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戯言だよ、全部ね(APH:米露)
「 」
視界いっぱいに広がった彼の顔が、歪んだ笑みを浮かべた。
他には誰もいない会議室に二人きりで、大分古くなって汚れたソファの上、彼が僕を押し倒している。
身長は僕の方が高いのに、彼に見下ろされるのはなかなかに不愉快な経験だ。
捕まれた両腕にぎりぎり、と爪が食い込むのはさらに不愉快だ。
傍から見れば恋人同士の戯れにも似たこの行為は、だからそんな風に生暖かいものではなかった。
その証拠に、お互いキスできそうな程近づいた顔の真ん中で、鋭利な刃にも似た彼の瞳がぎらぎらと輝いている。
その刃に映る僕の瞳も、凍った湖のような色をしていた。
刃と氷はいったいどちらがより相手を傷付けるのだろうか。
ぼんやりとそんな事を考えた。
冷えきった刃はむしろ本来より鋭さが増すような気がする。
彼ならばあるいは、この氷を粉々に砕いてしまえるのだろうか。
冷たく、厳しく、誰も寄せ付けないような氷を。
それは叶う事がない分、酷く魅力的な光景に思えた。
だけど彼は、僅かに残った温もりを手放す事など出来ないだろう。
確かにそうする事が正しい事だし、手放す必要なんて本当は無いのだから。
けれどそんな刃では何も切る事が出来ないのもまた、事実だった。
(だから僕の勝ち、だなんて事にはならない。
何一つ持っていない僕と、両腕に溢れるほど大切なものを抱えている彼のどちらが勝者か、なんて尋ねる前から答えは分かり切っている)
ほんの少しだけ気落ちして、僕は彼に見えないように嘆息した。
「何を考えてるんだい?」
自信に溢れた、よく通る、だけど薄っぺらな声がする。
僕の嫌いな声だ。
顔をしかめる代わりに、
「知りたいの?」
とはぐらかすとまさか、とされた。
僕らの会話に意味なんて無い。
あるのはお互いへの嫌悪と憎しみだけだ。
それをお互いに理解しているだけ、他の上辺だけの会話よりも、分かりやすくは、あるけれど。
ぎり、と彼が腕を握る手に力を込めた。
「こうやって見ると、君も悪くない男に見えるね」
けらけらと笑う彼の言葉は本心だろう。
「きっと僕が君の上に乗ったら同じ事を思うよ」
僕も思ったままの事を返した。
僕の上の笑顔が少しだけ、凍り付く。
そうだ、そうやって全部全部凍ってしまえばいい。
彼の心も身体も全部全部全部。
そうすればきっと、今よりずっと僕は彼の事を好きになれる。
「本当に良い性格をしてるな、君は!」
それと同時に、口を塞がれた。
噛み付くような、というのはよくある表現だけど、実際噛み付かれたと思う。
口の中で鉄の味が広がり、糸を引いた唾液には赤い色が交じっていた。
「こういう事がしたいの?」
皮肉気に笑うと、いや、と彼は応える。
だって君、不感症だろ、と続いた台詞は無視した。
「俺はただ、打ちのめされた君が見たいだけさ」
「君なんて、深い海の底に沈んでしまえばいいのに」
彼の瞳に映った僕の顔は、泣き出しそうな笑顔でそう返した。
交わらない関係、というのが好きです。
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