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創作(長編)
4 捜査
「野党が夜の京を徘徊している」
 最近の京はこの話題で持ちきりだ。当然水沼家の屋敷もその例外ではない。
「この間は清水の方を荒らしていたそうよ」と中央の階隠(はしがくし)の間から女房が言えれば、
「ねぇ、昨日聞いたのだけど、野党って本当は男前なんだって!」という下仕え(しもづかえ)の女の黄色い声が聞こえる始末。
 もともと噂好きの女たちであるから、朝から晩まで休みの間はそれだけで話が終わってしまう。

 一方、そんな女たちのいる中、厘は屋敷の裏口の見える廊下を掃除していた。あまり噂好きではないため、話に付き合うことはあるが、自ら進んで話に入ろうとはしないのだ。

 木張りの廊下は水が染み込んでいる。何かを考えて雑巾を掛けていたらすぐにでも転んでしまいそうだ。ひんやりした木の温度が足に伝わる。

(それにしても本当に物騒…)
 噂が好きではないとはいえ、気になりはする。以前から少しはそういう噂はあったが、ここまで大きくはならなかったのだ。

 などと考えていたところ、右足が滑り廊下に顔を打ち付けた。
「いっ…たぁ……!」
 強く打ち付けた鼻を撫でた。考え事をするとすぐこれだ。
 厘がもう一度雑巾に手を伸ばしたとき、裏門から音が聞こえた。そちらをみると何か人影が見える。
 小袖に漆黒の長髪を下でまとめた女のような後ろ姿。
(だけど、この屋敷に仕えている人達の中にこんな綺麗な黒髪をした人はいたっけ…?

まさか間者の類!?)

 水沼家はとても位の高い家柄だ。間者の1人や2人忍び込んでいてもおかしくはない。

「いずれにしても、こんな時間に出ていくなんて怪しすぎるもの。後をつけて正体突き止めよう」
 廊下に雑巾をほおって、女の後をついていった。


 女の歩幅は狭い。厘が半々刻で行けるようなところを半刻近くで歩いている。物陰から様子を見ていたが、あまりの遅さに退屈しだした。
 もう都の外れに差し掛かっている。
(やっぱり間者の類かな)
 そう思っていたとき女が足を止めた。その場から何かを見上げている。
 厘も女にならって見上げた。


 桜の木が立っていた。



 それは美しくはかなくそれでいて優しい。小さいながら土にしっかりと根をはり、必死で生きようとする生命力があった。


 厘は物陰に潜むのも忘れてその木に見入っていた。が、我に返って女の方を見れば、こちらを振り返ろうとしているではないか。
(いや!振り返んないで!)
 と、思ったときには遅かった。厘の願いも虚しく女は完全に振り返り、こちらを見ている。
(こ、殺される!………って)

「厘!?なんでこんなところに!」
「な、なぎさま!?」

 葱は目を丸くしている。対する厘はほっとした。が、肝心なことに気がついた。
「葱様!こんなところにいては危険です!今京がどんな状況かごぞんじならこのような無茶を起こさないでください。」と慌てていった。
「知っているわ」
 そうて哀しげに笑う葱をみて厘は胸が苦しくなる。 葱とは貴族の娘と下仕えという関係であるから、あまり話したことはなかったからでもあるが、このような顔をする葱は見たことがなかった。
 以前から葱の想い人の話は密かに屋敷で噂になっていた。厘も少しは聞いていたが、あまり詳しく聞かなかったことをこの時ばかりは悔いた。
「と、とにかくこれからはお一人で外出はしないでくださいね?」となるべく明るくいう。
「えぇ。なら明日からはあなたも一緒にね。」
「そういうことなら。……って、えぇ!?」
 葱は帰り道を歩きだす。
 とんでもない約束をしてしまった厘は自分の発言に呆然とした。そして急いで葱を追い掛ける。

 廊下にある雑巾に葱の乳母が気がついたのにまだ知らない厘であった。

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あきゅろす。
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