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変わらない未来(Pop'n:ヴィルウノ)
「ねえ、ヴィルって今何歳?」
わくわくと、目を輝かせてウーノが背後から聞いてきた。
「…忘れた」
私は答えるのが億劫で、そちらを振り向かずに答える。
「そんなに長い間生きてるんだ?」
ウーノが嬉しそうな声を出した。
…しまった。逆に興味が湧いたか。
ちらりと奴の方を見ると、興味津々、と顔に書いてある。
私は溜息を吐いた。
「…誰から聞いたんだ、そんな事」
わざわざうんざり、という顔を作って振り向く。
「ユーリさんとジズさん」
出てきた名前に、うんざり、が本物になった気がした。
「奴らか…」
余計な事を言いやがって、そう言いたいのをかろうじて抑える。
こめかみを押さえると少し怒りが静まった。
「後ロキさんも」
「別に付け足さなくていい」
後から言われた名前も、決して愉快なものではない。
「…奴らはなんと言っていた?」
私の名誉の為に、一応聞いておいた。
奴らに変な噂を吹き込まれては、たまったものではない。
奴は軽い調子で質問に答えた。
「えっとー、ヴィルは本当は滅茶苦茶えらいんだって」
「どんな風にだ?」
「どんな風にって…」
ウーノが視線を宙に彷徨わせる。
迷った時に口元に手を当てるのが癖だと、気づいたのはずいぶん前の事だ。
あ、と奴が口を開いた。
「確か、ユーリさんが『あやつは私達の長のようなものであるからな』って」
「そうか」
本来ならばそういう事を人間の前で言うべきではない。
勝手な事をぬかすな、とすまし顔をした食えない吸血鬼の姿が目に浮かんだので脳内で包丁を刺しておく。
「他には?」
「ジズさんが、『本当なら私達とは比べ物にならないくらい偉いんですよー』って」
「そうか」
あの仮面とふざけた薄笑いにも同じように包丁を刺しておく。
「で、ロキさんが『とてもそうは見えぬが』って」
「…そう、か」
あの魔女にも包丁を突き立てようとしたが、途中で返り討ちにされた。
不吉なイメージを慌てて振り払う。
何故私はこうも扱いが悪いのだろうか。
本当はあんな雑魚共とは書くが違う存在であるはずなんだが。
「…どうかした?」
ふと我に返ると、ウーノが心配そうに此方を見ていた。
「なんでもない」
慌てて返事をする。
「…なら、いいけど」
まだ奴は少し不安そうだ。
不愉快な気分が顔に出ていたのだろうか。
こんなただの人間に感付かれるようでは、私もまだまだだ。
だが、奴は人の感情の変化に敏い。
へらへらしているようで、周りの空気を察して決して超えてはならない線を越える事はない、そんな奴は賢い部類の人間なのだろうな、と漠然と思った。
人間のくせに小賢しい、とも言えるが。
「そういえばさ、偉いってどういうこと?」
「は?」思考を中断された上に急に訳の分からない質問をされて戸惑う。
「ヴィルはすごく偉いって皆言ってた」
人格的にじゃなくて立場的に、と付け足された失礼な台詞は無視して、私は溜息を吐く。
「それも奴らが言っていたのか?」
「さっき言ったじゃん」
ウーノが唇を尖らせた。
まったく、余計な事を言う。
もう一度溜息を吐く。
出来る事ならあまり奴…というか人間には知られたくないが、はぐらかしたらそれも後々面倒そうだ。
どちらにしろ面倒な選択は、自分が望んだものではない分余計に不愉快だった。
「私は死者の魂を回収せねばならん者だからな」
仕方が無いのでいくらかマシに思われる方を選ぶ。
あまりこういう事を口に出すべきではないが、こんな人間に伝えたところでどうという事もないだろう。
第一、奴に私達のことを理解できるとも思えない。
現に、目の前の人間は難しそうな表情を浮かべて呟いている。
「死んだ人の魂を集める係だから偉いって事?」
「…まあそうだな」
多少誤りがあるが、大体そのような所だ。
「何かそっちの世界も大変そうだね」
ウーノが労うが、私が本当に疲労を感じているのはお前達の日ごろの態度だと早く気づいて欲しい。
大体なんだ、ジャックは私に対して礼儀を少しも持ち合わせてはいないし、四天王の奴らも最近は私がリーダーだと言う事を忘れたかのように振舞っている。
これは一度奴らと話し合う必要があるな、と憤りながらそう決意を固める…と、
「でも良かったなあ」
「何がだ」
間抜けな声が響いて、思考を中断させられた。隣に顔を向けると、ウーノが私に微笑んでいた。
「ヴィルはさ、僕達人間よりずっと長生きするんだよね?」
「それはそうだな」
当然の事に私は頷く。
「じゃあ、ヴィルはこれから死ぬ事は無いんだよね?」
「…恐らくな」
私だけでなく、闇の世界の住人は殆どが半永久的な寿命を持つ。
だが何故ウーノがそんな事を尋ねるかが不可解だった。
あまつさえ奴はその答えを聞いて「良かった」と微笑むのだ。
私は理解できない事をそのままに出来る性分ではない。
「何が可笑しい」
尋ねた言葉は、詰問になっていた。
ウーノは真っ直ぐに私の目を見て答える。
「嬉しいからだよ」
「嬉しい?」
そう繰り返して眉をしかめた私は、さっきの奴とは逆の立場だ。
その状況は愉快というには程遠いものであったが、それよりも奴の笑みの意味を知りたいと思った。
ウーノが目を伏せる。
「君は僕よりずっと長く生きるんだよね」
「…今言ったばかりだろう」
私は呆れる。
奴も私と同じように永遠の命が欲しい、などと言うのだろうか。
だが目の前の人間は、そんな事など決して言わないような気がした。
第一、それならもっと別の言い方があるはずだ。
そんな思考を断ち切るように、ウーノが言葉を紡いでいく。
「だって、僕が残されて寂しくなる事がないでしょ」
その台詞に若干の違和感を覚え、私は聞き返す。
「ちょっと待て、私の気持ちはどうなる?」
ウーノは少し困ったように笑った。
「ヴィルは僕みたいに寂しさに耐えられない程弱くないよ」
「それはお前が勝手に思っているだけだ」
そう言った私は、きっと苦々しい顔をしていただろう。
私達がどんなに長生き出来ようと、人間には使えない術を使おうと、精神は人間と変わり無い。
それは非常に残念な事ではあるが、我々とて感情を持たない機械ではないのだ。
そして奴は、その存在が消えても私が何も感じずにいられる程私と無関係な訳では無かった。
「だけど、僕の方が先に居なくなるのは仕方のない事じゃないかな」
だが、そう諭すように言われた台詞ももっともで。
私には反論の余地が無い。
今まで気付かない振りをしていた物が、急に私達に影を落とす。
始まった時から予定された別れ。
残されるはずの私はそれを知りながら、どうやって奴と接すれば良いのだろう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、奴はいつもの微笑を湛えながら言うのだ。
「それに、僕の魂もヴィルがちゃんと側に置いてくれるんでしょ?」
「やめろ」
笑顔で語られる言葉の羅列。それを耳に入れたくなくて、私は意味の無い言葉を繰り返す。
やめろ。
そんな事を言うな。
私はそんな事を聞きたくない。
「そんなに身構えないでよ」
ウーノの笑顔は、まるで仮面か何かのように、私には見えた。
何故、この人間は自分が死ぬと分かっていてなお、その事を笑えるのだろう。
残される者の目の前で、寂しくなくて良かった、と。
「私は、お前に死んで欲しくない」
必死に絞りだした声は、自分でも分かるほどに擦れていた。
ウーノが呆気に取られた顔をした。
「死んで欲しく、ない?」
異国の言葉を聞いたように、口の中でその言葉を反芻する。
死んで欲しくない。
やっと自分の中で納得が言ったのか、ウーノの顔に笑みが戻った。
だが、その笑みはさっきとは違う、喜びを堪え切れずに思わず出た、そんな笑みだった。
「優しいね、ヴィルは」
ゆっくりと、自分自身に向けるように、奴が言う。
その笑顔があんまり綺麗で、今度呆気に取られたのは私の方だった。
「そんな事はない」
奴から目を逸らしながら私は口の中で呟く。
そうやって他人の為に笑える奴の魂は、さぞや美しい輝きを放つ事だろう。
けれど。
私は、そんな事を知りたくはない。
知る必要も無い。
聞き分けのない子供のように、私は胸の内で繰り返し呟いた。
(死んでも一緒、ってナンセンスな言葉だけど実現したら素敵じゃない?)
(だが私はお前以上に、それが現実になるのを恐れている)
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