Fabrication 〜偽りのココロ〜 ユウ@ 彼女が生まれてから一年後、更なる調整を重ねて、ユウ・イチノセ博士は自らが造り出した人型アンドロイドと特殊AIを学会に発表した。彼女はそのアンドロイドに人類最初の女性にちなんでEVEと名付けた。学会に発表されたEVEはまたたく間に注目を浴び、イチノセ博士共々その名と姿を知らない者はいなくなった。 人との違いがわからない程の外見。 人しか持ち得ないはずだった内面。 人に限りなく近づいても、結局は全て偽りで固められた彼女の存在。 それは、彼女にとって苦痛ではなかった。 今のところは── 「おかえりなさいませ、マスター。食事の準備が出来ています」 ユウ・イチノセが帰宅するとEVE─イブが顔を出して言った。 「いらないわ、わたしに燃料やオイルは必要ないの」 ユウは冗談めかしたように言った。 「そうですか……」 悲しそうにうつむいてイブは答えた。 「当たり前よ、ちゃんと人間が食べられるモノを出しなさい」 「了解しました。マスター、しばらくお待ちください」 何度繰り返せば気が済むのだろうか、とユウは思った。実際、イブが食事と言って燃料やオイルを出すのは一度や二度ではない。一度それを食べて植物同然になった男もいた。 その男は自分から無理矢理それを食べたらしい。ただ、彼女の笑顔が見たいから……と。 『彼女の笑顔が見たい』 そう言って、イブを喜ばそうとするイチノセ研究室の男性研究員は少なくない。むしろ、大多数になるのではないだろうか。ほとんどの者がイブの美しさや本来の人間が持ち得ない純粋さに魅了されていった。学習能力が搭載されたAIとは言え、生まれてから一年しか経っていない彼女の内面はまだまだ子どもだと言ってもいい。汚れた大人では決して持つ事が出来ない物だった。 『誰もわたしを見てくれない』 『前まではわたしにココロを奪われた男ばかりだったのに』 『わたしが造ったモノに』 『わたしが造った偽物のカラダ、偽物のココロに』 『周りの人がココロを奪われていく』 『わたしの周りから消えていく』 『わたしだって、彼女が愛しい』 『でも、わたしから何かを奪っていく彼女が』 『とても……憎くてならない』 『だからわたしは……』 『彼女を、許す事ができない』 突然、ユウは吐気に襲われた。それを堪え、ユウは自室に戻り、ベッドに寝転んだ。 「わたしはどうかしてる……」 『自然な事だよ……』 ユウは自分の理性と感情が言葉を交している感覚を覚えた。 「マスター、食事が出来ました」 今のユウにとって一番聞きたくなかった声が聞こえた。 「……わかったわ」 何とか感情を抑えてユウは返事をした。 リビングに行くとイブとユウの弟のリョウ、あとはテーブルの上に人間用の食事と生き物以外しか摂取出来ない食事があった。 「ユウ姉、顔色悪いけど大丈夫か?」 いきなりリョウに指摘され、ユウは言葉が詰まった。 「……何でもないわ」 それでも何とかそう答えると、イブが、 「気を付けてくださいね、体調を崩されないように」 『そんな事わかってる』 そう返しかけて、ユウはギリギリで思い止まった。 「心配ありがとう」 そう言うと、イブはにっこり笑った。 その後イスに座って夕食を食べ始めたが、ユウには味がわからなかった。隣でリョウが含みなく『うまい』と言っているので味はあるはずだが、それでもユウには認識できなかった。 「もう食べられないわ……」 そう言って、ユウは箸を置いた。 「やっぱユウ姉ツラいんじゃないの?」 「そうみたいね……イブ、全部食べられなくてごめんね」 「いえ……マスター、ゆっくり休んでください」 「ありがとう。それじゃ、おやすみなさい」 そう言って、ユウは部屋を出た。 [前へ][次へ] |