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倉庫
もう随分昔の話だけれど(ソウルイーター:ギリ+ノア)
「この世の全てを手に入れたい」

今俺の横を歩く男は、なんの気なしにそんな大それた事を言った。ははあ、この世の全て、ね。
俺は暫く呆気に取られた後、耳を疑って、それからゆっくり考えて尋ねる。
極めて懇切かつ丁寧に。

「正気か?」

隣の男…エイボンと名乗る魔導士は、そんな俺を鼻で笑った。

「正気なら、こんな所へは来ませんよ」
「…だな」

そりゃそうだ、と俺は相槌をうつ。
鬼神が復活し、狂気奔る世界。
良い世になったと形容したのは確か、俺だ。
そんな世界を悦ぶのは規則に従い損ねた人間や、神の不在を望む者、欲望を押えきれなくなった者、狂気に身を浸した奴ばかりだ。
こんな所にいて、しかも幹部という役割を与えられた時点で、こいつは恐らく相当にイカれた人間なのだろうとは俺にも理解出来た。
だが、そんな俺にもこいつの発言の意味が分からない。

「全てって、何だよ」
「私の欲しい物です」
「狂気、とかか?」

俺が中身を掴めずに問うと、男は首を横に振った。
そうでは無い、の他に、貴方には分からない、ともこの話はもう終わりにしよう、とも取れる仕草だった。

「形はあるのか?」
そう言うと
「無くては駄目なんです」
と答えられた。
「手に入れてどうするんだよ」
「手に入れる事が目的なんです」
「コレクションすんのか?」
「ええ」
「例えば何を?」
「………」

すらすらと俺の質問に応えてきた声が、不意に止まった。
と同時に足音も止む。
立ち止まった魔導士は、ほんの少しだけ考えた後、唇を歪めて
死神、とか、と答えた。

その言葉の持つ不穏な空気に、俺も足を止めた。
少し後ろにいるそいつを、振り返る。
本気だ、と思った。
この男は本気で、死神を…人を、手に入れてしまうつもりなのだ。
確かにイカれた男だと俺は納得した。
成る程、まさしく奴は此処の幹部に相応しい。

「他には?」

少し興味を持って尋ねると、
「その時々です」
と返された。
「自分の欲しいもんも分からねえのか?」
「数を決めたら限界が見えるでしょう」
「…成る程、な」

どうやらかなり本気で、全てを奪ってしまうつもりらしい。
呆れた男だ、と思った。
俺はまだこいつの実力をはっきりとは知らないが、見た感じ然程戦闘に秀でているようにも見えない。

「何でそう思ったんだ?」

原因を、尋ねてみる事にした。

「はい?」
「全てお前のもんにしちまおう、とか」
「そうですね…」

そう言ってそいつは少し笑った。
面白い事など何も無さそうな、能面みたいな笑顔だった。

「ただ、欲しいんです」

独り言のような口調。

「でも、それは待っているだけでは手に入らない」
「だから奪っちまうってのは短絡的じゃねえか?」
「え」

俺は思った事を言っただけだが、そいつは驚いた顔をしたまま止まってしまった。

「おい、どうしたよ?」

まさか今更それに気付いたんじゃねえだろうな、と思った時、たんらくてき、とひらがなみたいな発音でそいつは呟いた。

「ギリコさんに短絡的って言われるなんて」

思っても見なかったです、と続けた。
俺は心が広いから一言で返してやる。

「黙れ」

あはは、と笑い声が返って来た。
不愉快になって、壁に拳を打ち付ける。
ガゴン、と鈍く大きな音がした。
ちらり、とそいつは視線だけ音の方向に向ける。
道端の石でも見るような視線だった。

「短絡的だっていうのは解ってますよ」

その音にビビった訳でも無いだろうが、そいつは話を戻した。

「でも、一番シンプルで確実な方法です」
「…実力さえあればな」

肝心な一言を忘れているようなので、俺は付け足してやる。
そう、実力さえあれば。
そいつは頷いた。

「でも」

と遠くを見て続ける。

「私の欲しい物は譲っても貰えないんです」
「だから、奪うのか?」
「まあ…それに、奪うってちょっとしたロマンじゃないですか」
「まあ理屈は分かるけどな」

俺はその話の一番の違和感について尋ねる。

「諦めるって選択肢は無いのか?」
「ありませんね」

即答だった。

「諦めて、常識で自分を誤魔化せる人間なら、此処へは来ませんから」
「…そうだったな」

話が振り出しへ戻った。

「それで、自分で奪う事にした訳か」
「ええ」

特にする事も無く、俺は壁に寄りかかった。
背中に伝わる冷たさが心地好い。
ふと思った事を口に出してみた。

「それ、ただ寂しいだけなんじゃねえの?」
「はい?」

目の前の魔導士は怪訝な顔をした。
その言葉に特に意味は無い。
ただ、決して手に入らないものを求めるその行為は独りきりの子供によく似ていると、そう思った。
それ以上会話を続けようとも、取り立てて今の言葉の説明をしようとも思わなかったので、俺は黙る事にする。
代わりにそいつが口を開いた。

「寂しいか…」

そんな事は初めて聞いた、と笑う。

「そうかもしれませんね」

然程興味もなさそうに、けれど存外と素直にそう返したそいつに、俺はほんの少しだけ興味を持った。
いつかもう一回くらい会話をしても構わない、そう思える程度には。
最後に、もう一つだけ尋ねる事にする。

「俺達もいつか、コレクションされちまうのか?」

そいつはまた少し、笑った。

「今はまだ、分かりません」
「そこは否定しとけよ」

そう突っ込むと、少し、笑顔が消えた気がした。

「そうですね」

その言葉と共に、今までの笑顔が仮面が少しだけ、剥がれていく。
「今までの会話から考えれば」

その下には、今までとは違う歪んだ笑みと、僅かばかりの嫌悪感が浮かんでいた。


「ギリコさんが私のものの中に加わる事はきっと無いでしょうね」
「そりゃ良かった」

皮肉な口調に俺も同じ調子で返す。
それからまた少し沈黙があって、俺達は暫くの間睨み合った。



先に笑ったのは、そいつの方だった。
ふふ、と溜息にも似た息が漏れる。
そしてまた、その表情は仮面に覆われた。
奴が何を思ったのかは分からない。
俺の何がそんなに気に入らなかったのかも、何故急に僅かとは言え本心を曝け出したのかも。

「お話、楽しかったですよ」

そう言って笑う今の仮面の下に、どんな顔を隠し持っているのかも。
他人に興味を持たない俺が、そんな事を考えるのはアラクネ以外に初めての事かもしれない。
それじゃあ、と形だけの挨拶をして去って行った男の背を見ながら、一度だけそう思った。
あの魔導士の名前くらいは覚えていても良いかもしれない。
そう思いもしたが、奴に背を向けて歩き出すと、俺はそんな事は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

(嗚呼、あの男の名前は一体何と言ったっけ?)
(だが、あの不思議な表情はずっと、俺の中から消えずに残っている)





あきゅろす。
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