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Original Story -short-
笑顔(名前変更有り)



「はぁ………。
やっと終わった……」

伸びをしつつ、会社の壁に掛かっているデジタル時計を見ると[22時57分]になっていた。

私は雑貨などの日用品を取り扱っている仕事をしている。
今回懇意にしている会社から、突然大きな仕事を頼まれてしまい断ることもできず、ここ二週間ほどは定時に帰れた記憶がない。
この仕事だけに集中すればいい、ということであれば話は別だが、そうもいかないため毎日のように残業をしている。

「あ、先輩上がりですか?」

同じように残っていた二人の後輩のうち、一人が声を掛けてきた。

「うん、今日のノルマは終わったからね……。
二人も、もうそろそろ帰りなよ?」

「帰りたいんすけど、あと少しで区切りがいいとこまでいくんですっ」

「その区切りがいい一歩手前で詰まってんだろ」

「そうだけど!
でも、これ終わらせないと家帰っても落ち着かない!」

「………まあ、頑張ってね。
私はもう帰るよ」

「うっす、お気を付けて!」

「お疲れ様でーす」

二人を手伝いたい気持ちはあるが、もうそんな体力は残っていないので、声を掛けながら会社から出る。


(これから帰って23時半……。
お風呂入ったりしてたら、日付変わるなー……。
また通話できない……)

自分には付き合って1年半ほど経つ、2つ下の慧という名の彼氏がいる。
まだ学生の頃、SNSの趣味の関係で知り合ったのだが、他にも話が合い、何度か集団でオフなどをしていく内に好きになり、告白をしてOKをもらったのだ。

知り合って1年、そこから付き合って1年半と、けっこう長い付き合いだ。
付き合い始めてからお互いが住んでる県に行ったり、家にお邪魔したりしている。

そんな彼とは、この二週間はこちらが忙しすぎて、通話はおろかチャットもまともにしていない。
明日は久々の休みだし、短時間でも通話できるかもと思っていたが、深夜に急に言われても迷惑になってしまうだろう。

(仕方ない、今夜も諦めるか……。
精神的にもきてるし、充電したかったんだけどな……)

今請け負っている仕事は、あと一週間もすれば落ち着くだろう。
それからゆっくり話して充電しよう。

そんなことを考えながら車を運転していると、自分の住んでいるアパートに着いた。

(疲れている時こそ、しっかり見ながら運転しなきゃいけないのはわかってるけど、なかなかできないわ……)

眠い頭で思いながら車の鍵を締め、自分の部屋に向かったのだが、角を曲がり前を見ると、部屋の前に誰かが座っていた。

(なんだろう……酔っ払い…?
自分の部屋に辿り着けなくて力尽きた…?
なんにしても、なんで私の部屋の前なのよ!!)

体の大きさ的に男性だ。
女性が誰に助けを求めるでもなく近付くのは危険というのはわかっているが、早く休みたいためお構いなしに大股で近付く。

「すいません、そこ、私の部屋なんですけど、退いてもらいませんか」

弱い声で言うとさらに危ないと思い、できるだけ強い声で言う。
すると、座っている男性がバッと顔を上げ、笑顔で言った。

「あ、おかえり!!
毎日遅くまでお疲れ様っ!」

その人は知ってる人だった。


というか、慧だった。


「…………え?」

「ん?寝ぼけてる?
あ、疲れてるんだよね、ボーッとしてた?
そんな顔でも相変わらず可愛い!」

「………いやいやいやいや!!
なんであんた居るの!?」

「あ、今日ね、俺の学校創立記念日でお休みだったんだ!
だから3連休!!」

「ほんとに?」

「えへへ、っていうのは冗談で、本当は学校終わってから来ましたっ」

彼は立ち上がり、ピシッと敬礼しながら笑顔で答える。

「学校終わってからって……。
ここまで来るのに6時間かかるでしょ!?」

「ちっちっち、文明の力だよ文明の力!
いやー、俺初めて新幹線乗ったけど、すごいねあれ!
すごい速いの!!」

「新幹線って……確かに速いけど、お金はどうしたの!
新幹線は高いじゃん!」

「はいはい、話の続きはまた後!
部屋入ろ?」

この子はいい加減なのかなんなのか、いつもこうやって流す。
流される自分も自分なのだが、なんだかこの子には甘くなってしまう。

「はぁ…わかったわかった。
………その袋は?」

「え、あ、これね、ちょっと早めに着いたからいろいろ買って!
あ、あと、俺の夜食!」

足元にあった袋を見ながら聞くと、彼は説明しながら、ガサガサと袋を後ろに隠す。

(また何か、私の好きなジャンルとは別のジャンルを買ったんだろうな)

と、特に気にすることもなく、鍵を開け部屋に入る。

「最近忙しかったから部屋汚いよ?
それに、何も出せる物ないし……」

「あ、いいよいいよ、気にしないで!
それより、お風呂とか入って来なよ!
簡単に片しとくからさ!」

「そう?ありがと。
あ、慧はお風呂とかどうするの?」

「俺はそこの温泉入ってきたから大丈夫だよ!
気にしないで、入っておいで?」

「ん、わかった」

慧の言葉を聞きながらお風呂に向かう。

よく、彼は本当に年下なのだろうかと思う時がある。
彼は私なんかよりもしっかりしているし、とても優しい。
そして何より、年上の自分をこれでもかというほど甘やかしてくる。
話すときは犬のように元気に話してくれてとても可愛い。
だから可愛がっているつもりなのだが、気付いたらこちらが可愛がられて甘やかされている。
かと思えば、意地悪をされたりからかわれたり、急にかっこよくなったり、といろいろな顔を見せる。
そんな彼に私は振り回せれてばかりで、年上らしさなどほとんどない。
唯一あるとすれば、働いていることぐらいだ。

「はぁ……もっとしっかりしないとなぁ…。
っていうか、なんで来たんだろ、あの子。
約束してたわけでもないし……」

湯船に浸かりながらふと思った。


・・・・・・・・・・・・・・・

「バレなかった、よね……?」

お風呂場からシャワーの音が聞こえるのを確認すると、冷蔵庫を開け買ってきた物を入れる。

約束もしていないのに、急に来たのはちゃんと理由がある。
明日は……もう、ほぼ20分後だが、香の誕生日なのだ。
香はここ二週間忙しくしていたため、きっと忘れている。
なのでサプライズで一番に祝いたかったため、予告もなしに来たのだ。

「早く出てこないかなぁ…」

ポツリと呟きながら部屋を片付ける。
本当に片付ける暇がなかったのだろう。
洗濯はなんとかしたが、畳める程の余裕はない、という様子が部屋に出ている。
(残念なことに)下着はさすがに片付けているようだが。
仕事で使っているだろう書類も、至る所に散らばっている。
久々に見る彼女は少し痩せていて肌荒れも少ししていた。
食べた形跡はあるが、腹を満たすためだけで、ちゃんとした食事はしていないのだろう。
明日はちゃんと栄養のあるものを食べてもらおう。

時計をチラチラと確認しながら、できるだけ見ないように書類を一つに纏め、服を畳む。
できれば、日付が変わった直後に祝いたい。


ガチャッ


「わ、すごい片付いてる。
ごめんね、ありがとー」

香がお風呂から出てきた。
時計を見るとギリギリ5分前。

「おかえり、ちゃんと休めた?」

「うん、おかげ様で」

香は髪の毛を拭きながら、俺の横に座る。
パジャマ姿、見たことなかったけど、可愛い。

「ねぇ、それで、新幹線代いくらしたの?
高かったでしょ?
払わせてよ」

香が顔を近づけながら尋ねてくる。
諦めてなかったか……。

「俺、バイト始めたからお金の心配しなくていいよ。
っていうか、香の方が何回もこっち来てくれてるんだから、たまにはいいの!
いつも言ってるだろー?
無理に年上にならなくていいって。
もっと俺を頼ってよ!」

彼女は会う約束をするたびに「年上だから」「仕事で稼いでいるんだから」と言って、こっちに来てくれたり、俺が行く時になっても交通費を出してくれたりする。
短期バイトや小遣いなどの貯金があるので気にしなくていいって言っているのだが「自分は全然年上っぽくないから、せめてこれくらいは」と言って聞かない。
だから、週に2回か3回だがバイトを始めた。

「でも……っ!」

〜♪

さらに食い下がろうとした香を遮って、音楽が鳴った。
設定しておいたアラームだ。

「え、何…?アラーム?」

「うん、そう。
設定しておいたんだ。
曲、聴いて?」

「う、うん……。
っ!……………これって……」

曲はベタだが、普通のバースデイソングのオルゴールバージョンだ。
この日のためにダウンロードしていた。

歌は得意じゃないが、それに合わせて歌う。

「〜♪
………ということで!
誕生日、おめでとう!」

「え、え??
誕生日…?え?」

彼女は本当に忘れていたようで、目を丸くし、何度も瞬きをしている。

「やっぱり忘れてた!
今日は香の誕生日!」

「そう、だっけ……?」

「そうだよ!
ほら、さっきからスマホすごいブーブー鳴ってる」

きっとリアルの友人やSNSの友人たちからだろう。

「え、もしかして、急に来た理由って、これ…?」

「それ以外に、何があるのさー。
自分の誕生日をこれとか言わないのっ。
はいこれ、誕生日プレゼント!」

言いながらリュックの中から拳2つ分程の大きさの物を出す。

「あ、ありがとう……。
開けていい?」

「どうぞどうぞ!」

答えると、わくわくした顔をしながら包装を綺麗に開けていく。

「っ!!これ!!!
私が欲しいって言ってたやつ!」

中を見た途端、花が咲くような笑顔になり、目がキラキラと輝いていた。

彼女が学生だった頃はどんなだったのか、仕事場でどんな表情なのか、どんな交友関係があるのか、わからないことはたくさんあるが、この表情を見られるのは、彼氏の特権だろう。

普段外出している時は人目を気にしてか、キリッとした表情をしていて(それもまたいいのだが)、二人になった途端にふにゃっと子供のように笑うのが、たまらなく愛しく感じる。
そしてこれは自分だけに向けられているという事実が、とても幸せだ。

「これ、あのイベントでしか買えないやつ!
え、もしかして行ってくれたの?
人混み苦手のはずじゃ……」

今贈った物は、香の好きな絵師さんのグッズだ。
イベントでしか手に入らない物で、SNSで『これ欲しいのに遠くて行けない!!!!』と拡散しながら呟いていたのだ。
確かに人混みは苦手だが、この笑顔が見れるとなれば、頑張るしかないだろう。

「その人の、そのグッズでよかったよね?
中身分からない状態で売られてたから、欲しかったやつじゃなかったごめんね…?」

「そんなことない!!
この人のだったらなんでも嬉しい!!
ありがとう!」

また、笑顔を向けてくれる。
今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるが、とりあえずは我慢……。

「と、あともう一個。
はいこれ!」

今度は手の平サイズの物を取り出し渡す。

「え、まだ出てくるの?
私、これだけでも十分なのに…」

「んー、どちらかというと、こっちがメインかなー。
あ、あと、冷蔵庫にケーキあるから、起きたら食べよーね!」

「ケーキって……あ、さっきの袋?」

「そう!正解!!
そんなことより、早く開けて開けて!」

「わ、わかった」

手が止まっていたので、急かして開けてもらう。
また、あの花のような笑顔を見たい。


チャリ……。


「これ……ネックレス…?」

もう一つのプレゼントはネックレス。
彼女はなんでも似合うが、特に似合いそうな物を選んだつもりだ。

「そう!!
そしてなんと!ペアネックレスです!!」

「っ!!」

失くさないようにと、財布の普段は開けないところから同じデザインのネックレスを取り出し見せる。
彼女は"ペアネックレス"にとても驚いたようで、真ん丸になった目でこちらを見ていた。

「さらにさらに!
中高生が買うようなやつじゃなくて、それなりにちゃんとしたやつですっ!
このデザイン香なら似合うと思って…それに、俺が気に入っちゃってさ、えへへ。
前に、仕事上指輪は失くしそうだし、商品に傷が付きそうで怖いって言ってたからネックレスにしてみたんだけど……どう、かな…?」

最初は自信満々に言っていたのだが、香は下を向き無反応になってしまったので段々心配になってきた。

(もしかして、ちゃんとしたやつとか言っちゃったから『高かったから感謝して』みたいに聞こえたかな…?
単に、壊れにくいし錆びにくいよ!っていう意味のつもりだったんだけど……。
あ、それとも、またお金の心配かな…?
こういう物になると、半分くらいは出させてとか言いそうだし……)

どんどん不安になってきて、表情を伺いたくて、顔を覗き込むと彼女は泣いていた。

「は、え、えぇ!?
な、なんで泣いてるの!?
え、あ、もしかして、デザイン気に入らなかった?
似合うと思ったけど、好みとかあるよね……。
そうじゃなかったらアレルギーとか?
じゃなかったら、もしかしてペアが嫌だった!?
あ、お金のことだったら心配しないでというか気にしないで!?
俺がしたくてしたんだから!!」

何を言っても香は首を横に振り「違う」という意思表示はしてくれるのだが、理由はわからないまま。
自分は、笑顔が見たかっただけなのに…。

「じゃ、じゃあ、なんで…?
え、俺、なんかしたかな…?」

半分くらい涙目になりつつ、また顔を覗き込みながら尋ねる。

「…グスッ……うぅ……っ…。
なんにも、悪いことは、してない…っ。
嬉しいこと、ばっかだ、ばか…!
嬉し泣きだばか、わかれよばかぁ…っ!
ありがとうぅぅ…っ!」

「わわっ!!」

最後は泣きながら抱きついてきて、後ろに倒れてしまった。

「ひっく、うぅ…グスッ……」

「……よしよし、喜んでくれてたならよかった。
そんなに喜んでくれてありがとう」

落ち着かせるために頭を撫でたりポンポンと軽く叩く。

「グスッ………グスッ…」

「ん……落ち着いた?」

「ん…ごめん……」

5分程続け、落ち着いてきたようだったので声を掛けると、顔は上げてくれないためくぐもった返事が来る。

「大丈夫大丈夫。
泣くほど嬉しかったんならよかった。
そろそろ起きて、顔見せて?」

「やだ」

「なんで?」

「今絶対酷い顔だから」

「いいから。
はい、よいしょっと」

「わ、ちょ、何するの!」

無理矢理起き上がり、顔を見る。

「あはは、せっかくお風呂入ったのに顔ベタベタになってる。
目ー真っ赤だし。
後でちゃんと顔洗ったりしないと、瞼腫れちゃうね」

「誰のせいだと思ってるんだよばか…」

「はいはい、恥ずかしくなるとばかって言う癖直そうねー?
俺にはいいけどさ」

チュッ

涙を拭いながら額にキスをする。

「な、な……っ!」

「相変わらずこういうの慣れないね〜。
顔真っ赤だよ」

「う、うるさいっ!!」

こういうことは慣れてないようで、すぐ顔が赤くなって可愛い。

「あはは、ごめんごめん。
ね、久々に会ったんだから、キスしたいなー?」

「う……え、えっと…」

「ね?お願い」

下から覗き込み、尋ねる。
香がこういうのに弱く、甘いことはずっと前から知っている。

「〜っ!
わかったから!ん!」

目を瞑り、顔を上げる。
香からして欲しい、という意味で言ったつもりだが、今の状態ではこれが限界か。

「よしよし、いい子だね」

頭を撫でながら、軽く唇を合わせる。

「ん……誕生日おめでとうね!」

「うん、ありがとうっ」

恥ずかしがりながらも、笑顔を向けてくれる。


自分はこの時間が大好きで、幸せだ。


この笑顔を守りたいし、自分の力で笑顔にしたい。

距離があっても自分が彼女から離れない理由はこんなにも簡単で、とても大切だ。




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