「さっきの女の子、誰?彼女?」 「お前には関係ない」 「そりゃそうだけど」 ……そりゃそうだけど、別に聞いたって良いじゃん。ケチ。 「ねえ、次はどこに行くの?」 「もう用事は済んだ。人間界に戻る」 「えー、もうー?」 もう少し観光とかしないの?せっかく来たんだし、もっと遊びたいんだけど。 私の悪態には付き合えないのか、無言で足速に歩くユベール。 目の前を歩く広い背中を憎らしげに睨んでいれば、ため息混じりにユベールが振り向いた。 「お前……、本当に自分の置かれている立場をわかっているのか?」 冷めた視線をくれるユベールに、自然と私の足が止まる。 「単なる獲物だと言った、俺の言葉を忘れたか?」 忘れたつもりはないけど、城内を彷徨っていた時は誰にも会わなかった。女の子の喘ぎ声にはビビッたけど……。 ユベールは私を脅すために言ったんじゃないかって高を括っていた。 「獲物も何も私を獲物として見るような何かと会いもしなかったしさ。どうせ私を大人しくさせるために言った嘘なんじゃないの?」 少々強がりもあった。 高圧的なユベールに従うのが面白くなくて、煽るような言い方をした。 「……ならばその身を持って現実を知れば良い。興味本位で首を突っ込んだ事を後悔しろ」 「ちょっ!何っ、待って!」 ユベールは私の腕を強く掴むと足速に歩き始めた。 そもそも足の長さや歩く速度、勝手の知らない城内に、ユベールは静止を求める私を無視して引摺り歩く。 連れて行かれたのは荒涼たる城門前の小さい森の中。 聞いた事もない獣のような鳴き声や、見た事もない形の不気味な草花。 「暫く頭を冷やせ」 「うぎゃっ」 掴まれていた腕を思い切り引っ張られ、私はむき出しの土の上を派手に転んだ。 「これは返してもらう」 魔界に来る前に首に下げられたネックレス。それを強引に引き千切られた。 「イターッ!」 「言いつけを守らない自分を恨め」 ユベールは一瞬だけ首に痛みを与え、私からネックレスを奪っていった。 獣は超音波のような耳障りな音を森に響かせ、草花にいたってはよくよく見れば花に擬態した生き物だった物も混ざっている。凝視していたら目が合い、悲鳴を噛み殺した。 何あれ、気持ち悪い! 「い……痛いじゃない!」 驚きを隠すようにしながらユベールに食ってかかる。が、振り向けばそこには文句の一つも言ってやりたい相手の姿はなく、今し方引摺られて来た小道すらなくなっていた。 「何……この森」 来た道ではない場所に風が草木を押し退けて道を作り始めた。 自分の置かれた状況がどれだけ危ういか、ここにきてようやくわかった気した。 超音波のような高い音が頭の奥底にまで響いて痛みを感じる。 その尋常じゃない音は次第に大きくなり、私の不快感は増加した。 さっきまでは何もなかったのに、急にこんな事になるなんて……。ユベールに取られたネックレスが原因? 「あー、頭が痛い!」 「あなた人間ね?」 これからどうしようかと、ただでさえ頭痛で痛む頭を捻ろうとしていると、後ろからどこか聞き覚えのある声が聞こえた。 「ユベールを追って来たのに、どうして人間がいるのかしら?」 振り向いてみれば、さっきユベールといたしていた女が不審な目で私を見ている。 さっき見ていた乱れた恰好ではなく、きちんとした身なりになっていた。 「ここにユベールと一緒に来たから」 「……ユベールと?」 ユベールの名前を出した途端、不快そうに眉を寄せる女。 もしかしてユベールの名前を出すの、まずかった? ユベールと顔見知りそうだったから、名前を出したのに。あわよくばこの森から脱出する方法を教えてもらおうと思っていたのに。 「あなた、ユベールの何なのかしら?」 「何って……、ただの同居人だけど」 苛々が最高潮に達したのか、女は私を鋭い目つきで睨んだ。 「ユベールと同居人と言う事は、寝起きを共にしているのね?」 「寝起きってほどじゃないけど、まあ、そうかも」 同居当初はいつ帰って来ているのか、いつ出て行っているのかわからない事も度々あったけど。ここ最近であれば早めの帰宅と、私と同じような時間に仕事に行ったりとしているから寝起きを共にしていると言っても過言ではないだろう。 「あなたがいるからユベールが私から離れようとしているのね……」 私の口を挟む事など出来そうでなくて、女の子は一人でブツブツと言っている。 面倒だし、構っている暇もない。未だ続く頭痛にも悩まされながら、女の子に背中を向けた。 「どこに行くのかしら?私の話はまだ終わってないわ」 「でも私も忙しいし、ここらで解放してもらえない?」 「先ほどから聞いていれば無礼極まりないわ。あなた、私を誰だと思っているの?」 「そんなの知らないし。ってかこの森から出なきゃいけないから私も忙しいんだけど」 相手する事が疲れたから素っ気ない態度を取れば、女は増々怒りを膨らませた。 「ユベールは私の物よ。人間ふぜいが私の物に触れないでもらいたいわ……汚らしい」 「物?ユベールは物じゃないし、私は汚くない。いきなりなんなの、あんた」 別に何も言ってないのに、妙に喧嘩腰な女の態度がとてつもなく苛立った。 「私はこの国の王位継承者第三位のロベリア。跪け人間!」 銀色の髪が揺らぐ中、女は右手を高く上げて私に向かって円を描いた。 途端に私の周りを囲むように炎の円陣が立ち上がった。 周りにある草木が悲鳴をあげながら炎に巻かれる中、私は熱気に包まれて息が苦しくなった。 ただでさえ頭が痛いって言うのに何してくれんだ。 「そこで焼け死ねば良いわ。骸は魔獣共のエサにしてくれる!」 高らかに、馬鹿にしたように笑う女にどうすることも出来ず、私はこの炎から逃げる算段すら考えられないくらいに頭が朦朧としてきた。 まずい、本当にまずい。 煙を吸い込まないようにしようと思っても逃げ場なんてないし、口元を手で覆っていても煙は簡単に吸い込んでしまう。 立っていられなくて思わず地面にしゃがみ込んだ。 息が苦しくて頭も痛くて。どうする事も出来なくて、私の意識は途切れそうになった。 |