息も絶え絶え。 さっきからアニスに良いように遊ばれて、……いかされて。もう疲れた。今日はこのまま眠っても良いくらい疲れた。 無理矢理作り出していた虚勢はアニスにされたキスで脆くも崩れ去った。本当に疲れた……。 「よいしょ」 アニスの片腕に抱かれていた身体はアニスの膝の上に座らせられた。驚いたものの疲れすぎたせいで抵抗なんて出来ない。 胸に凭れるように身体を預けていれば、アニスは空いてる手でマウスを操った。 虚ろな頭でぼんやりと見ていると、さっきまで見ていた私のプロフィール画面が現れ、管理画面へ入るページが現れた。 事の成り行きを見守れば、アニスはいとも簡単に削除ボタンをクリックし、その画面は一瞬にして消えた。 「これで良い?」 随分呆気ない。けれどホッとしたのもあって、私はアニスに凭れたまま小さく頷いた。 パソコンの電源が落とされると静かなモーター音が消えて、静かだった部屋が完全なる静寂に包まれた。 それまでマウスを握っていた手は私の足を抱えるようにして、私の身体はアニスと更に密着する。 胸に凭れているせいか、アニスの心音が耳に直接聞こえる。 体温と心音が気持ち良いなあ、なんて思いながらうとうとしていた。 「無防備だなあ……。まあ、僕だから良いけど」 目を閉じてはいるけど、意識はまだ途切れていない。 だからボソボソと喋るアニスの声は、しっかりと耳に届いていた。 アニスが私を覗きこんでいるのか、額に髪のくすぐったさを感じた。そして続く柔らかな感触が額に落とされた。 「流されやすくて好奇心が無駄にある香夜ちゃんはすぐにフラフラどこかに行っちゃいそうでだよね」 フラフラしているつもりはないんだけど、流されやすいし人並より少しばかりの好奇心は……あるかもしれない。 「それに変や奴等には妙に懐かれるし、僕は気が気じゃないんだよ?」 私の額に頬を擦りつけるアニスの独白を聞いてて良いのだろうか。 きっと私が寝ていると思って言ってるんだろうけど、無駄に意識があるものだから妙に罪悪感を感じる。 「強引に取り付けた契約からずっと、繋ぎとめておく方法が僕にはこれしかなかったんだ」 どこか切なそうな声のアニスに、私は目を開けた方が良いんじゃないかと思った。 けれどどのタイミングで開けたら良いのか、睡魔に襲われはしないけど、それでも目を開けるのはとても億劫に感じる。 「香夜ちゃんに意地悪するのは趣味と実益を兼ねてるから、僕は全く苦じゃなかったから良いんだけど」 しんみりとした空気ががらりと変わったのがわかった。 私には苦が結構ありましたよ!これにはさすがに黙ってはいられない。 「私は……苦です」 「……狸寝入りしてたの?」 薄らと目を開ければアニスとばっちり目が合って。 不敵な視線をくれているかと思えば、そこには見た事もないアニスの顔があった。 「アニス、顔が真っ赤」 「……見ないで。今言ってた事、忘れて?」 アニスの手で塞がれた視界。 忘れようにも忘れられない光景に、私はただただ驚いた。 いつも私をからかう事しかしなくて、でもたまに優しくて。そして最近は……私にあからさまな好意を見せてくる。 私を繋ぎ止めていたくてやっていた悪戯。そりゃ半分趣味だったとしても、それでしか私を繋ぎ止めておけなかったからで。 真っ赤な顔のアニスを見てしまったら、悪戯するのも怒れなくなっちゃうじゃない。 大事にされてる、愛されてるなんて、今まで信じていなかったわけじゃないけど……本当に本気で取っちゃうじゃない。 不覚にもアニスを可愛いとか、思っちゃうじゃない……。 だから私はアニスの気持ちを躊躇いもなく聞いた。 「私の事、そんなに好きですか?」 「うん、好き」 「私の事、大事ですか?」 「うん、大事」 「アニスを……信じても良いですか?」 「うん、信じて」 恥ずかしさはかなり伴ったけども、確認の意味も含めて問う。アニスはそれを真摯に応えてくれた。まぎれもなく真面目な声で。 そしてアニスの気配が顔に近づき。 視界を閉ざされたまま、私はアニスの口付けを快く受け入れた。 私にとって、どこか誓いのキスに感じた。 唇が離れれば、それと一緒に目を覆っていた手も離れた。 アニスの顔を見れば、赤い顔はなくていつもの飄々とした顔。ただ優しい表情で私を見ている。 「はい、これ」 パソコンデスクの引き出しから長方形のビロードの箱を取り出し、アニスは私に渡してきた。 「誕生日、おめでとう」 「私に……?」 「他に誰がいるって言うの?」 苦笑いのアニスは私に箱を開けるよう促してきた。 細いピンクのリボンがかかった黒いビロードの箱。 スライドするように開ければ、銀色の細い鎖のネックレス。華奢なネックレスには赤い石のついたハートのチャームがぶら下がっている。 「誕生石だよ」 「……ルビー?」 「うん」 「あ、ありがとうございます」 素直に喜んでお礼を口にした。 強引に結ばれた奴隷契約より無理矢理取り付けられた結婚よりも、強く心に残る日だ。 アニスにプロポーズされた時も心を揺さぶられたけど、今日はアニスの本心と真っ赤な顔が見れた。 「つけてあげる。貸して?」 ケースから細い鎖を取り、アニスに渡す。 膝の上から降ろされ、アニスの前に座らされた。椅子を二人で前後に座っているものだから狭いけれど、今はあまり気にならない。アニスがそうしたいならそうさせたいと思った。 後ろで括られた髪が邪魔だろうと、右手で上げる。 背中にアニスの気配を感じながら、私は少し気恥ずかしくなりながら後ろを振り返ろうとした。 「もうちょっとだから、動かないで」 「う、うん」 動きを制され、私は伏し目がちに視線を足元に落とした。アニスの足の間に収まる私に恥ずかしくもあり、僅かに嬉しさも感じた。 良いよとアニスの声が聞こえるより先に、首筋に感じた熱と微かな痛み。 チュッとリップノイズを走らせたかと思うと、私の身体は再びアニスの膝の上に。 「良いね、似合う」 褒められれば悪い気がしないのは誰でもそうだと思うけど、今このタイミングで言われると嬉しい気持ち以上に照れが入る。 「首輪だと香夜ちゃん抵抗が強いだろうから、これが首輪替わり」 「首輪……?」 「飼い猫だって言う印だよ」 首輪だと言われると、綺麗なネックレスがまた別物に見えてしまう。さっきまであった私の乙女な気持ちが早々に亀裂が入った気がした。 「僕の飼い猫だって、印」 呆然とする私を前に、アニスは念を押すように言う。 たったさっきまで見ていたアニスは別人だったんじゃと思えるくらい、いつも通りのアニスに戻ってしまった。 |