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狂っていることに気付かない(財前)*


授業中にも関わらず、教室に響く生徒達の雑音。聞き慣れた教師の注意の声。

長い……

特に面白いわけでもない英語の授業、別に英語が苦手な訳ではないが
特別好き好んで覚えようとも思えない、そんな英語の授業。

いつも通りの渇いた光景に半ば鬱陶しげな顔をしつつ、財前光は窓の外を眺めた。

ゆっくりと流れる雲と、ふわりと飛びたつ小鳥達。その光景は、ささくれた財前の心をふんわりと和ませてくれた。

(鳥はええなー、自由に空を飛べて)

なんて、物思いにふけてみる。しかし、そんなことをしてみても時は早く進んでくれるわけも無くて…


今会いたい人はただ一人だった。
もう二度と会うことが出来ないけれど、分かっていても会いたいと願ってしまう、愛しき人。

あの人がこの世を去って2年、もう彼の名を口にする人はずいぶんと少なくなった。
人々の中で、日に日に薄れていく彼の名前と記憶と存在。彼と過ごした一分一秒の思い出。

そんな、他者にとっては些細でちっぽけなものが、財前にとっては生きるための理由だった。

心の支えがなくなって、もともと不安定だった財前の心は完全に壊れてしまった。
財前を守ってくれる人はもう居ない。
彼が死んでから何回自殺を図ったことだろう。何回自分を恨み、傷付けただろう。手首の紅い枷はもうすっかり身に馴染んでしまった。

痛くて辛くて苦しくて、でもそんな苦痛は不思議なことに不安と苦しみを忘れさせてくれる。
意識がだんだん薄れて、頭がじんわり溶けていく…忌まわしい記憶が霞んで消えていく…それが財前にはたまらない快感だった。

しかし―――財前は死ねなかった。いや、死ねないのを分かって自傷行為を図っていたとでも言う方が正しいかもしれない。
意識が完全に飛ぶその瞬間、心の奥からぼんやりと大好きだったあの人の笑顔が浮かんでしまう。自分に優しく微笑み、暖かい胸の中に閉じ込められてしまう。
そうなってしまえば、もう死ぬ気なんてことごとく失せてしまう訳で。

そしてそれと同時に新たに湧き上がる、もうひとつの汚らわしい欲望。

それが…性欲だった。

そして彼は今日も独り、己の欲望を満たすべく行為に励んでいる−−−

「んっ…んんっ…はぁ…ッ…」

締め切られた己の部屋で、愛し人を想い必死で血の流れる右手を動かす。
財前のそれは血と先走りでどろどろに汚れ、今か今かと欲を解放するのを待っているようだった。

「くっ…やだ…もう、ッ…いや、だ…」

財前の目から溢れる悲しみの涙。傷だらけの財前の体はこんなことなんて望んではいなかったのに。

本当に死んでしまいたかった。彼に未練を残し、浅ましく生きる自分が嫌いだった。

「あっ…は、ああッ……」

限界が近い。欲を解放すれば、また罪悪感に蝕まれることは分かっているけれど、
手を止めることはできない。じゅくじゅくという水音と、財前の控えめな喘ぎ声が、小さく部屋に響く。
それがまた、この行為の虚しさを物語っているようにも感じられた。

「あ、くっ…あかん…イくッ…あッ…!」

白濁が財前のそれから吹き上がる。それと同時に頭に理性が戻り急速に冷めていく体。

「ふっ、く…うっ……っ…」

溢れる涙。止まることのない血液。愛しいあの人への思い。

その全てが、財前を壊していく。彼を甘美な幻術にかけて、堕落させる。堕ちた彼は、また自分に新たな枷を刻みつける負の連鎖。

でもそれで良いのだろう。そうやって幻想に囚われて生きていくしか
彼に生きる方法なんて残されていないんだから。


声にならない声で、財前は愛しい名前を呼ぶ。



「       」










さて、久しぶりの交信…もとい、更新。
彼は、自由に好きな人を当てはめてみて下さいな。ちなみにCaは手塚部長だと思ってました

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