夢小説(その他)
女郎蜘蛛(ZONE-00)
※オリジナルキャラのお話です。キャラとの恋愛は薄いです。
『愛してる』
なんて言葉は、生きてる相手に言うもんだ。
月狼(フェンリル)の言葉に、女郎蜘蛛は小さく笑った。
彼女が愛を囁く相手は、すでにこの世にはいない。
しかし、彼が残した鎖は何時までもアサヒを捕らえたまま…。
500年…
長いこの時を縛り付けた男を殺せたならば…この気持ちも晴れる事だろう。
彼が存在していたならば…。
何が悪かったか…と問われたなら、まず時代が悪かった、と答える。
時代が違えば、あの話しの結末も少しは変わっていたかも知れない。
本当に?
そう重ねて問われたなら、正直に答えよう。
『否』…と。
何が悪かったのか…
それは…
生まれた場所は、薄暗い牢獄の中。
生を求め外界に這い出した時…すでに母親である女は死に絶えていた。
長い黒髪を薄汚い牢屋で舞い散らせた女の顔は、もう覚えていない。
父親に至っては、人であったのか、魔物(モノノケ)であったのか…それすら判断がつかない。
ただ幼い頭で理解できた事は、父親は母の腹に収まっているだろう。という事だけ。
月光の光が細く差し込む牢獄に動くものは、他になく。
子供の姿で生まれ落ちた自分を拒絶しているようだった。
女郎蜘蛛の成長は早い。
生まれ落ちて一週間もしない内に年頃の娘と変わらない姿となる。
それは、生まれたばかりの女郎蜘蛛が最初にする事が母から逃げる事だからだ。
彼女たちの間に所謂、親子愛というものはない。
生まれ落ちた瞬間、母にとって子は餌で、子にとって母は捕食者なのだ。
それは彼女たちの性質上、子を成すことが容易な為に起こる選別…より強い子を残す為の本能に過ぎない。
それ故、彼女たちは愛情を求めて食らうのだ。
与えられなかった温もりを求めるかのように…。
そんな生き物として生まれた少女にとって母の死は、特別感傷に浸るような出来事ではなかった。
むしろ、この狭い牢獄で生まれた事を考えるならそれは幸運な出来事であったと言えるかも知れない。
枷で拘束された身体は、紅に汚れ…背徳めいた美しさを保っている。
これでは、まるで…
引き裂かれた身体を見つめる少女の黒い瞳には感情らしい色は浮かんでいなかった。
腹の子を守ろうとしたのか?
枷を己の血で染め上げた母に問いたくともすでに息絶えている口からは答えは出てきそうにない。
凍りついたような静かな時が流れる。
一刻或いは一日にも感じるような、長いとも短いとも判断がつかなくなる静けさを破ったのは、歓喜の声だ。
大柄な男は、こちらを見るなり目を輝かせ…まるで品定めをするかのように頭の先からつま先まで舐めるような視線を送り笑った。
ガチリと噛まされた轡と枷…自分がこれからどうなるのか、少女には薄々分かっていた。
美しい着物を着せ、黒い髪に櫛を通しながら男は饒舌に笑う。
「…お前の母が子を孕み、自害した時には焦ったものだったが…どうやら儂は運が良いらしい。」
こうなる事を理解して、母は逃げようとしたのか…女は、ぼんやりとそんな事を考えた。
「ふむ、よう似合う。」
男は笑う。
魔物(モノノケ)を抱くのか?人間とは随分、酔狂な生き物だな。
その言葉は、音になる事はない。
ここまでして、女郎蜘蛛を抱きたいと思う人間がいる事に驚きながら女はぼんやりと外を見つめた。
嬌声の響き渡る花街
餌には不足しそうにないが…これでは食らう事ができぬ。
女は、それ以上の感想を抱かなかった。
それから、どれほどの月日が経ったのか…時間の概念が薄い女には分からなかった。
ただ、毎日この部屋を訪れる主の姿がさほど変わらぬ事から、大した日数ではないだろうと…その程度の判断しかできない。
連日連夜、美しい女を抱こうと列をなした男は目に見えて減り、いつしか女のもとへ足を運ぶ者はいなくなった。
それもそのはず。
美しい顔立ちを持ちながら微笑すら浮かべぬ愛想のない女に可愛げなどない。
女郎蜘蛛にどうにか客の相手をさせようと…店主は轡を外すようになったが、相変わらず女は微笑一つ浮かべようとはしなかった。
そんな日が長く続けば、気の短い店主は苛立つ。
目玉となるハズの商品が使い物にならないのだ。
当然といえば…当然の反応だろう。
笑わずとも反応一つ返せば良いのだ。
仮面のように表情一つ変えぬとは…
店主の苛立ちは募る。
そこで、はたと店主は思った。
反応一つ返せば…?
自身の頭に浮かんだ考えに店主は笑みを殺す事が出来なかった。
「気分はどうじゃ?」
声をかけられた女は、ゆっくりと振り返り…びくりと身を竦ませたようだった。
じりじりと近づく店主の手に握られたモノに怯えるばかりだ。「よしよし、いい子だ。」
「い、や…」
微かにこぼれた声は、鈴の音のような澄んだ響き。
「こんなモノが恐ろしいのか?」
初めてみる表情に男が笑みを深めた。
高い金を出したかいがある。
枷のせいで逃げることも出来ない女の陶磁器めいた肌に、握った札を滑らせれば…
「…っ!」
黒曜石のような黒い瞳に涙を溜めぎりりと唇を噛みしめる。
苦痛を耐えるその仕草は、加虐心を煽るには十分すぎるモノだった。
女郎蜘蛛のもとに客が戻るまで時間はかからなかった。
魔物である彼女は、この程度では死なないし…傷もすぐに治る。
仮面めいたその顔に恐怖や苦痛を与える事は魔物を恐れる人間にとって、これ以上ないほど…楽しい遊びの一つとなった。
何度与えられても慣れる事のない苦痛は、女にとって地獄以外の何物でもない。
女に許された事は、苦痛を与える人間に縋り少しでも苦しみを減らす事だけだ。
いっそ、死ぬ事が出来たなら…
何度それを願った事だろう。
己の死を乞うた事もある。
しかし、それは相手を煽ったに過ぎず苦痛は長引くばかりだった。
次第に衰弱していく身体
しかし、死ぬ事は許されない。地獄ですら、ここよりマシなのではないか?
女は毎日、そんな事を考えた。
朝と夜の区別もつかなくなった頃、店主に連れられ女のもとへ来た男は…花街を歩くにしては随分と浮いた出で立ちをしていた。
「…ご覧の有り様で…」
店主の言葉を聞く男は、唖然としたような表情のまま凍っていた。
カタリと扉の閉まる音…
静かな室内で女は思った。
あたしが生まれた日…あの時見た母親とあたしは同じ姿をしているのだろうか…と。
ゆるゆると視線をあげれば、男の黒い瞳と目があう。
今まで見た人間とは違う空気。
それは彼の瞳に飢えた獣のような光がないせいかも知れない。
「…そなた、名はなんと言う?」
男がポツリと呟いた。
「名前…?」
そんなモノ、あるわけがない。
誰かに名前を与えられた記憶もない女はその問いに対する答えを持たなかった。
「名前などない」
答える必要などなかった。
それでも答えてしまったのは…この男が纏う優しげな空気のせいだろうか。
「そうか…」
男は少し考え込む仕草のあと笑う。
「我はサクヤという。名は売れておらんが、陰陽師を生業としておる。」
「陰陽師…」
「そなたの不調を治すように言われてきたのだが…退治の術は学べど、治療などさっぱり分からん、不安ではあったが何の事はない。無理をさせておるだけのようだな。」
のんびりとした口調で呟くサクヤに女は、小さな声を出した。
「…ねぇ、あたしを殺してくれない?」
女の願いを聞く事はサクヤにとって容易い事。
理由など幾らでも作れる。
「…死にたいのか?」
「わからない。けどあなたに情けがあるのなら、殺して欲しい。」
「…我にも情けは、あるがそなたを殺したところで我には何の特もない。言い訳を考えるのも面倒だ。」
躊躇いのないサクヤの回答。
しかしその顔には悪意も何もない。
「…人間に期待したあたしが馬鹿だったわ」
「ほう、一つ賢くなって良かったではないか。」
はははは、と明るく笑うサクヤの声は不思議と不愉快ではなく、むしろそのハッキリとした物言いが心地よいと感じるほどであった。
「…何をしておる?口を開かねば食事はできぬぞ。」
「あたしは、そんなモノ食べない。」
綺麗な器によそわれた白い物に眉を寄せればサクヤは、呆れたような顔をした。
「病人の食事は、粥と決まっておるのだ。」
「それは、あんた達の話でしょう?早く回復して欲しいならあんたが食事になりなさいよ!」
「…む、1日休んだだけで大分元気になったようだな。しかし、こういう時ほどしっかり滋養をつけねばならん。心配せずとも毒など入っておらぬ」
「…あんた、あたしの話聞いてないでしょ?」
「騙されたと思って食うてみるが良いぞ。」
呆れたようにため息をつき女は答えた。
「枷を外せば食べてあげるわ。」
「む、良かろう。その言葉、忘れるでないぞ。」
どうせそんな事出来ないだろう。
そんな気持ちで呟いた言葉を快諾され、女は驚いたような顔をした。
カチャカチャと枷の外される音がし、手足が自由になる。
それは久しく忘れていた感覚だった。
「外したぞ。今度はそなたが約束を果たす番だ。」
差し出された器に目をやり女は獰猛な笑みを浮かべる。
「人間ってやっぱり馬鹿だわ…。死になさい」
鋭く伸びた爪を翳した女にサクヤは困ったように笑い身を翻した。
パァンッという鋭い音ともに女の身体が床に伏す。
「我も陰陽師の端くれ故、みすみす魔物を逃がしたりはせぬよ。さあ、約束通り粥を食え。」
ぱらりと女の背を打った扇を開きサクヤは笑った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
続
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