創作(長編) 5 脱出 軟禁状態とはいえ、ある程度自由はきく。少なくとも小野家の厳重な警備ではさすかに出ることも出来ない。しかし、入ることも出来ない、はずだった。 「ジロジロ見るな」 真那賀が羞恥に顔を伏せた。 「だ、だって…!っはは!」 厘は耐え切れずお腹を抱えている。 「だから!静かにしろ!」 「ごめん。…だってさ、いくら侵入するとはいえその女の恰好って」 なんとか笑いを押さえると真那賀を指差す。髪をおろし、化粧を施し、小袖を着たその姿。声さえ出さなければどこからどうみても女。 真那賀は大きくため息をついた。 「こんな厳重な警戒体制なんだ。おまえ助けるために男のなりじゃうまく侵入できやしない」 「…助けに来てくれたの?」 真那賀が呆れたようにみた。 「じゃなかったら来ないだろ…」 「ありがと」 厘はにやける顔をなんとか隠した。まさか真那賀が助けにきてくれるとは思わなかった。胸が熱くなる。 「ともかく今は逃げることを考えよう」 「うん」 二人は厘の部屋で静かに密談を始めた。 作戦が翌日に迫る夕方、厘が部屋でうたた寝をしていたときだった。戸を叩く音がした。 「誰?」 「戒です」 いつもならば戸を叩くなり我が物顔で入ってくるのだが、今日はどこかおこがましい。 「どうしたの?急に改まっちゃって」 「小野様がお呼びです。すぐに支度を」 こちらに来てから一度も会ってない小野家当主。 厘は着替えながら若干気が引き締まる。水沼家にとってもおそらくこれが勝負なんじゃないかと感じた。 そして厘自身にとっても。 着物の袖が擦れる。冷たい袂が肌に凍みる。 足袋独特の柔らかい足の感触。音が立たない廊下。 そのすべてが厘につき纏う。 [前へ] [戻る] |