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倉庫
こんなはずではなかった(ソウルイーター:ギリノア)
「なぁ、暇?」
「残念ながら忙しいですね」
「そっか。まあ別にいいけどよ」

そう言って彼が私の部屋に上がり込んで来たのはもうかれこれ3時間程前の事だ。
それから彼はずっと此処に居座り続けている。
つまり3時間程私は彼に「帰れ」と言い続けている訳だ。
けれど私の努力虚しく、彼にまったく帰る気配は無かった。
今も床に寝転んで、ひまー、などとほざいている。

「なあ、この本さあ」
「勝手に捲らないで下さい」
「この機械変わってるな」
「あぁ、製作途中なんで…ちょっと触らない!」

彼が来てから全てがこの調子で、はっきり言うと非常に面倒だ。
これから魔法も練る予定だし、たまっていた本でも読もうかと思っていたのに。
そう考えると溜息が出そうだった。

「早く帰って下さいよ」

そう言っても、「後からな」と言ったきり動こうともしない。
傍若無人とはこの事だ、と普段の自分を棚に上げて思った。

自分のテリトリーに当然のように他人が居座っているのは、酷く気味が悪い。

はあ、とついに聞こえよがしに溜息を吐く。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、急に彼がこちらを向いた。
何故だか彼の方が不愉快そうな顔をしている。
あのなあ、と彼が呆れたように話し始めた。

「お前、俺に部屋に来て欲しくねえのかよ?」
「は?」

予想もつかなかった彼の言葉に、思わず素で返事をしてしまった。
どういう意味ですか、と聞き返す前に彼が口を開く。

「だから、俺が来てそんなに迷惑なのかよって」
「はあ」

あんまりな言い種に、つい作り笑いの頬が引きつった。
何を言っているのだこの男は、と呆れる。

「当たり前でしょう」

さっきから言っているだろう、という台詞を私はすんでの所で飲み込んだ。
そっか、と彼は呟いて、また床に寝転がる。
その間抜け面に蹴りでも入れてやろうか、と思ったが、此処で彼に暴れられると困るのは私なので黙っていた。
彼も言いたい事は言い終わったのか、沈黙を保っている。
このままなら暫くは静かなままいるだろう。
これ以上彼に気を遣うのが面倒になって、私は手近にあった本を手に取った。
読書をすれば気が紛れるかもしれない。
けれどその私の計画は、結局の所少しも実現しなかった。

「本読むのか?」

彼が今度はこちらを見もせずに尋ねる。
答えるのも億劫で、無視を決め込んだ。
おい、シカトかよ、と彼が凄むが無視。
そのままパラパラとページを捲ると、後ろの声が少し強くなった。

「なあ、俺の相手しろって!お前だって暇だろうが!」
「一緒にしないで下さい」

訳の分からない主張を、一言で切って捨てる。
大体暇潰しなら、私の部屋でなくても構わないはずだ。
そう尋ねると、彼は首を捻った。
(嗚呼、結局の所私は彼を無視出来ないでいる)

「ミフネはガキの相手しかしねえし、ジジイはムカつくしチェスはルール分かんねえし、ポーカーは飽きたしアラクネの部屋は入れねえし…」

指折り数えて彼が結論づける。

「消去法だな」
「…消去法、ねえ…」

消去法で私の部屋が残るなんて、残念な職場だ。
普通なら消去法で真っ先に消える場所だろうに、と思った。
自分の性格の悪さは、申し訳程度には自覚しているつもりだ。

「まあ良いだろ、別に俺が此処に来た理由なんて」

のそりとまた、彼が身体を起こした。
寝るか座るかどちらかにして欲しい。
忙しない、と呟くと彼はまた嫌な顔をした。

「お前は本当に面倒くせえ性格してんな」
「よく言われます」
言うべきか言うまいか迷うように、
それに、それは随分と前から自覚済みだ。
はあ、と今度は彼の方が大きく溜息を吐いた。
他人にするのは構わないが、自分に向けられると随分と不愉快だ。
そう言葉にする前に、彼が口を開いた。

「あのよ」

彼は言葉を舌で転がす。

「俺は割とお前を気に入ってるし、お前だって俺の事はまんざら嫌いでも無い」

いきなりの言葉に、一瞬だけ思考が止まる。
信号は青で渡れ、そんな当たり前のルールを説明するように、彼ははっきりと言い切った。

「なのに出てけとかそんな馬鹿みてえな事言う必要あるか?」
「…さあ」

多少とはいえ動揺した自分に歯噛みをしたい気分で私は彼の言葉をはぐらかした。

そうだ、彼はいつもこうやって私が目を反らしてきたものを突き付ける。
今更のようにその事に気付いた。
多少暴れられても構わないから、最初に追い出してしまえば良かったのだ。
痛い目を見る前に。
存外と焦りを感じている自分に気付く。
それを紛らすように私は口元を歪めた。

「分かりませんね」

内心の動揺とは裏腹にそう言った声と作り笑いは崩れる事が無くて、それは私にほんの少しだけ落ち着きを与える。

「口説き文句にしては随分とチープだ」

嘲笑と共に吐き捨てると、彼はますます顔をしかめた。

「違えよ」

真っ直ぐにこちらを見て、存外と強い口調で発音する。
その視線と声色に耐え切れずに、私は目を反らした。
自分が彼に引き付けられているのは、私自身が一番よく知っている。
それが一体どういう感情からかは知らないけれど、そんなものは少しも欲しくはなかったのだった。
他人に振り回されて傷付くのも、自分自身のコントロールを失うのもごめんだ。
諦めにも似た気持ちで、私はそう思った。

「…やっぱり分かりませんよ」

わざと軽い口調で、私は彼の視線を押し返そうとした。

分からない。
知らない。
そんな感情も、彼の言う言葉の意味も、彼と、私自身の気持ちも全部。
そんな事を理解出来るほど、私は素直でも聡くも無いのだから。
心の中でそう付け足す。
彼の事は誤魔化せなくても、私自身を誤魔化せれば良い。
目を瞑ってしまえばそれは、もうなかったと同じ事だ。

「…つまんねえな」

目を臥せてぽつりと零したのは、私の事か彼の感じた事か。
それらは然程大きな問題ではなかった。

「なあ、エイボン」

次に続いた言葉と比べれば。
滅多に呼ばない私の名前を、彼は口にした。
…それは正確には、私の名前では無いけれども。

(嗚呼、そうか)

目の前が急に真っ白になったような気がして、目が眩みそうになる。
気付いてみればそれは当たり前の事で、そんな事にすら気付けなかった自分の愚かさがやけに可笑しかった。
くつくつと込み上げて来る笑い声を何とか堪える。
この晴れやかな、けれど深い絶望は一体何と言い表わせば良いのだろう。
あるいはまだ名前なんてものは無いのかもしれなかった。
…私と同じに。

「貴方の言う事は正しかったのに」

口元を歪めて嗤う。
不可解だろう言葉に、彼が眉をひそめた。

「残念ですね、だけど肝心な所で的外れだ」
「…訳分かんねえよ」

そう言った彼の言葉は、私の耳には届かなかった。
私は心の中で言葉を加えた。

(そうだ、この男は)
(私の名前すら知らないのだ)

深く安堵して、私は目を瞑った。
もうきっと彼に煩わされる事は無い。
胸を蝕む不快感は無視をすれば良い。
未だにこちらを睨んでいる彼に少しだけ微笑んで、私は考える事を止めた。

(こんなはずではなかったと)
(心中で喚く声も確かに存在はしたのだけれど)





ゴフェルのいないときに書いた話なのでまだギリノアでした。



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