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倉庫
A farce(BLEACH:ノイザエ)
「あれ、珍しいね」

がちゃり。自宮の扉を開いていきなり、奴はそう口にした。
さらり。ピンク色の髪が揺れる。

「どうかしたのかい?君が此処に来るなんて」

面白がるような口調で奴が尋ねた。
俺は吐き捨てる。
「理由なんてねえよ」
別に理由なんてない。
ただ偶然奴の自宮の前を通ったものだから、少し除いて見ようと思っただけ、それだけだ。
強いて言えば、いつだって俺の自宮を訪ねてくる鮮やかなピンク色がまったくやって来なくなって久しいから、だろうか。
奴の心配など微塵もしてはいないが、それは気紛れで此処を訪れるには充分すぎるほどの理由だ。

「へえ」

と奴はその返事にしてはぞんざいな音を出した。
お前の答えなど聞いてはいない、まるでそう言われているかのようで不愉快だ。

「まあゆっくりしていってよ」

人懐っこく、と言うには歪んだ、妖艶な、と言うには味気のない笑み(どちらにしろ嫌な感じの笑みだ)を浮かべて奴は中途半端に開けたままのドアを大きく開け放って俺を招き入れた。
何かが妙な気がして俺は身構える。
ああ、そうだ。
こいつはいつも他人に警戒心を抱かせる。
俺は第5十刃、こいつは第8、恐れることがあるはずもないのに。
ふと、奴の口元が歪んだ気がしてそちらを睨んでみた。

「なんだい?」

奴はただ、困ったように曖昧な笑みを浮かべてこちらを見返すだけだ。
その奥の感情など読めるはずもない。
(第一俺は他人の感情を察するというのが不得手だ)

未だ真意の掴めない笑顔に舌打ちをして、俺は研究室の中へ足を踏み入れた。
(まるで、戦場へ向かうかのようにゆっくりと慎重に)
ばたん、扉を閉める音がやけに響いた。
閉じ込められた?まさか!自分の妄想を鼻で笑い飛ばす。
薬品の臭いが鼻をつく此処は相変わらずだ。

「生憎もてなす準備はしていないんだけどね」

そう言いつつ、それでも一応机の上の実験器具は片付けて奴がのたまった。
確かに様々な薬品や機械が散らばった部屋からは、人をもてなそうという気概がまったく感じられない。
俺以外でこんな所を訪れる人間など滅多にいないだろうから、当然と言えば当然の話だ。

「…そこに適当に座って良いよ。ああ、それには触らないでくれるかな」

器具を片付けるのは早くも諦めたのか、奴はそこ、と言いながら幾分か片付いた床を指差した。
ここまで来ると、最早「もてなす準備はしていない」という所の話ではない。
わざと盛大に溜息をついて床に腰を下ろすと、また薬品の臭いが鼻をかすめた。

辺りを見渡せば、数え切れないほどの実験器具と機械、そして液体。
何をしているのかは分からないが、奴が今取り組んでいるのはかなり大掛かりな実験のようだった。
触るな、と先程言われた(まったく何様のつもりなのだろうか奴は!)機械の側には、見たことのないような数式がびっしりと並ぶ紙が無造作に積み重ねられていた。
納得は出来ないが、奴が自分など到底理解し得ない頭脳を持っているということは理解できる。
それは奴が奴を十刃たらしめているもの言ってもいい。

まあ、俺には何の関係も無いことだが―そう思って無駄思考を中断。
奴のことで俺が考えを巡らせるだなんて、どうかしている。
今日はどうにも調子の狂う日だ。

「飲むかい?」

声に振り返ると、いつの間にか隣でビーカーを持った奴が立っていた。
ちゃぷ、ビーカーの中で半透明の液体が揺れる。
さすがに奴から渡された緑色のそれを口につkてしまうほど俺は間抜けではなく、否定の意味でそのビーカーから顔を背けた。

「…おいしいけどね」

いかにも残念だ、という顔をして奴は液体を喉に流し込む。
瞬間「苦っ」と顔をしかめた奴を見て、俺は自分の判断が正解だったことを知った。

「ルミーナ、ベローナ!」

奴がおもむろに手を叩いてあの不恰好な従事官達を呼ぶ。
ぺたり、ぺたり。従事官達はすぐに姿を現した。
「ほら」奴が失敗作の液体を手渡すのをぼんやりと眺める。
ビーカーを手渡された従事官達は、来た時と同じように跳ねるような仕草でけたけたと笑いながら部屋の奥へと去っていった。

「溢さねえのか?」
「構わないさ」
「いいのかよ」

従事官を見送ってすぐ、始まるのは中身のない会話。
こんなことをしに来たのではない、と思ったが特に理由があって此処に来たわけでもないことを思い出す。

「…随分とてこずってるみてえだな」

ふと口をついて出たのはそんな台詞だった。
己は何を言っているのだ、これではまるで奴の研究に興味があるようではないか、と慌てて取り繕おうとするが今更呟いてしまった言葉を取り消せるわけがない。
時既に遅し、とはよく言ったもので仕方なく俺は奴のほうを盗み見た。

「ああ、実験かい?どうにも今回はうまくいかなくてね」

奴は驚いた風もなく返す。
「お前がしくじるのか?大層な実験だな」
「ちょっと大掛かりなものでね」
流暢に紡がれる答え。途端に感じる、違和感。
何かがおかしい。

「だろうな」

だがその違和感の正体に気づけずそのまま会話を続ける。
「また藍染の命令か?」
中身のない会話に苛立ちだけが募る。
「いや、僕個人の意思だよ」
ふわりと浮かべた笑みのその奥に、違和感の正体が見えた、気がした。

「珍しいな、君が僕の実験について聞くなんて」

何か眩しいものでも見るかのように、奴は目を細めた。
珍しい?それはお前だ。
そういいかけて気づく。
そう、きっとそれが違和感の正体。
奴はいつだって自分の研究について尋ねられるのを酷く嫌っていたはずだ。
だったら何故べらべらと今それを喋る?
けれど俺は、その考えを奴に洩らすようなことはしなかった。
「他に話すこともねえだろうが」
そう興味も無さそうに言葉を吐き出す。

今あの違和感のことを奴に問い質せば、曖昧な返事で煙に巻かれるだけだ。
実際の戦闘能力ならいざ知らず、言葉の飛び交う虚構の戦いは明らかに俺のほうが分が悪い。
「そうだね」
俺の真意に気づいているのかいないのか、奴は変わらぬ表情で相槌を打った。

「言えねえような実験なのか?」

わざとらしく、嘲笑うような声で問えば、
「まさか」俺の安い挑発など聞き流して奴は髪をかき上げる。





「兄貴が、死んだんだよ」
…その顔に、少しばかりの哀愁が浮かんでいたと、その声に僅かばかりの苦悩が滲んでいたと、俺が思うのは気のせいだろうか。
「兄貴?」
「そうだよ」
奴の兄なら知っている。
奴に良く似た風貌で、流れるような金髪の。
確かグリムジョーの従事官だったと記憶している。

「前の現世での戦いで戦死してね」


いきかえらせたいんだ


その非現実的な言葉が、科学者である奴の口から発せられたのは、奇妙な感覚だった。
確かに奴は虚圏最高の科学者ではある。
だが。

「てめえは馬鹿か?死んだ人間が生き返るはずがねえ」

俺は現実と言うものを教えてやった。
当たり前のことだ。
死んだ人間が生き返るはずがない。

「だけど」

奴は熱に浮かされたように話し続ける。

「だけど、肉体は完全に修復したし記憶だってちゃんと入力した脳波だって確認したし心臓も動かせてる」

俺は自分の耳を疑った。
心臓が動いて脳波を確認?
「…それ、は」
生き返ったんじゃねえのか、そう言おうとして、けれど俺は口を噤む。
奴の表情が変わっていた。
笑顔はずっと変わらない。
だが熱に浮かされたようなその両目は、何も映してはいなかった。
はっきり言って普通の精神状態ではないと思う。
俺は無意識に奴から少し遠ざかった。

「目を、覚まさないんだ…」

くしゃり。顔を崩して泣き笑いのような表情を浮かべた奴は、そのまま此方を縋るような目で見た。
俺が初めて見る人間らしい顔だな、と不意に思った。
人間らしい、なんて人間と言うものを当の昔に辞めてしまった俺が言うのもおかしな話だが。

「目を、覚まさないんだよ」

奴は呆けたようにもう一度繰り返した。
奴のアイデンティティたる科学技術は死者の前に為す術も無く敗北したらしい。
後に残ったのはここで途方にくれた一人の破面だったわけだ。
(なんとまあ脆いアイデンティティだろうか!)

「どうして」

唇から言葉が零れ落ちる。

「どうして」
「全部正しいはずだったのに」
「どうして」

確かにこの精神状態では俺の所を訪れるなんて無理な話だろう。
我儘で傲慢な妃は存外と簡単に打ちのめされて引きこもっていたらしい。
こいつの打たれ弱さは異常だ。
グリムジョーが現世に行ってから一体何日が経つ?
その間ずっとこいつはこうだったのか?
半分驚いて、半分呆れて、俺は溜息をひとつついた。
何か碌でも無いことを考えていたのかと思えば、ただ自分の兄の蘇生に専念していただけらしい。
いつもは俺の側に居て煩わしいほどに付き纏ってくるというのに。

始めに感じた警戒心などは最早残らずに、ただ純粋に俺は呆れた。
と同時に、妙に苛立ちが募る。
やはり此処にきたのは間違いだった。
今更にそう思った。

「今までこんなことは無かったんだ」

頭を抱えながら未だ呟き続ける奴を見ると、心底うんざりしてくる。
頭を抱えたいのは此方だ。
こんな所まで来て傷心したお前の面倒を見なければならないなんて!
だが今までの行き方からか元来の性格か、感情のコントロールが出来ずに取り乱す奴が哀れでもあった。
こいつは誰かに自分の話を聞いて貰いたかっただけなのかもしれない。
はた迷惑な話ではあるが、こいつにとってこれは深刻な問題なのかもしれない。
だからと言って特に哀れみが増したり愛情が湧くわけでもないが、とりあえず今回はおれが奴を黙らせてやろうと思った。
やっと他人の所に訪れなくなったと思えばまた厄介事を作り出す奴にはほとほと閉口するが、このままにするのも寝覚めが悪い。

「ザエルアポロ」

初めて此処へ来て呼ぶ奴の名前。

「ノイ、ト、ラ?」

ぼんやりと俺を見返す奴の首筋に手をかけ、軽く歯を立てる。
白く細い首筋に、赤い痕が浮かぶ。
咎める気力も無いのか、奴は力無く笑った。

「慰めてくれるんだ?」
「黙ってろ」

そのまま舌を這わせ、背に爪を食い込ませる。
いつもならすぐにのってくる奴の反応が今日はやけに悪く、それに苛立って俺はさらに強く爪を立てる。
そんな俺の様子を目で追ううちに、少しずつ奴の目に生気が戻ってきた。

「…痛いんだけど」

いつもの減らず口も僅かながら戻ってくる。

「お前は黙って抱かれてろ」

そう歯を立てたまま唸るように呟くと、それがくすぐったかったのか奴は微かにくすくすと笑い声を洩らした。
(奴にしては非常に珍しい笑い方だ)

「そうだね、ノイトラが居れば…兄貴なんか、いいか」

ぽつり。呟いた言葉。
それは確証はないけれど何所までも真実に聞こえて、俺は無意識に微かな満足感を覚えた。

「うるせえ」

その思いを掻き消すようにそう言って、俺はそのまま奴を押し倒す。

「ちょっ…床で?」

そんな奴の抗議は完全に無視して、俺は再度奴の首筋に噛み付いて、嗤った。
その日、僕は上機嫌だった。

意外に世話焼きなところのある彼は、弱みを見せれば何か慰めくらいはしてくれるんじゃないか。
自分の名前くらいは呼んでくれるかもしれない。
(彼はいつだって僕のことを「おい」とか「お前」とか「そこのピンク色」だとか呼ぶのだ)

兄の蘇生実験を行いながら思いついたその考えは酷く魅力的に思えて、僕は少しお芝居をすることにしたのだ。
しばらく自宮に籠もって兄貴の蘇生に専念する。
彼がやって来ればしめたものだし、来なければそれまでだ。
そんな軽い気持ちで始めたことだった。
まあ、半分遊びのようなものだったのかもしれない。
まさかこんなに安い作戦が大成功を収めるなんて、露ほどにも思っていなかった。
僕の演技力もなかなかのものではないか!
知らず笑いが零れる。

「まさかあそこまでしてくれるとは、ね」

歌うようにそう言って、メスに指を這わせる。

「ザエルアポロ様っ」
「ご機嫌っ」

隣ではしゃぐルミーナとベローナに、
「ああ、そうだな」
そう言って微笑みかけられるほど、その日の僕は機嫌が良かった。
奴らがぺたり、ぱたりと独特のリズムで飛び跳ねてさえ居なかったら、抱きしめてやりたいくらいだ。

そのとき僕は確かに浮かれていた。
いつだって僕のことを煩がって相手にもしない彼が、確かに僕の為にこの体を抱いたのだ。
決して自分の為ではなく、僕だけの 為に。

それは浮かれもするだろう。
頬杖をつきながらメスに映るピンク色を眺める。

あの行為は本当に僕のことが面倒だったのか、それとも。

「嫉妬、かな」

甘い響きを持つその言葉を、ゆっくり味わうように発音する。
兄貴の話をした時の彼の顔と言ったら!
彼は自分と違って感情が酷く読みやすい。
兄貴のことを語ればそれに反比例して暗くなる彼の表情を見て、ああ、やはり彼はすばらしい人だと思った。

彼の真っ直ぐさが僕は好きだ。
いつだって強くなることには呆れるくらい貪欲な彼が好きだ。
(だって彼は結局それしか見ていないのだ)

これは無いものねだりなのかもしれない。
自分に無い純粋さを彼に求める、自分の穴埋めをする行為。
だが、自分が彼に心底陶酔しているのは紛れも無い事実だった。
その彼が自分のことを少なからず思っていてくれることに、この上ない幸福を感じる。
彼が居れば、他には何も―。
そこまで考えて、彼が自分の前に現れるまで、自分の世界の全てだった人物を見下ろした。
陶磁器のような白く滑らかな肌は冷たく冷えて温まることは無い。
閉じられた瞼の奥、瞳の色を僕が目にすることは無い。
だけど目をつぶったまま微動だにしない兄は美しかった。
これが自分と同じ顔だという事実にめまいを覚える。

ああ、強く美しく気丈でだが愚かであった僕の兄がこんな風になってしまうなんて!
過去形で兄を語ることには慣れることが出来そうになかった。
何かを逡巡するかのように、また左手のメスに視線を走らせる。
金属の鋭い輝きは、少なくとも僕に冷静さを与えてくれた。
「生き返らせたいっていうのは、嘘じゃないよ」

誰かに弁明するように、そう呟く。
それは本当だ。
兄貴が死んだことは素直に悲しいし、彼が死んだ直後は何も喉を通らなかった。
水さえ飲めない日もあったし、安眠なんて出来やしなかった。
今でも兄貴がもう一度だけでも目を開いて僕に微笑んだり、あの低く柔らかな声で名前を呼んでくれたなら、そう思う。
だがそれは叶わぬ夢であることを僕はもう知っているし、何より僕にはノイトラがいる。
それに、僕が一番好きだった美しい金色の髪や僕に良く似た、だけど少し違う端正な顔は残らず僕のものになったのだ。
(本当は兄貴の笑顔も声も指の先まですべてが大好きなのだけれど、それは望みすぎというものだろう)
けれど、これらはもう兄貴のものですらなくて、完全に僕のものだった。
それはなんて幸せなことだろう!
唇が三日月の笑みを形作る。

「兄貴、愛してるよ」

なるべく優しく、柔らかに響くようにそう語りかけた。
そう、僕は貴方を愛している。
だけど。
その続きは胸にしまっておいた。

だけど、残念だな。
君は2番目なんだ。


あふれ出る笑い声をBGMに、僕はゆっくりともう動かない兄貴の首筋にメスを走らせた。
これからは彼が僕の世界のすべてになるはずだから。
だから。

「忘れないように、せめて僕の中に入れてあげる」

これで完全な一心同体、というわけだ。
舌でメスを舐め上げると、兄貴の血はただ、甘く芳しかった。







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