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倉庫
それはまぎれもない(BLEACH:ザエルアポロ)
「−−−−−!」

…声が、聞こえる。
酷く醜い声だ。
泣き声や、悲鳴なんて名前が付けられた声じゃない。
そう、無理に例えるなら獣の咆哮のような、そんな声。
意味もなく、唯ひたすらに助けを乞い、喚き、自分が生きていた証を最期に刻みこむような、そんな声。

(何に、だって?)
(そんなことを僕が知るはずもない)

悲痛な、とか、絶望に満ちた、とか、痛々しい、とか、どんな言葉で表現するのも勝手だけれど、僕の側を唯声は通り過ぎ、そして最期には止まるだけだ。
永遠に叫び続けるものなどありはしない。

そのままそいつの声が枯れるのを待とうかともちらりと思ったが、如何せんこの声は聞くに堪えない。
耳障りな声を止めようとは思うけれど顔をそちらに向けるのも妙に億劫で、
僕は眼前で怯える哀れで小さな生き物の皮を剥ぎながら、背後から聞こえる声に向かって言葉を発した。
桃色の肉が外気に晒されるのを眺めつつ、ああ、そういえばこの生き物は何という名前だっただろうか、なんてことを考えて。


「…煩いぞ」


僕の声を聞いたのか聞いていなかったのか、声は益々強くなっていくようだった。


「−−−て、い−−−−−ま−−−−!」


必死に吐き出され続ける声は、今度は何か意味を伴っているらしかった。
朧気に聞き取れる音も混じっている。
最後に残った理性が、発した音だ。

だが、その音は僕にとって無意味だった。
僕が欲しいのは静寂であって、声ではないのだから。
手を伝い落ちて行く生暖かい血を払い、僕は思い切り眉をしかめて振り向いた。

仕方がない。
面倒ではあるが、壊れた玩具は持ち主が処分しなければならない。


「聞こえなかったのか?煩いと言ったはずだぞ?」


幼子に言い聞かせるように、ゆっくりと音節を区切って発音する。
視線を床に降ろすと、石の床に無様に這いつくばったそいつと目が会った。

「あ…」

見開かれた瞳に、不機嫌な僕の顔が映る。
揺れる奴の瞳に合わせて僕の顔が少し歪んだ。
怖気付いたように、そいつの喉が鳴る。

…不愉快だ。
弱く、脆く、醜いくせにまだ生きようという意思だけはある。

そんなもの。

瞳の中で僕の顔がまた少し、歪んだ。
今度は揺れる瞳の所為だけではないかもしれないけれど。


さっきとは打って変わってそいつは静まってしまった。
僕は独り溜息を吐く。
もういいや、壊してしまおう。
玩具の代わりは腐るほどあるのだから。

ゆっくりと今まで腰掛けていた椅子から立ち上がり、
(椅子の鳴るギシ、という音がやけに響いた)わざと足音を響かせて近づく。
目の前の生き物は体を持ち上げる力も残っていないらしい。
こちらを見つめる目だけが、大きく揺れ動く。

ああ、苛々する。
どうしようもなく弱いくせに、恐怖だなんて感情を浮かべて、ただそこで這いつくばっているだけの存在のくせに、僕の腕の一振りで、その首はいとも容易く消え去ってしまうくせに。
まだ、生きようとする。

瞳の中の僕が、笑みを浮かべたのを、ぼんやりと見た気がした。

「ザ…」


何か言い掛けたそいつの首に手をかける。ギリギリと力を込めると、そいつは苦しそうにもがいた。


まだ。


まだ、死なない。


「ザ、エ…」

ぜえぜえと浅い息の下から絞りだされた言葉は、今度は僕にも聞き取れた。

「ザエルアポロ様」

(…ザエルアポロ?)
(…ああ、それは確かに僕の名前だ)
(今まさにお前の息の根を止めようとしている)
(この僕の)

その言葉の続きを聞きたくなくて、早くこの玩具を壊してしまいたくて、僕は首を絞める手に力を込めた。
もうそれを振り払う力はないのだろう、それでもそれは執拗に僕の名前を呼んでくる。
もう声は出ないけれど、唇は未だその言葉を紡ぎだす。

「ザエルアポロ様」
「…煩い」

「助けてくだ」
「煩い」

「ザエルアポロ様」
「煩い!!」

ゴキ、という嫌な音がして、首が、落ちた。
別に地面に落ちた訳じゃない。
ただ首の骨が折れたから、頭蓋骨の重みを首が支えられなくなっただけ。
ぐらりと傾いた顔の真ん中で揺れていた瞳は、もう僕ではなく冷たい無機質な床を映し出していた。

荒くなった自分の息の音が聞こえる。
何をそんなに動揺している?十刃たるこの僕が、こんな下等な生物に?

「…くそっ!」

苛立ちを押さえ切れず、僕は腕に掴んでいた頭を壁に投げつけた。
ぐしゃ、という音がして服に血の飛沫が撥ねる。
けれどそんなものはもうどうでもよかった。
さっきまで熱中していた研究すら、もはやどうでもいい。
再び床に落ちてこちらを見た奴の瞳は、純粋な絶望に塗り潰されていた。


「なん、だよ、その目…」

苛立ちと焦燥が僕の中で募っていく。
この感情がどこから来るのか、何に対するものなのかは分からない。
けれど僕が自分の感情を把握出来ていないことにまた苛立つ。
最低な悪循環だ、と思いつつ唇を噛み締めた。

絶望だなんて絶望だなんて絶望だなんて!

本当に絶望しているのは僕の方でお前じゃない。
そうだ本当に絶望しているのは僕の方なのだ!
僕がどんなに物を創造し破壊し作り替えても、所詮はこの世の理のうちのこと。
全てが予想の範囲内、全てが決められた出来事だ。
僕が何をしようとも、世界の枠組みは変わらない。
少しずつ形を変え、だけど何も変わらず世界は廻る。
僕もその莫大な数の小さな歯車のうちの一つに過ぎないのだ。

(藍染様は…あの方だけは、僕らとはまた違っているのかもしれないけれど)

奴らは気付かないのだ、世界の理に縛られていることを、それがどんなに不幸なことかを。
死すらもこの世界では安楽で絶対ではないのだ。
それに気付かない者が、本当の絶望を知るはずがない。

それなのに。

奴らはこの世界に必死に生きようとする。
望みが適わなければ絶望すらしてみせる。
なんて愚かな生き物だろうか。
反吐が出る。
僕は目の前にある紛い物の絶望を抉りだした。

新しい、まだ暖かい血が再び手を伝うのを感じる。
ぐるりと手を回すと、存外と簡単にそれは僕の手の中に落ちて来た。

(さあ、右は僕が手に入れた)
(それじゃあ左も)
(僕がもらおうか)

もう一度手を突き入れる。
下らない偽物の絶望だけれど、この手にくるんでしまえれば、先程までの苛立ちは感じない。
それどころか、この行為を楽しいとさえ感じている僕がいた。
そう、この絶望は僕の所有物で玩具だ。
要らなくなった玩具は持ち主が処分しなくてはならない。

さっきとはまったく違う晴れやかな気分で、2つの球を床に上に置く。
紛い物の絶望なんて、何の役にも立ちやしないから。
だから、もう。

「…バイバイ」


僕は笑顔を浮かべていただろう。
そのまま足を持ち上げ、振り下ろして、それを踏み潰した。
ぐちゅ、という音が、靴の下から聞こえる。
そのままそれを踏みつけ、磨り潰し、それが只の肉片と化した時、僕は足を止めた。
もはや原型を止めていないそれを見て、やっと少し安心する。

(…安心?何に?)

ふと浮かび上がった考え。
その答えを考えることなど意味がない。
心の声に蓋をして、僕はまた研究に没頭することにした。




幸せな絶望も耳障りな声ももうなくなって、後には僕が望んだ真の絶望と静寂だけが、あるのだから。






(だけど、もしあの苛立ちが何から来たものかと聞かれたら、)
(僕は後からきっとこう答えただろう)




「それは、まぎれもない世界への恐怖」







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