玄関の明かりをつけようとしたら小さく弾けた音がした後、明かりがつかなくなってしまった。どうやら電球が切れたらしい。 物置から脚立を持ち出し、玄関に置いた。段数にして四段の脚立の踏み台に足を乗せ、ゆっくりと上がる。 壁に取り付けられている明かりならさほど不安定な思いもしないで済むのだろうけど、玄関の中央では壁に手は届かず、頼りは足元の脚立だけ。 別に高い所が苦手とはしてないものの、落ちたらどうしようと考えてしまうと怖くなってしまうのは人間の性だと思う。 アニスは家の電球を順次LEDに取り換えると言っていて、家に置いてある電球のストックは全て替えられている。 「エコって大事だよね」なんて言ってたアニスは悪魔なのに……。エコに協力的なのは私達の世界にしてみればありがたい話だから文句は言えない。 古い電球を取り外してから一度脚立から降り、新しい物を持って再び上がる。 一人暮らしの時は何も思わなかったけど、男のアニスがいるのにこんな事をしている私は本当に奥さんなのだろうか。 優しい旦那様なら奥さんに変わって、高い所とか危ない作業はやってあげるのが普通じゃない?……でもアニスは悪魔であって、根本から普通じゃない。諦めなければならないのだろうか。 「香夜ちゃん、何してるのー?」 「見てわかりませか?」 アイスを片手にアニスは私の足元から見上げてきた。 いつもは見上げていた側なものだから、見上げられるのは不思議な気分だ。 仕事中の私に対し、アニスはのんびりとアイスをかじっている。……美味しそう。 「物欲しそうな顔をしないの。香夜ちゃんの分もあるから安心して。で、何をしてるの?」 「アイスの事はありがとうございます。でって、わかりませんか?電球を取り換えてるんです」 「ふうん」 真新しいLEDをアニスに見せれば、興味なさそうにアイスを舐めた。 「邪魔するならリビングにでも行っててください。気が散りますから」 アニスなんか放っておいて、私は私でさっさと仕事を終わらせてアイスを食べよう。 脚立の一番上にまで上り、天井に手を伸ばす。 「ヒエッ!?」 太ももに冷たい感触が走り、思わず脚立の上でよろめく。 下を見ればアニスは食べかけのアイスを私の太ももにくっつけていた。それもとっておきの笑顔で。 「なななにをするんですか!」 「奥さんが相手してくれないから寂しかったんだもん」 こんな時に奥さんとか、寂しいとか! 拗ねるような顔でいまだアイスを私の太ももに擦り付ける。 「あ、後でっ、冷たっ、アニス止めてっ!」 「香夜ちゃんは仕事続けてて?僕は僕で寂しいのを解消してるから」 「それを止めてもらわないとっ、やあっ!冷たいっ、アニス、やだっ!」 アイスが溶けて太ももを伝い下に落ちる。不快感と足場の不安定さで私は何から解決していけばわからなくなった。 ただ……今日に限ってショートパンツを履いていた自分を呪った。暑いからって、足を剥き出しにするんじゃなかった! 「暴れてると落っこちちゃうよ?」 「ちょっ、やだあっ」 溶けたアイスをアニスは舐め上げる。 冷たかった感触はアニスの熱い舌へと温度が様変わりした。思わず上ずった声が漏れる。 「ほら、香夜ちゃんは仕事する」 尚もアニスはアイスを私の太ももに擦りつけ、私の体温で溶かして舐め取っている。 仕事をしろと言われても、私は天井に手を伸ばす事すら難しい状態。 腰を引いて、ただ脚立から落ちないようにする事でいっぱいいっぱいで。私の足を支えるように捕まれたアニスの手に守られて、どうにかその場にいるだけだ。 「お……落っこちちゃ、うっ」 「大丈夫、僕が支えててあげるから。仕事続けてて」 こんな状況で仕事なんて出来るわけないじゃない! 苦情の一つも上げたい所だけど。 「いやっ、あぅ……」 舌が這いまわり、アニスの手がゆっくりと上がる。 指先を滑らすような動きは身体をくすぐるように辿り、そのままショートパンツの隙間に入り込んでいった。 手に持ったLEDを握りつぶしてしまうんじゃないかってくらい、手に力が入る。 私の口から出るのは甘い吐息混じりの、弱い拒絶の言葉。頭がくらくらして、腰が砕けそうで。 弱った私を見計らったように、アニスはショートパンツのホックに手をかけた。 「だ、め……」 「駄目じゃないよ」 身体にぴったりと合ったショートパンツは簡単には脱がせる事は出来ないだろうけど、でも抵抗しようと手をやろうとすると。 「キャアッ」 「ジッとしてないからだよ」 ほくそ笑むアニスが脚立を揺らして私のバランスを崩そうとしていた。 玄関のたたきに落とされたら痛いなんてもんじゃない。怖いと思えばアニスの言葉に従うように脚立に捕まり、安定を取り戻す。 けれど、それはそれでアニスの良いようにされるだけだ。 アニスの手にあったアイスはなくなっていて、棒だけが残されていた。そしてその棒を廊下に投げる瞬間を見てしまった。誰が片づけると思ってるのか……! 怒りに身を任せてしまおうとしていると太ももの後ろを甘く噛みついてきた。まるで私の怒りの矛先をかき消すようなタイミングでやられたものだから、アニスの口内の温度と噛みつかれた痛みで簡単にどこかに飛んで行った。 「やっ……だあっ」 溶けたアイスが肌に残っていてベタつく感じはあるものの、アニスが舐めたおかげでさほど被害は小さい。……おかげと言うより、アニスのせいなんだけど。 するりと下ろされるショートパンツに、私は我に返った。 落ちようとするショートパンツに手をかけようとすると、恐怖再び。 「ほら、地震だよー」 「そんなわけっ、人為的な揺れを起こしてるのはアニスでっ、落ちちゃう!落ちちゃうう!」 「じゃあジッとしててね」 間抜けな恰好。 脚立に上がってショートパンツを下ろして下着姿を晒す私。しかも玄関だなんて、下着姿が一番似合わない場所。 「アニス、ここ玄関で!誰が来るかわからないから、ちょっ!聞いてるんですか!?」 「スリルがあって良いじゃーん。僕はかえって燃えるけど?」 それがどうしたと言わんばかりに、私の意見は真っ向から否定された。 拒否を許さないどころか、都合なんか悪くないと、かえって好都合だとのたまう。 「いつ誰が来るかわからない場所でやる、とっても楽しそうだねえ。本当はちょっと悪戯をしようと思っただけだったんだけど」 下着の上からお尻の線をなぞる手に、私の足に力が入りにくくなる。 まだ少しベタつく肌に舌を這わせ、アニスの行動に戸惑いながら熱い息を吐く。 「止められそうにないや」 |