通り抜けたと思ったのに、その前にアニスが踵を返してさっさとリビングへと入った。

「ユベール、すごいね。月胡ちゃん、無事に生きて帰って来れたね。しかも余裕まで見えるよ!」

興奮しているのか、変態緑はユベールの前で身振り手振りを激しく喋っている。
こちとら疲れて帰ってきたのに、そのテンションは余計に疲れるから早く帰れ。

でも気がかりな言葉を並べているのは、聞き捨てならない。

「元々耐性があったのだろう。人間の中にも亜種はいるだろうしな」
「やっぱり僕は人を見る目があるね、さすが僕」
「ちょっと待て、耐性とか亜種とかって何の話!?」

突然会話に入り込んだ私を見つめる二人。

「何って、月胡ちゃんは丈夫だって話だよ」
「そんな話に聞こえなかったし!」
「本当だよー。人の言う事を信じないなんて素直じゃないねえ」

くっそ、ムカつく!
疲れて帰って来たのに、更に疲れるような奴が家にいて、むかっ腹が立つ。

「もう寝る!先にお風呂使うから!」
「好きにしろ」

いつもと変わらぬユベールはグラスとブランデーの瓶を持ってソファーに腰を下ろしていた。
変態緑の矛先が私に来ているのを幸いとばかりに、グラスに琥珀色を注いだ。

どいつもこいつもムカつく!

「さっさと帰れよ!」
「ユベールとお喋りして満足したら帰るよ」

大きな足音をわざと響かせながらリビングを出る。
お風呂に入ったら、今日は寝てしまおう。

日課の運動を軽めにし、私は階下から聞こえる変態緑の笑い声に苛々しながら眠りについた。






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あきゅろす。
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