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空想庭園




「ねえ、一つ聞いて良い?ユベール、たまに外泊してくるけど、どこ行ってんの?仕事も休んでるみたいだし、一日二日姿を消す事あるよね」
「……くだらない所用だ」

ユベールの返事を待たずに質問をすれば、返って来た答えは随分曖昧でわからないものだった。
普段であれば、ふーんと流せる答えなんのに、鋭さのあった瞳に少しばかりの陰りを見て違和感を感じた。

「変態緑の兄ちゃんに関係している事?」
「そうだとも、違うとも言えないな」

お互いが干渉しあわない環境が気に入っていた。
けれど、ここ最近になってユベール自身の事を少しずつだけど聞く機会があった。
だからなのか、他人をあまり気にする事がなかった私が、ユベールの事が少しだけ気がかりになっていた。

どこか危うさを感じる男。
それはユベール自身が危険だとか言う意味ではなくて、放っておいたら脆く崩れてしまうんじゃないかと思ってしまうような危うさ。

見た目からは想像が出来ないかもしれない。
でもユベールは自身に降りかかる事柄にどこか諦めにも似た何かを抱いている。
それが気になって、……気になって。

「変態緑の兄ちゃんにそんな事されても、まだ関わりを持ちたいの?」

純粋な疑問だった。

嫌な事をされれば側にいたいとは思わない。
でもそこにメリットがあれば、それは我慢してでもいる事もあると思う。

ユベールは私の問いに答えず、グラスを一気に傾けた。

「具合でも悪いの?」
「……何なんだ、さっきから」
「何が?」
「さっきから随分と干渉してくるじゃないか。お前こそどうしたんだ」
「仕事も住処も落ち着いて来たら、結構他の事に頭が回るようになっただけだし」

理由を言えば、ユベールはとても迷惑そうに顔を歪めた。
心配しているのに失礼な奴。

「俺は干渉されるのが嫌いだ」
「それはすんませんねー。でもさ、一緒に住んでいる以上、多少なりに干渉してしまうと思う……これからも」
「なぜだ」
「だって前に見たユベールの背中。あれだって……不可抗力だけど、ああいうの見たら放っておけないのって普通じゃん。心配するのが当たり前だよ」

私だって干渉されたくないし、干渉したくはない。
それに心配するのは干渉とは言わないと思う。……余計なお世話だと言われればそれまでだけど。

でもあんな傷を見たら誰だって心配する。
けど必要以上に、ユベールの領域に入っているつもりはない。でもあの背中の傷に関しては、ブラック寄りのグレーゾーンだとは思うけどさ。

「……心配が当たり前?」

なぜか驚いた顔をするユベール。
心配する事が当たり前ではないと、顔が物語っている。

こっちが驚きたいくらいなのに、ユベールは徐々に驚きの顔に影が差していった。

「ある人にこの背中を見られた時……こう言われた。独占欲の証、と」

相手を故意に傷をつける時、そこには自分がつけた印だと思えば嬉しくなるものだと。自分の所有物である事を主張する証だと。
……ユベールは言葉を続けた。

誰に言われたのかわからないけど、こんな傷をつけられて独占欲だとか所有物だとか。馬鹿じゃないの、ソイツ。
変態緑の兄ちゃんが本当にそんな意味を含んで傷をつけたのなら、馬鹿なソイツと同類なんじゃない?
心の歪んだ、狂った考えの持ち主。

ユベールはもう何杯目かのブランデーを飲みほし、残りが少なくなった瓶とグラスを持って腰を上げた。

「俺が家を空ける時、大抵は魔界に行っていた。……また、久しぶりに行かなければならない。暫く留守にするが、余計な心配も詮索も」
「私も行きたい!」

本音を思わず口にしたら、おもいきり睨んできた。絨毯に座っているから、立ち上がったユベールに見下ろされると圧巻だ。
それも不機嫌な顔でいるから、迫力は満点。しかしそんなユベールの顔を見慣れている私は何とも思わない。

「馬鹿な事を言うな。魔界は人間が易々と行ける場所ではない」
「大丈夫、大丈夫。私、こう見えても結構順応力あるから」
「ならば……」

ユベールが一つ息をつき、私を見据えた一瞬。
突然ユベールの身体から黒く淀んだ空気が溢れ出した。

煙が揺らぐように、ユベールを包み込む黒。

「お前にも見えるだろう。この黒き揺らぎを」

何事かと目を見開いていれば、ユベールは私の前に手を差し出した。

「俺に触ってみろ」

恐る恐る手を伸ばし、真っ直ぐに突き出された指先に触れる。
冷気とも取れるような少し肌寒さを感じたものの、特に変わった感触はない。
指先しか触れなかった手を、私は握手をするようにしっかりと握ってみた。

「これが何なの?」
「……呼吸の苦しみや気分の悪さはないのか?」
「…んー、特に。少しユベールの周りが寒いかなって位で、何も」

力が抜けたようにユベールの身体から黒い空気は徐々に治まっていった。
一体あれはなんだったのか。ユベールは私に何をしたかったのか。

「お前は俺を変えてくれるのか?」
「私がユベールを?変える?」
「いや、何でもない。ただの独り言だ」

手を解き、ユベールはリビングを出て行く。
ドアが閉じられる前の隙間で、ユベールは私を一瞥した。

「近々魔界に行こうと思う。行きたいのなら仕度をしておけ」

思ってもみない言葉に、私のテンションは一気に昇った。
魔界なんてそうそう行ける場所ではないから、これから行けるであろう土地に私の好奇心は鳴りやまない。

「わかった!」

任せておけと言わんばかりに親指を立ててユベールに告げた。






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