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倉庫
だからやめとけば良かったのに(ソウルイーター:ギリノア)

「…おかしい」

顔を思いっきり歪めて俺は呟いた。
おかしい。
こんなはずはない。
何かの間違いだ。
そんな言葉ばかりがぐるぐる回る。
かといって目の前の結果が変わるわけもなく、俺は苛立ちを募らせる。

「あなたがおかしいのは知ってますよ」

目の前の男はパタパタとカードをあおいだ。

「ちっげーよ!」

俺はカードを叩きつけて、叫ぶ。
役はフルハウス。
決して悪い手じゃない。
しかもこれドローポーカーだぜ?
むしろ奇跡だろ。

だのに。

ああ、カード曲がっちゃいますよ、そう溢した奴の役はストレートフラッシュ。

「おかしい」

俺はもう一度言った。

「運、悪いんですね」

気の毒そうな目を向けてくる奴が心底憎い。
3時間前からやっているポーカーは、俺の敗北続きだ。
俺だってポーカーが弱いわけじゃないし(むしろ強い方だ)、正攻法が無いのがこのゲームだ。
奴がいくら他人の心情を読むのに長けていようと、こんなに勝ち続けるのはおかしい。

「イカサマ、しただろ」

凄みをきかせた声で言うと、失礼な!というように奴は肩を竦めた。

「袖の無い服でイカサマなんて」

出来るわけ無いでしょう、という奴の言葉は、一般論としては正しい。
こういう時イカサマをするなら、カードを袖の中に仕込むのが常套手段だ。
カードの上にカードを乗せる。
手札をすり替える。
手先の器用な奴なら、簡単な事だろう。
だが奴が今来ているのはいつものタンクトップ。
袖に何かを隠す事は出来ない。
っつーかまず袖が無い。
本来ならイカサマは出来ない、はずだ。
ただ、それじゃあ俺が負け続ける理由が無い。
俺だって何度かイカサマしてみたが、一向に勝てないのだ。
純粋な勝負ではそんな事はあり得ない。
それに、俺の前に座るこいつはこう見えて大魔導士なのだ。
姐さんだって一目置いている。
そんな人間なら、イカサマなんて造作も無い事だろう。
証拠さえ見つかれば、俺は奴に完全に勝利する事が出来る。
何としても証拠を掴む。
俺は決意を固めた。

「つーかそういう事知ってる時点で怪しいんだよ」

憎きストレートフラッシュを睨みながら言う。

「言いがかりですよ」

奴は意にも介さない。
長い指がカードを素早く切って、並べる。
トントン、とカードを揃える指は男にしては細く長く、いつ見ても様になっている、と感心させられる。
…見惚れている場合では無い。
俺は奴の一挙一動を見つめる事に全神経を集中させた。
自分のカードを見るのもなおざりに、不審な動きを見せたらすぐに捕まえられるように構える。

「カードに集中して下さいよ」

奴が呆れたように言うが、俺は目をそらさない。
今回ばかりは騙されないと、固く決めたのだ。
ちらり、と自分の手札を見ると、さっきのが上手く切れていなかったのか、後少しでストレートフラッシュだ。
俺は慌てて、次のカードを引く。
ダイヤの9。完成だ。
さっき奴は上手く切ったような気がするがなあ、と思いつつ、奴の手元に集中する。
表情は読めないのでパスだ。
顔を見ていると惑わされる。
至って普通にカードを引いた奴は、「ああ」と少し顔をしかめて、OKです、と言った。
手札は変えていない。
俺が保証する。
俺の手札はストレートフラッシュ。
無造作に取ったカードで勝てるはずが無い。
俺は嬉々として手札を出した。

「ストレートフラッシュ」
「エースのファイブカード」

…この時の俺の気分が、分かるだろうか。
例えるなら、あの騒音神父に馬鹿にされた気分だ。
モスキートのジジイの比じゃねえ。
俺は、これ以上無いくらいブチ切れた。

「っかしいだろーが!」

ガチャン!
手近にあったグラスを投げつける。
難なく避けられた。死ね。

「ジョーカー入れろって言ったのは貴方でしょ」

ジョーカー入れるのって好きじゃないんですよね、という奴は今世紀最大級の馬鹿野郎だ。

「ジョーカーの話はしてねんだよ!」

俺はカードを奴に叩きつけた。
カードはヒラヒラと舞って地面に落っこちた。
おい、せめて届けよ!何もかもがムカついてイライラする。
「絶対イカサマしただろ!」
「してないですって」
「普通に引いてエースのファイブカードなんて出るわけねえだろ!」
「私運良いんですよ」
「信じられっか!ドローポーカーだぞ馬鹿!」
「切り方が悪かったんじゃないですか?」
「っ…お前が…お前が切ったんだろうがぁぁ!!」

ちっとも進まない会話に、俺は何度目かの叫び声をあげる。
奴は面倒臭そうに欠伸をした。
おいおい、ちょっと待てよ。
人が喋ってる時に欠伸するか普通?失礼だろうが。

「人の話聞けよ!」

ウィスキーのビンを投げたがまた避けられた。ムカつく。

「聞いてますって。ポーカーで勝てないから怒ってるんでしょ」
「だからお前がイカサマしたって肝心の部分が抜けてんだよ!」

ついに俺は机をひっくり返した。
物凄い音を立てて、机がぶっ壊れる。
奴はノーダメージ。
しかもちゃんとトランプを避難させていた。
…イカサマをしていない、という割に隠す気はあまり無さそうだ。
そんな事が出来てイカサマが出来ねえはずがねえだろ。

「・・・つーかよぉ、どうやったんだ?」

俺は吐き捨てた。
俺の前でイカサマやって気付かれないのは相当難しい芸当だ。
仲間内で俺がイカサマを許した事は無い。
マジでありえねえ。ムカつく。

「だから、袖無いでしょ」

ヒラヒラと振る手からは、何も落ちて来ない。
目を細めて見ても、特に何も見えない。

「じゃあ袖じゃねえんだろ」
「イカサマじゃないって選択肢は無いんですね…」
「当たり前だろ」

言いながら、俺はチェーンを出す。

「おら、早く言えよ!その首切り取っちまっても良いんだぜ?」

効果は無いだろうな、と思いつつ言ってみた。
強硬手段は俺の十八番だ。
…が、案の定奴はチェーンを少し押し戻して、

「それは困りますね」

と言っただけだった。
ああ、そりゃ困るだろうよ!俺は捨て鉢な気分で考える。
あー…なんかもう萎えて来た。

「本当にイカサマじゃねえのか?」

力無く尋ねる。
まあ運の良い奴もいるしな、今日の俺が絶不調だっただけかもしれねえ。
そう思うとそんな気もする。

「そんな訳無いでしょう」
「はは、だよな…」

そんな訳ねえよな、と言って、ソファに座り直して、違和感に気付く。

「やっぱイカサマしてんじゃねえか!」

ガバッ、と顔を起こすと、相変わらずカードをいじりながら奴が笑った。

「言葉って不思議ですよね」
「そんな話はいいんだよ!」

馬鹿にしやがって!ギリギリと歯を噛み締める。
もう許せねえ。
こいつ絶対泣かす!
俺は二度目の決意をした。
この気持ちは使命感と言っても大袈裟では無い。
今ならジジイと分かりあえると思う。
魔導士だか何だか知らないが、人をおちょくるのもいい加減にしやがれ!

「もう良い!俺が直接探す!」
「頑張ってくださいね」
「黙れ!」

口を開けばふざけた事しか言わない奴の両腕を捕える。
そのまま地面に押し倒すと、腕の下で奴は呆気に取られた顔をした。

「…ちょっと、ギリコさん?」

こんな事態は計算外だったのか、若干焦ったような声で名前を呼ばれる。
こいつのこんな声は聞いた事が無い。レアだ。
俺は嬉しくなってきたが、それを顔には出さない。

「黙れっつーの」

うきうきと返すと、

「絶対止めた方が良いですよ」

と脅しにもならない台詞で返してきた。

「ご忠告ありがとうゴザイマス」

適当にあしらって、俺は奴の服に手をかける。

「ご要望なら自分で脱ぎますって」
「それじゃあ意味ねえだろ?」

奴が俺の下でもがくが、上にいる人間の方が断然有利だ。
何だ、大魔導士も大した事ねえな、と思うと可笑しかった。
そのまま服をたくしあげると、止めてください!と奴が少し大きな声を出した。
止めるものか、と俺は嗤う。

「元はと言えばお前が悪いんだろ」
「だから、そんな所探しても無駄ですって!」
「無駄かどうかは俺が決めるんだよ!」

真剣な睨み合いが続く。
心底不愉快そうな奴の表情は、俺が初めて見たものだった。
何故か、胸が騒めく。
唇が自然と吊り上がった。
奴の腕に爪を立てて、囁く。

「自業自得だろうが?」
「なっー「入るぞ」

奴が何かを言い掛けて口を開いたのと、ガチャリ、と扉が開いたのは同時だった。
思わずそちらを見ると、

「………?」

何も、いない?

「こちらだ」
「うお!?」

ドアの足元に、モスキートが立っていた。
あ、モスキートさん。
緊張感の無い声が下から聞こえたが無視。
つーかそんな身長でよくドア開けれるよな。
ちょっと感心した。

「…何しに来たんだよ」

俺は吐き捨てた。
今良い所だったのに邪魔しやがって。
ジジイとは元から馬が合わなかったからなおさらムカつく。
早く出てってくれねえかな。
そう考えてから視線を戻して、

「………あ」

俺は、気付いた。
口の中が乾く。さあ、と血の気が引くのがわかった。
自分の失態に泣きたくなる。
精一杯の力を振り絞って振り返る。
ギギギ、と機械みたいな効果音がつきそうだ。
強ばった表情のままそっちを見ると、ジジイは肩を落とした。

「先程大きな音がしたから来たのだが」

ジジイが俺達の方を見た。
いや、待て。
言いたい事は分かる。
けど、勘違いするな。
物事を見た目で判断すると痛い目見るぜ?
頭の中で言葉が回るが肝心の声が出ない。
ヤベえ、テンパりすぎだろ俺。

「貴様は気に食わない武器だったが…」

ジジイが目を伏せる。

「その魔導士は互いに敵視していると思ったのだがな…」
「いや待て聞け!」

大変な方向に勘違いされそうな状況を何とか打破しようと、言葉を紡ぐ。

「お前の思ってるような事はしてねえ!俺は無理矢理…!」
「いきなり押し倒しといて結構な言い草ですねえ」
「てめえ…!」

俺の渾身の言い訳は、一気に無駄になった。
空気読め馬鹿が。
何なら本当に食っちまっても良いんだぜ?

はぁ。

ジジイがわざとらしい溜め息を吐いた。

「そんな趣味があるとは知らなかったな」
「だから、違っ「後は若造共で楽しめば良い」
「おいおい話聞けって!」

邪魔をしたな、そう言ってジジイはよちよちと帰って行った。
…最悪な勘違いをしたまま。

「どうすりゃ良いんだ…!」
「だ、だから止めた方が良いって言ったのに…」

下から苦しそうな声が聞こえて、俺は覗き込んだ。
笑いを堪えようとして出来ていない奴と目が合う。

「なのに、調子、乗るからっ…!」

くくく、と喉から笑い声が漏れている。
俺は怒る気力も無かった。
手も外してやる。
俺は(もう分かり切った事だが)取り敢えず聞いてみた。

「ジジイが来るって…知ってたのか?」
「こ…此処地下だから足音響くんで、すよ!」

切れ切れの声が答えた。

「…いっそ笑え」

笑い声を我慢されるのは、予想以上に腹が立った。
いっそ大声で馬鹿にすりゃ良いだろ!
その言葉に、奴が吹き出した。

「あははは、本っ当に大失態ですよね!」

ははは、とそのまま笑い転げる。

「うるせえ!」

取り敢えず怒鳴ってはみるが、奴は聞いて無い。
なかなか笑いがおさまらないのか、笑ったら笑ったで苦しそうだ。
途中から喘息みたいな声が出ている。
そのまま窒息しろクソ野郎。
…前言撤回。
笑われるのも予想外にムカつく。

「お前、最初からわかってて押し倒されたのか?」

聞いても無駄だとわかってはいるが、一応聞いてみる。
あははそんなに意気消沈しないで下さいよー、と床に転がったまま奴が言った。
いや、答えになってねえし。
結局俺は、奴の笑いがおさまるまで待たされる事になった。
…なったらなったでまたそれからが面倒だったが。
この誤解はどうすりゃとけるんだろうか。
俺は宙を見つめて溜め息を吐いた。




まだゴフェルがいなかった時の。
ベタな話がやりたかった。



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