倉庫 花見に行こう!(銀魂:銀京) 「なあ、京次郎いる?」 どんどんと門を叩く音の後、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。 聞き覚えのある、気の抜けた声。 返事をするのも面倒で、聞こえないふりをした。 「京次郎!いねえのか?」 どんどんが、強くなる。 迷惑な奴だ、と思った。 早く帰ればいいのに。 そんな自分の思いとは裏腹に、声は止まらない。 「なあ、きょーじろー!」 どんどん。 「…………」 「開けろって!」 どんどん。 「…………」 「あーけーろー!」 どんどん。 「…喧しいわ!」 さすがにうるさくなって、門を開けてしまった。 「あ、悪いな」 全く悪びれていない口調で、来訪者が謝る。 鮮やかな銀髪に死んだ魚の目。 いつもと全く同じ様子の万屋が、そこにいた。 「…何の用じゃ」 嗚呼、自分は今きっとしかめ面をしているだろうな、と思いながら尋ねる。 誰に何と言われようと、幼い頃からのくせだった眉間の皺は取れそうになかった。 本当はもう少し、愛想良くした方が良いのかもしれないけれど。 そんな自分の内心など気にもせず、目の前の男は大層晴れやかな笑顔でこう言った。 「花見に行こう!」 「…花、見?」 呆気に取られた自分の鼻先に、ビニール袋が差し出される。 カチャカチャと缶ビールを揺らしながら、万屋はまた、にい、と笑った。 「けど良かったのか?仕事中に出てきて」 「…どの口がそう言うとるんじゃ」 「いや、夕方からにするのかと思って…」 「え」 「まあ良いけど」 「…………」 30分後、結局自分は万屋と二人で土手を歩いていた。 川沿いの桜が咲いていたから、などと言っていたが、桜の花どころか木すら見えない。 けれど太陽の光を受けてきらきらと輝く川も十分綺麗だったので、それだけでも此処へ来た価値があったと思った。 屋敷にいては、こんな景色は見られなかっただろう。 (なんて、柄にも無い事を考えている) 「キレーだよな、川」 「え」 自分の考えていた事が、急に言葉になって驚く。 気付けば万屋も、川を覗き込んでいた。 「な、そう思わねえ?」 同じ事を思っていたのだと、その時気付いた。 ほんの少しだけ嬉しいような気がするのを無視して、素っ気なく返事をする。 「…そうじゃな」 「だよな!」 自分の気持ちを見透かしたように、万屋はまた、嬉しそうに笑った。 死んだ魚の目をした男のくせに、晴れやかな笑顔だ。 自分もああいう風に笑えれば良いのに、と少しだけ妬んだ。 それから、またしばらく歩き続ける。 桜は見えない。 これはこの男が自分を連れ出そうとした嘘なんじゃないか、そう思った時に、 「ほら、あれ!」 万屋が歓声を上げた。 「…おお」 まだ少し遠いけれど、見事に咲き誇った桜が、そこにあった。 「な、キレーだろ?」 得意気に、子供のようにはしゃぐ声を無視して足を進める。 その真下に立って見上げると、先程まで抜けるように青かった空が一面桜色に染まった。 これだけ美しく咲いているのだから花見客が大勢訪れても不思議では無いが、こんな時間だからか人影はまばらだった。 桜というのは美しい花だ。 儚げで何処か頼りないように見えて、その実堂々とした貫禄ある幹を持っている。 その矛盾した外見が、何故こうも美しく映えるのだろうか。 まあそんな事はどうでもいい。 桜は美しいし、此処に自分を連れて来たのは今隣に立っている男なのだった。 取り敢えずはありがとう、というべきか、それともこの花をもう少し眺めていようか、ほんの少し思い悩む。 隣へ目を向けると、こちらを見て彼はまた微笑んだ。 それと同時に、ほら、と缶ビールが差し出される。 「…花より団子か、お前は」 呆れた声を出すと、万屋は口を尖らせて言い訳をした。 「だってお前と一緒に飲みたかったんだって!」 「…そうか」 「あれ、スルー?」 そういう声を無視して、缶に口をつける。 若干ぬるくなったそれはお世辞にも美味しいとは言い難くて、せめてそれが日本酒であったなら、と少しだけ思った。 けれど。 「ビール、ぬるくなっちまったな」 そう言って苦笑したこの男がいれば花見も悪くない、と柄にもない言葉を液体ごと飲み干した。 (まあ別にそう言って彼の笑顔が見られるのなら、それこそ悪い話では無いけれども) ←→ |