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夏の夜(銀魂:銀京)
夏。夜。縁側。風鈴。蚊取り線香。

暑い夏でも風通しの良い此処は幾分か涼しい。
中庭に面した縁側の床は冷たく、浴衣の胸元を広げると涼しい風が入ってきて気持ちが良かった。
そのまま視線を正面からずらすと、その先に俺の恋人の姿がある。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離だ。

隣に座る、彼の左目の上を真っ直ぐに通る傷跡をゆっくりとまるで愛撫をするかのように指でなぞる。
目を伏せた彼が、僅かに体を強張らせた。

緊張か、抵抗か、拒絶か、それとももっと別の感情か。
俺はそれを見て目を細めた。

「嫌なら言えよ」

と声をかけると、

「別に」

と返って来たのは素っ気無い返事。
そのままもう一度目を伏せてしまった彼に俺はなんと言ったら良いか分からず、それでももうその行為を続ける気にはなれなくてそっと傷跡から指を離した。
別に傷跡をなぞったのも単なる気紛れでの事だったから。

「…怒った?」

少しおどけてへらへらと、そう尋ねると今まで目を伏せていた彼がゆっくりとこちらを向いた。
「気になるんか?」

やんわりと尋ねられ、一瞬何の事か分からずに戸惑うがすぐに傷の事だと合点がいく。

「別に?」

今度は俺がそう返す番だった。
その答えが気に入らなかったのか、彼の瞳が訝しげに揺れる。
表情は変わらなくても感情をそのまま映し出す彼の瞳が俺は好きだ。

「…何笑うとるんじゃ」

そう彼が呆れた声を出すほど顔が緩んでしまうくらいには。

「なんでもない」

そう言って俺はまた彼の左目に手を伸ばそうとした。
特に意味は無く、何の気なしに。



ぱしり。



小気味いい乾いた音と共に、俺の右手は大きく逸らされた。
その手を払ったのは他ならぬ彼の手で。

しまった、と思うが今更後悔しても遅かった。
彼は何時になっても何処か他人を寄せ付けない部分があって、その一線は越えてしまってはいけない、と。
自分が何よりもよく知っていたはずなのに。

「やっぱ嫌なんだろ」

恨めしげな声を出す自分を許して欲しいな、と他人事のように思う。
好きな人に明確な拒絶をされるのは傷つく事だ。
それは自分の浅はかさから起こったことではあるけれど。

だが俺の手が振り払われた事に一番驚いたのは振り払った当の本人らしかった。
俺の好きな瞳が、僅かに揺れ動いた後に少し曇る。
彼は微かに謝罪のようなものを口にして、それきり黙りこんでしまった。

しまったな、と俺は再び思う。
気を遣わせる気は無かったのに。
彼は意外とそういうところを酷く気にかけることも、自分はよく知っていたはずだったのに。

沈黙が、降り積もる。

俺はこういう空気が苦手だ。
何となく今すぐに窒息してしまいそうな気がする。
心なしか、さっきは涼しいと感じた風も今は肌寒いように感じた。
そしてもう一度、無神経に彼に触れてしまった事を後悔する。


「…ごめんな」


誤りたい、という気持ちよりもむしろこの空気をなんとかしたい、という気持ちから出た謝罪の言葉。
それでも彼は俯きがちだった顔を跳ね上げて、

「いや、悪いんはワシの方じゃけえ」

と慌てて返してくれた。
その言葉に少しだけ気分が緩む。
「嫌なら言えって言ったろ」

そう言うと、彼は少し困った顔をした。
何か言いたげだが言葉が見つからないのか、軽く口を開いてまた閉じる。
その仕草が可愛い、と思う俺はきっともうどうしようもない。

「…これは」
「ん?」

ふと視線を戻すと、彼が口を開いていた。

「これは昔、ワシがおじきに拾われてすぐ後、若を護って付きよった傷じゃ」

そう行って彼は左目に手をやった。
その手つきは俺のそれよりもずっと丁寧に思えて、少し見とれる。

「そう、か」

彼は基本的に自分の昔話はしない。
(俺だってそんなものをするつもりは毛頭無いが)
けれどその話を俺にしてくれるという事は、俺を信用してくれているのだろうと嬉しく思った。
だが彼の過去に不用意に触れてしまった自分は彼の信頼を裏切ったに等しい。
今更に自己嫌悪が俺の中に生まれる。

「…銀時?」

今度は俺が黙り込んでしまったので彼が自分の名を呼ぶ。
心配そうにこちらの目を見る真っ黒な瞳に笑い返し、

「悪かったな」

と今度は心からの謝罪をした。
「や、ただその事だけ知っとってくれりゃあ別に…」

慣れない謝罪に戸惑うように、彼が返す。
それからまた何か言葉を捜すように彼は視線を宙に彷徨わせた。
落ち着かなげに揺れていた瞳が何かを捉えて下を向く。

「別にその事を知っとりゃあええ」

再度繰り返される台詞。
一言一言、発音を確かめるようにゆっくりと。

「軽い気持ちでやるんと、そりゃあ違うけえの」

そう言って彼は此方を見て少し笑った。

「…そっか」

自分にそう行って笑いかけてくれる彼が好ましいな、と思う。
自分の気紛れにすらしっかりと真正面から向き合ってくれる彼の真っ直ぐさが眩しい、とも。
さすがに気恥ずかしかったのか、彼は俺に背を向けてしまった。
その仕草が何となく可笑しくなって、俺は彼の背に思い切り抱きついた。




あきゅろす。
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