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倉庫
エゴイズム(銀魂:銀京)
自分一人の力なんて何の役にも立ちはしないから、と逃げるのはあまりにも簡単で。


<エゴイズム>


…音が、止んだ。
肩に預けられた手が、さっきとは明らかに違う重みで感じられる。
わずかにぬくもりを残した体も、
雨に濡れて冷えてしまえばもう2度と温まることはなくて。
支える力を失った体がぐらり、と傾くのを押さえ、
俺はもう一度腕に力を込めた。

さっきまで張っていた糸が急にぷつりと途切れてしまったように、
誰かがふいに操るのをやめてしまった人形のように、
急に動かなくなってしまった彼の体に、吐き気と眩暈を覚える。

気分が、悪い。

気を抜くとこちらまで崩れ落ちてしまいそうで、
鼓動の音が、奇妙に感じるくらい大きく聞こえた。


(…鼓動?一体誰の?)
(もちろん自分のだ)
(だって彼は、もう―)



(死んで、しまった)



喉まで出掛かったその一言を飲み込む。
口に出したら最後、もう彼の体を支えきれなくなってしまいそうだったから。


(あぁ、また)
(また守れないものが増えていく)
(自分の力不足だった、なんて)
(そんな言葉で、逃げられはしない)


雨がゆっくりと頬を流れ落ちていくのを感じる。
彼の体も、段々と冷たくなっているのがすぐに分かった。


(そしてその冷たさはまた、俺に彼の死を伝えるのだ)


足元で水がぴちゃりと跳ねる。
その水よりも、頬を伝い落ちる雨粒よりも、
彼の体のほうが凍えそうなほど冷たく感じるのは一体何故だろうか。
その冷たさに触れているのが怖くて、彼の死を身近に感じるのが怖くて、
俺はまた一歩足を進めた。


(そう、まるで何かから逃げるかのように)




「自分はあの人の大切なものを守れなかったから」




そう言って目をふせた彼は酷く寂しそうな表情をしていて、
その顔の裏に、その体の中に、どれほどの痛みを抱え込んできたのだろうだなんて
月並みなことを考えた俺がいて、
もう少し彼のことを知りたくなって、
でも結局最後に残ったのはこんな結末だった。


(いっそのこと、嘲笑ってしまえば良かった)
(なんて)
(なんて愚かな男だろう、と)


そうだ、彼はどうしようもなく愚かで不器用で脆い人だった。
自分一人が全部背負い込んで、本当に救われる者は一人もいやしなかった、というのに。

(だけど彼にそれを教えてやれる者も、一人もいやしなかったのだ)

あれはお前の自己満足に過ぎない。
結局のところ、あの事件の結末は何一つ変わりはしていないし、
実際に救われたものなど何も無い。
挙句の果てに今のお前はその様だ。
一体お前のしたことはなんだったというのだ。
…そう嘲ってしまうことは確かに容易い。
だが、そう言い切ってしまうにはあまりに彼は真っ直ぐだった。
それこそ、「一途な想い」だなんて表現するのも躊躇われるくらいに。


だが、結局それは彼の死期を早めることにも繋がってしまった。


一体誰が何を間違ったというのだろう?
彼はただ大切なものを守ろうとしただけなのに。
それがこんな結果を招いてしまうだなんて。

だけど、それでも彼はしっかりと守り切ったのだった。
自分の大切なものを。
自分自身を犠牲にするという方法で。

(そう、彼は俺とは違ったのだ)

俺にはそれが正解かどうかなんて大層なことは分からないけれど、でも、
彼はきっとこの結果に満足して死んでいったのだろう、と感じていた。
ふざけるな、と思う。
誰もお前の自己犠牲など望んではいなかったのだ、と。
だが、その言葉をぶつけるべき相手はもういなくなってしまったのだ。





…頬を叩いていた雨はいつの間にか小降りになっていた。
そういえば、彼の死に際頬を流れていたのも雨だった、とふと思い返す。
今考えると、あれはもっと別の何かだったのかもしれない。
今更そんなことを考えてもどうにもならないことは
知っていると思うのだけれど。


雨に濡れた足を引きずりながら、
やっと見えてきた目的地へと向かう。
まとわりつく着物だとか、
うっそうと茂る草だとか、
そういうものは最早どうでもよくて。

(なァ)
(なァ、京次郎)
(残された俺が考えることだから)
(身勝手だ、なんて笑われてもしょうがねぇけど)
(でも)
(それでも)

(お前は満足して死んだって思うことくらい許されるよな)


返事が来ないことは分かっていながら、
俺は無意識に彼に語りかけていた。

そうしている間に、父親の前に今まで支えてきた体を降ろしてやる。
もう2度と動くことはないけれど、
これ以上ないくらい丁寧に扱って。




そうしてから初めて、俺は彼の顔を見た。

(さっきは彼の死を目にするのが怖くて、どうすればいいかも分からなくて、
そんなものを見る余裕はなかったのだ)




…自分の口元が、自然と笑みを形作るのを、感じた。


「なんだ、いい顔してるじゃねーか」


それは残された者のエゴイズムかもしれないけれど。
俺はゆっくりと2人…否、3人に背を向けて、自分の帰るべき場所へ向かった。





(残された人の勝手だけれど)

(自分の大切なものすらうまく守れなかった俺だけれど)

(お前が安らかに死んだことくらいは、信じていてもいいだろうか)

(もしもそれが本当だったとしたなら)

(俺も最後に、ほんの少しでもお前の役に立てたと思うことが、できるから)











(それでも、彼の真意を知ることは、)

(もう2度と出来なくなってしまったのだ、けれど)




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