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昔話をしよう(エアギア:左スピ)
「昔の話?」
彼はそう言って不思議そうな顔をした。
少し考えて
「・・・それは眠りの森の時のことかい?」
と聞かれる。
少しからかってみたくなった。
「何でも結構です。私としてはあなたの中学生時代の話、むしろ写真が・・・」
「眠りの森の話にするよ」
慌てて言われる。
そんな姿も可愛らしい。
そう思う自分は末期だ。
「冗談ですよ」
「君の場合冗談に聞こえないからなあ」
そう言って笑いながら彼は語り出す。
・・・正直驚いた。
彼はいつも自分のことは語らない人だったし、今回も適当な言葉ではぐらかされると思っていたから。
らしくないと思う自分に苦笑する。
自分こそそうだ。
他人の昔話など何の意味もないし、興味本位で聞くものでもない。
・・・まして彼のことならなおさら。
それでも自分に何かを伝えようとしてくれる彼の態度は嬉しかった。
「眠りの森は・・・決して仲の良いチームじゃなかった。」
彼は何か眩しいものを見るような目でそう言った。
「だけど、少なくとも僕はあのチームのみんなが好きだった。・・・もちろん、キリクもね」
絞りだすような声。その人の名前を言う時の彼の顔を見ることはできなかった。
「僕は何となくだけど分かってた。空と宙の想いも、シムカ君の願いも、キリクの正義も」
そこで彼は顔を歪めた。
「僕らはお互い平等だから、対立も結構あったんだ。だから分かってた。このチームはいつかうまくいかなくなるって。それでも僕は何もできなかった。空とキリクは決して一緒にならなかっただろうし、僕も若くて考えが足りなかったから」まぁ今でも若いんだけどと彼は少し笑った。
その笑みは、いつもと違う・・・何かをこらえるような笑みだった。
「後悔するのは好きじゃないけど、今でも僕は思うよ。どうしてあの時何もできなかったんだろうって。」
「・・・すべては起こるべくして起こったことです。あなたが気に病むことではない」
口から出たのは陳腐な慰めの言葉。
そんなものは何も救いはしない。
彼の端整な顔がまた少し歪んだ。
「・・・それでもあの時彼らを止めることができたのは僕ら・・・いや僕だったんだ。それでも僕は何もしなかった・・・」
それは私に話すというよりは、独り言に近い形の言葉だった。
彼は優しすぎるのだ。
誰かのために自分が傷つくことを何とも思っていない。
優しさは時に凶器にもなる。
彼のそれは周囲の人間に、そして彼自身に、大きな傷を与えてしまったのだろう。
「僕らはどこで間違ってしまったんだろうね・・・。最初はみんな、イッキ君達みたいにただ空憧れていただけの小さな子供だったのに」
呟くような口調。
けれど、それはあまりにも重い問いだった。
彼にとってその答えは、ある意味何よりも大切なものだ。
それでも、その答えを知っている者は今は誰もいない。
少なくとも自分ごときが軽々しく答えていい問いではない。
「・・・」
何か言わなくては。
それでも、言葉は出てこなかった。
そんな自分を見て彼はいつもの笑顔で微笑んだ。
「ごめん、こんな質問答えられるわけがないよね。」
そんな言われ方をすると、妙に腹が立つ。
「・・・それで?」
「え?」
急に投げ掛けられた問いに彼は虚をつかれた顔をした。
「過去はもはやどうすることもできません。それで、あなたはこれからどうするのです?」
ああ、と彼は少し安心したように笑う。
左君はやっぱり賢いねと呟きながら。
「僕は・・・キリクも空もどっちも間違ってると思う。A.Tは凶器じゃない。少しでも空に近づくための道具なんだから」
彼の決意と独白は静かに続く。
「でも、これはもう僕一人がどうこうするような問題ではなくなってしまった。・・・もしかしたら、僕らの後の世代の子供達は空を飛ぶ楽しみを知らないままでこの先を過ごすことになるかもしれない。そんなことはあってはならないことだけど、それを防ぐためにはみんな・・・本当に全員が立ち上がらなくてはいけないんだ。僕は、誰かが立ち上がるそのきっかけに・・・火種になれればそれでいいと思ってるよ」
「なるほど、あなたにしては随分まともなことを考えていますね」
「・・・それはどういう意味だい?」
訝しげな彼の顔を見つつ、こんな時にも素直にものを言えない自分に苛立ちを覚える。
それと同時に、正しく彼は炎なのだと感じた。
すべてのものを暖かく、別け隔てなく照らし、当たり前のようにしてそこにある。
彼の細い体の中には、触れれば火傷してしまうような想いが燃えているのだ。
「僕は・・・炎だ」
不意に声が聞こえて我に帰る。
心を見透かされたかのような言葉。
「だけどそれと同じように空もイッキ君も風なんだよ。僕は火種にしかなれないけれど、風はその火種を大きく燃え上がらせることも消し去ることもできるから。」
炎じゃそうはいかないよねぇと笑う彼の顔は少し嬉しそうだった。
この人は、例え敵であろうと何だろうと人間が好きなのだろう。
存外と戦いに向いていない類の人間なのかもしれない。
「それから、左君。」
「何です?」
「僕にとって、君は凄く大切な人だ。だから、大切な人をちゃんと守るためにも僕はやらなきゃいけないことがまだあると思うんだ。」
今度はこちらが虚を付かれる番だった。
「いきなり何を言いだすんですかあなたは」
「何って、左君相手にこんなに素直になれる時も珍しいからついでに伝えておこうと思って。」
彼は微笑みながらそんなことを言った。ああ、本当に彼には適わない。
それでもこんな時だから自分も素直に言葉を伝えようと思った。
・・・いつ何が起こっても、後悔しないように。
「あなたの大切な人から言いましょう。あなたはもっと自分を大切にしなさい。自己犠牲の上に成り立つ勝利など、新たな悲しみを呼ぶだけです。あなたが誰かの為に命を断つようなことがあれば、私はあなたを許さない。」
素直な言葉とは言い難いが、それでも彼には充分伝わったはずだ。
「・・・ありがとう。」
彼はゆっくりと目をつぶってそう言った。
「・・・ちょっと話し疲れちゃったね。」
そう言われて周りがもう暗くなっているのに気が付いた。ちょっと外に散歩に行こうよ、と言われるまま外に出る。
月明かりに照らされる顔はとても綺麗で、綺麗だねと笑う彼につられて自分も笑みをこぼした。
それは、まだ僕らが幸せだった頃のお話。
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