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空想庭園



「ありがとうございました」

お姉さん方の営業スマイルと共に、私達はお店を出た。
アニスは悠然とした態度でいて、手を引かれる私は燃え尽きてしまっていて抜け殻のような身体をされるがままになっていた。

「香夜ちゃん、いつまで気にしてるの?」

微笑むアニスは俯く私の顔を覗き込んできた。
あんな恥ずかしい場面を他人に見られたと言う辱めを受けて、そう簡単に気分を変える事なんて出来ない。

「たまには良いんじゃない?良い刺激になると思うよ」

たまにどころか、滅多にあっては困る行為。それにあんなのは良い刺激なんて言わないと思う。アニスと違ってそんな趣味、私にはないもの。

「次、服を買いに行くよ」

ムスッとしたままの私を相手するのは面倒になったのか、アニスはこれからの予定を言って次の目的地へと歩いた。

押し黙った私に気を使っているのか、次のお店では私の服を買うらしい。
そんな簡単に治るような機嫌の悪さじゃないのに。お店のお姉さんがいるのに、あんな事……悪ふざけにもほどがある。
思い出しては熱くなる顔で半泣きになる私。口を開けば恨み言や愚痴をずっと言ってると思い、我慢して口を閉ざした私の気持ちをアニスはわかるのだろうか。

アニスに言えない事を悶々と考えながら着いたお店。

「ここ?」

怒ってて閉ざしていた口から、思わず声が出た。
私の機嫌は上昇気流に乗ったように、見る見るうちに良くなった。

少し値の張る国内ブランドのお店、私の大好きなお店。

「僕が見立ててあげる」

いくら好きなブランドでもそうそう買うなんてなくて、たまのバーゲンに合わせて買うくらいなもので。
わくわくした気持ちを押し殺すことなく、私はアニスに促されるまま店内へと入って行った。

「いらっしゃ」
「このお店のワンピースを含んだ丈の短いスカートと、それに合わせられるカットソー、アウター全部ちょうだい。ああ、ワンピースに関してはファスナーがついてるのを頼むね」
「か、かしこまりました」

お店のお姉さんが挨拶をする声を遮って、一気に言われたアニスの注文。驚くお姉さんは口元を引きつらせたのは一瞬だけで、すぐに落ち着きを取り戻したようで他のお姉さん達に声をかけてアニスの注文品を選んでいた。

「お客様、申し訳ございませんがサイズは」
「バストがDの70で、ウエストが63、ヒップが85」
「ただいまご用意いたします」

また私を抜きに話がすすめられ、まして私の身体のサイズまで暴露してるし!私言ってないですよね!?何でサイズ知ってんですか!?
心の中では反抗も悪態もいくらでも出来るけど、もう実行に移せるほどの体力はなくて、アニスに恨めしい視線を向けるのが精一杯だった。

「荷物いっぱいだから配達してもらうね」
「そ……ですか」

もう諦めの境地。
笑顔の鉄面皮は私の視線を跳ね返し、1ミリも私の気持ちをわかってくれなさそう。
レジ前で住所を書き、お姉さんに一通りの説明をして早々に買い物を終わらせた。

こんなの買い物じゃない気がするけど。
さっきのジュエリーショップでの買い物も変だけど、ここでの買い物も変だ。

「香夜ちゃん、行くよ」

ぼんやりと妙な疲れが私の身体に纏わりついていて、アニスに促されるまま店を出た。

「少し休憩しよっか」

私はアニスの申し出に力なく頷いた。
今までの買い物で体力を使い果たしてしまったし、冷たい物でも飲んで一度頭をリセットする意味も込めて休憩するのは得策に思えた。

アニスに手を引かれ、私は疲れた頭を俯かせながらついて行った。

どれほど歩いたのか、いつまで経っても着かないお店に、私は重い頭を上げた。
さっきまであった大通りとは違い、周りの風景がいかがわしい雰囲気の街並みに変わっていた。

「どこ行くんですか?」
「もうちょっと先」

戸惑いを覚えつつ引かれる手に力を入れてアニスに足を止めるよう促す。
それでも足を止めずに私を連れて行こうとする背中を睨むけれど、物ともしないアニスは細い路地に入り奥へと進んだ。

路地を抜けた先、そこは。

「ここ……ホテル街……ですよね」
「さ、休憩休憩」
「嫌です!嫌ですからっ!」
「何言ってるの。香夜ちゃんも休憩したいって言ってたじゃん」
「休憩の意味合いが180度違います!」

私との考え方が正反対すぎて、驚きの声が大きくなる。

私の話を聞いているようで聞いていないアニスは品定めをするようにホテルが立ち並ぶ建物を眺めている。
昼間……とは言わない程度に夕方に差し掛かっている今、ホテル街を歩く人はほとんどいない。
だからこそ遠慮なく大きな声を上げる事が出来る。

「どこか違うお店で冷たい物でも飲みましょう!そうしましょう!」

有無も言わせぬ気迫で迫りアニスの手を掴み返した。アニスは後ろ髪引かれるような表情で私に手を引かれて歩いているけど、そこはあえて知らないふりをした。
さっきまであった立場と真逆の光景。

私は鬼気迫る態度でいたのがわかったのか、それもとただからかうためにあんな場所に連れて行ったのか。真相はアニスにしかわからないのだけど。
それでも私の危機的状況から脱出したのだから、それで良しとしよう。

来た道を戻り、大通りへと向かった。手を繋いで歩く姿は他の人から見たらデートをしてるように見えるだろう。
私にしてみたら奇跡の生還と言っても良いほどの状況なのだけれど。

歩く先に目をやれば、一つのコーヒーショップの看板が見えた。

「あそこで一休みしましょう」
「さっきのとこでも休めたのに」
「私は普通の場所で休みたいです!」
「僕の言動を深読みしないでよー」
「深読みしなくてもわかりますし、騙されて付いて行ったらどんな事になるか簡単に想像つきます!」

つまらないとばかりに口を尖らせるアニスは、私に引っ張られれて渋々といった面持でついて来た。

コーヒーの深い香り漂う店内に入れば、喉の渇きが思い出しかのように込み上げた。

注文した品物を受け取り、私達は席に着いた。
トロピカルなフラペチーノを一口味わい、ホッと一息つく。

「香夜ちゃん、指輪が出来たら連絡するって言ってたからよろしくね」
「よろしくってなんですか?」
「僕の携帯も教えたけど、出ないかもしれないから。出なければ家に直接電話来ると思うんだ」
「指輪はいつ仕上がるんですか?」
「……忘れたの?」
「何をですか?」
「指輪の仕上がる日にち」
「……話を聞いてる余裕なかったから……あまり」
「指輪が仕上がるのは、約二か月だって。だからその頃に電話来るかもしれないから連絡来たらよろしくね」

アニスのキャラメルマキアートが美味しそうだなあなんて思いながら、その話に頷いた。




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