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夢小説(その他)
スカボローフェア (おそ松さん カラ松)


ぐす・・・・と思わず鼻をすすり、浮かんだ涙を手の甲で拭いとる。

燃えるような夕暮れは色を失い、今は深い深い悲しみを表すような濃紺の空がゆっくりと黒へと色を変えつつあった。

空の色とは対照的に輝きだした街の明かりは、白々しいくらいに華やかで余計に自身の惨めさを演出してくるようだ。

別にどこに行きようがあるわけでもない。

まして、こんな風に街中を彷徨ったところで、声をかけてくる相手もいない。

誰かが探しに来てくれるわけでもない。

腰を下ろしたベンチは冷たく余計に泣けてきそうだった。

重たい影がくっきりと薄暗い世界の中で浮かび上がる。

なんで、オレだけ・・・・

そんな言葉がふわりと浮かび上がった。

別に人一倍誰かに優しくされたいなんて思ってない。

ただ人並みに愛情を向けて欲しいと願うのは、そんなに贅沢な事だろうか。

惨めだ。

その言葉だけが自身の胸中に雨のように降りそそいだ。

どうせ帰ったところで、誰一人心配してくれるわけでもないのに・・・・

行き場のない自分は、こうして惨めな気持ちを抱えたまま家のドアを開けるのだろう。

ぐすっともう一度鼻を鳴らし、ぐしぐしと目元をこすれば

「カラ松じゃんか、何してんの?」

と眠たそうな声が耳に届いた。

声の主へと視線を向ければ、コンビニの袋を下げたスーツ姿の女性が立っている。

「アサヒ、」

「ん、」

行儀の悪い事にその右手には囓りかけのパンが握られている。

「お前、行儀悪いぞ。」

「んー・・・・・知ってる。」

もそもそと口を動かしてから応える辺り、反省などしていなさそうだ。

「でも早いとこお腹に何か入れて、さっさと寝たい。」

くっきりと目の下に残ったクマが彼女の仕事の壮絶さを語っているようだ。

ぽすっと隣に座り込み、アサヒはガサガサとコンビニの袋を漁った。

「パン、食べる?」

「お前の晩飯だろ?」

「まぁ、そうだけど・・・・・別にいいよ。」

半分寝ているような声で答えてから、差し出されたのはまぁるいメロンパンだ。

「甘い物は脳の栄養になるのさぁ」

そんなことを良いながら、手に持っていたパンをかじる作業に戻る。

死んだ魚のような目をしたまま、薄暗い公園のベンチでパンをかじる彼女の姿は、正直言って異様で、何よりみすぼらしい。

「お前、見かける度にみすぼらしい感じになっていくな。」

思わずそう呟けば、彼女の目がこちらを向いた。

「あー・・・・・・うん、そうね。」

怒るわけでもなく、彼女はこちらの言葉にそう同意してからゴソゴソと袋をまた漁った。

「ほら、これもあげよう。」

差し出されたのは一本の野菜ジュース。

一応、コレで野菜を取った気分を味わいつつ寝てしまうつもりなんだろう。

「お前、ちゃんと食べてるのか?」

思わずそう問えば、「今、食べてる。」と寝ぼけたような答えが返ってきた。

ブチッと乱暴な仕草でストローをもぎ取る辺り、もう色々と限界に近づいているらしい。

ズーっと野菜ジュースを啜る彼女の姿に、学生時代はそれなりに可愛いかったのになぁ、と彼女が聞いたら怒りそうな事を考えれば彼女の目がこちらを向いた。

「んで、何かあったの?」

「・・・・・・・・・・・・・・何もないさ。」

「そう。」

こちらの答えにそれ以上の追求はせずに、アサヒはずずっと改めてジュースを啜った。

かじりついたメロンパンは、甘く空腹の胃にじわじわとしみこんでくるようだ。

ぽたっと思わず零れた涙が地面に落ちる。

彼女の目がちらりとそれを見つけたように動いたが、彼女の口は何も語らなかった。

ぐすぐすと泣きながらメロンパンを囓る自分は彼女の目にどんな風に映っているのだろう。

それは酷く情けなくて、滑稽な様に違いない。

真っ暗な公園の弱々しい街灯の下で、二人並んでパンを囓る姿なんて、年齢が年齢なら家出と勘違いされてしまいそうだ。

いや、いまの年齢でも職務質問くらいされてしまうかも知れない。

「あー・・・・・・・・」

静かな空間でアサヒが静かな声を出した。

学生時代同じ演劇部に所属していた為か、彼女の声は比較的よく通る。

「・・・・・・・・・・・・・・・眠い。」

ふわぁああと大きなあくびをして、アサヒはごしっと目をこすった。

その動作が妙に演技がかって見えるのは、自分が気にしているせいだろうか。

「さてと、じゃあ私は帰るわ。カラ松はどうすんの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぐしゃっと手の中のパンの袋を握りしめ、沈黙を保てばアサヒはもう一つ大きなあくびをして、

「帰りたくないならうち来る?」

と眠たげな声で呟いた。






「まぁ、狭くて汚いところで申し訳ないけど、どうぞ。」

アサヒの声は、相変わらず眠たげだ。

パチッっとスイッチで灯された明かりに照らされた室内は、実に殺風景だった。

女性の部屋というものに入った経験など幼なじみのトト子ちゃんの部屋くらいしかないわけだが、それにしても・・・・

「物がないな。」

思わずそう呟くと、アサヒは乾いた声で笑った。

「昔は色々あったんだけど・・・・忙殺されるに従って無くなったのさ。」

生活するために必要な物だけが詰め込まれた部屋は、正直無機質な空間に見える。

「ってかさ、今更聞くけど・・・・そんだけ荷物持って、何?家出中なの?」

手に提げた鞄をちらりと横見で見て、アサヒはそう尋ねる。

その荷物が、ただのお出かけ用でないことは、サイズを見れば誰にでも分かる。

「家出・・・・ではないな。ただ、家にいたくなくて・・・・」

「そういうのを家出っていうんじゃないの?」

アサヒはのんびりとした調子でそう答えると、「まぁ、いいや」とどうでも良さそうに会話を打ち切った。

「あ、何か食べる?パンだけじゃ物足りないでしょ。まぁ、といってもラーメンくらいしかないけど・・・・・あぁ、一応、うどんとパスタもあるか・・・。」

「いや、大丈夫だ。」

「そう、まぁ、お腹すいたら適当に何か食べて良いよ。キッチンにあるものは食べちゃって構わないし。」

こちらが、学生時代からの友人だという安心感もあるのだろうが彼女の言動はどうにも異性を部屋に招き入れた危機感というものがない気がする。

無論、何か良からぬ事をするつもりなど毛頭ないわけだが・・・・。

「お風呂・・・といってもシャワーだけど、先にどうぞ。」

すっと指先で浴室を指差し、アサヒは少し眠たそうに目をこすった。

その仕草が、誰かに似ている気がするのは・・・・多分気のせいだ。

「寝床は・・・・そうだなぁ、とりあえず私のベッド使って良いよ。」

「家主を差し置いてそんなこと出来るわけないだろ。」

思わずそう反論すれば、アサヒは「んー・・・」と考えるように間延びした声を出してから、

「じゃあ、このソファ使っていいけど・・・・狭いよ。大丈夫?」

と首を傾げた。

こういう所は、本当に学生時代から変わらない。

昔っから、人の事ばかり気にしてどちらかというと損をするタイプだったと記憶している。

「大丈夫だ。泊めて貰うだけでも有り難い。」

こちらの回答に満足したのか、或いは言うだけ無駄だと判断したのかそれ以上の会話はなかった。







見慣れない天井と何時もと違う空気。

疲れているはずなのに、妙に寝付けないのはある種の緊張の為だろうか。

狭いソファの上で体を小さくしたまま考える。

兄弟達は帰らない自分のことを心配しているだろうか?

そう考えて・・・・その考えをすぐに否定した。

するわけがない。

そもそも、心配されていたら・・・・ここにはいない。

どうせ誰もオレのことなんて気にもとめていないだろう。

精々、いないおかげで夕食のおかずが増えたくらいの認識しかないはずだ。

そこまで考えれば、惨めさに拍車がかかった。

何時もは五月蠅いくらいの鼾と寝息が聞こえる中眠りにつくせいで・・・・耳が痛くなりそうなくらいの静寂は、余計にこちらの不安を煽る。

扉を隔てた彼女に見えるわけもないのに、思わず背を向けてぎゅっと目を閉じた。

じんわりと目元に浮かんだ熱だけが妙に生々しい。

本当に惨めだ。

5人も兄弟がいるのに、どうしてこんなにひとりぼっちなんだろう。

誰か一人くらい手を差し伸べてくれてもいいんじゃないか。

そんな誰にも言えない不満が浮かぶ。

誰か一人でも手を握ってくれたなら、誰か一人でもその眼差しを向けてくれたなら・・・

きっとここまでの孤独を知ることなんてなかったはずだ。

「静寂と孤独・・・」

言い慣れた言葉をそっと口の中で呟く。

あまりに弱々しいその声は、とても無様で格好良さなんて全くない。

ぎゅっと頭まで薄い毛布の中に包み込んで、鼻をすする。

あぁ、本当にカッコ悪い。

全然らしくない。

憧れているあの人とは比べものにもならない。







どのくらいそうしていたんだろう。

暗闇の中では時間の感覚すら分からないが、まだ動き出すには早い時間であることはカーテンの隙間から覗く空の色で判断がつく。

5時くらいか・・・・、いつもの自分にしてはあまりに早起きだ。

寝たという感覚がない割には思いの外、体の疲れはない。

少しばかり深く眠った時間もあったんだろうとどうでもいい考察をする。

起きていても考えるのは、嫌な事ばかりだ。

散々昨日、自分の惨めさに涙したというのに、また泣き出したくなる辺り救いようがない。

はぁ、と細くため息を漏らせばガタリと部屋の奥で何かが動く気配がした。

何かが・・・・という表現は的確ではない。

それが誰なのか、自分には分かっている。

アサヒか・・・。

こんなに早く起きるのか・・・。

日頃の自分とは正反対の生活に思わず感心する。

ガチャリと鍵の開く音がして、ドアがゆっくりと開く。

狭い1DKの部屋では、どんなに静かにしていても彼女の動きは音としてこちらに伝わる。

ゆっくりと歩く音、ドアの開く音、

洗面台の水の音。

そのどれもが、眠っているであろう自分への配慮に満ちていて息苦しいくらいだ。

キッチンに小さい明かりが灯る。

お米を研ぐ音、冷蔵庫の開閉音

ゆったりとした音のリズムが、妙に心地よい。

安心する、少しばかりまぶたが重くなった。

ゆっくりと目を閉じ心地よい音色に耳を傾ける。

物音に混じって細く小さい歌声が子守歌のように耳に届いた。





トントンと肩を叩かれた事で目が覚めた。

いつの間にか深い眠りの底に落ちてしまっていたらしい。

「おはよ、ご飯出来てるけど食べる?」

静かな声がそう問いかけた。

「ん・・・・」

頭の半分がまだ眠っているようなそんな感覚のまま、こくりと頷く。

「まぁ、大したものじゃないけどね。」

そう前置きをしてから、アサヒは笑った。

いつもとは違う味付けの食事に、ありがたさと申し訳なさを感じる。

「何から何まで迷惑をかけて・・・」

思わずそんな言葉が零れれば、アサヒは不思議そうに首を傾けた。

「ん、別に迷惑だとか考えてないよ。好きなだけいたらいいさ。」

その言葉についつい甘えてしまいたくなる。

無言で答えたこちらに何を思ったのか・・・アサヒは、んー・・・と考えるように間延びした声を出してから続けた。

「何があったのか知らないし、言うつもりがないなら聞く気もないよ。まぁ、聞いてほしければ話くらいはいくらでも聞くけどね。」

そういえば昔もこうやって、本当に苦しいときに声をかけてくれたな、とそんなことを思い出した。

「さてと、私は仕事に行くから・・・・まぁ、食べ終わったら食器は流しに置いといて。えーっと、鍵は一応置いて行くから好きにしていいよ。」

がちゃりと机の端にスペアキーを置いたアサヒに思わず

「不用心だな、オレが何か悪いことをしないとも限らないのに。」

そんな言葉が零れた。

アサヒはその言葉に

「そういうのを信頼してるっていうんじゃないの?」とあっけらかんと笑ってみせた。







ぼんやりとソファに腰をかけたまま考える。

アサヒはあぁ、言ってくれたが・・・いつまでも厄介になるわけにはいかない。

とはいえ・・・・・

「帰りたく、ないな」

誰もいない部屋の中で素直な気持ちがこぼれ落ちる。

正直、今更だとも思う。

世の中にはそれぞれ役割というものがあって、きっと自分は兄弟の中で粗雑に扱われる立ち位置なんだろう。

それでも昔はもっと・・・・・

そこまで考えて首を振る。

過去を振り返ったところで、何の意味もない。

何の慰めにもならない。

むしろ自分が惨めになるだけだ。

静かな部屋の中で考える。

テレビを見る気持ちにもなれず、かといって外に出る気持ちにもなれず、はぁと深いため息をこぼした。

こんな時、いつもどうやって気分を切り替えていたんだっけ?

頭を空っぽに出来たら楽に違いないのに、それが思うようにうまく出来ない。

ぼふっと頭をソファに押しつけて、ぐるりと部屋の中を見渡す。

自室と違い物の少ない部屋。

まぁ、広さも一人暮らしに最適なくらいだから物は少ない方がいいのかも知れない。

『忙殺されるに従って無くなった・・・』

ふと彼女の言葉が脳裏をよぎる。

それは少しさみしいことのような気がした。

あいつの趣味って何だったっけ?

学生時代の彼女を思い出す。

同じ演劇部で、よく笑う子だったと思う。

彼女との会話はいつも演劇のことばかりで・・・・あぁ、動物は好きみたいだったな。

よく裏庭で猫を撫でているのを見たっけ。

一松と一緒に・・・・・

チョロ松と本の貸し借りもしていたから、読書も好きだったんだろう。

そこまで考えてまた頭を振る。

兄弟から離れたくてここにいるのに、最終的に行き着く場所が兄弟のことなんてまるで堂々巡りだ。

はぁ、とため息をこぼす。

ごろりと身をソファに倒し、低くなった視界で部屋を見渡す。

そこで視界にあるものが飛び込んできた。

冊子だ。

本というには、あまりに簡素で・・・・でも見覚えがあるもの。

身を起こし、その一冊を手に取る。

本のタイトルは『白雪姫』

中を開くと上質とは言えない紙のあちこちに、書き込みが見えた。

「アサヒらしいな。」

思わずそんな感想がこぼれた。

彼女の役は・・・・あぁ、そうだ、魔女の役だったな。

大きな鏡の前で、あの良く通る声が『鏡よ、鏡』と問いかける姿を思い出す。

丁寧に並んだ台本は、どれもこれも懐かしくて・・・自然と笑みが浮かんだ。

ロミオとジュリエット
シンデレラ
赤ずきん

有名な作品に混じって、何度もタイトルが書き換えられた台本もある。

これは、演劇部のオリジナルだ。

有名どころの作品をミックスしたようなストーリーもあったし、何が元なのか分らないような物語もあった。

台本の一冊一冊に、様々な思い出が詰まっていてまるで宝箱でも開けているような気分になる。

一つ一つを手に取りながら、こんなこともあったなと思い出す作業は憂鬱な頭の中を空にしてくれるようで夢中になった。

棚に収められた台本の半分ほどに目を通したところで、ふと思う。

こうやって見返してみると、脇役だったり主役を貰ったりした自分と異なり、アサヒの役どころはなんとなくパターン化しているような気がする。

元々、率先して主役をやりたがるようなタイプではなかったが・・・・

白雪姫では魔女

シンデレラでは意地悪な姉

オズの魔法使いでは西の悪い魔女

ヘンゼルとグレーテルでも魔女だし、眠り姫でも意地悪な魔女の役だ。

たまに違う役があるかと思えば、それも大概・・・

赤ずきんのオオカミだったり、アリスの赤の女王だったり・・・といった様子だ。

見事に悪役ばかりのような気がする。

本人が嫌がっていた記憶は無いが、どちらかというと単純に他の者がやりたがらない役を率先して演じていた記憶がある。

あぁ、でも一度何かの役をやりたいとじぐ蔵ともめたこともあったなと思い出す。

まぁ、トド松に言われるがままに鳥の糞を仕込んだ自分が言うことではないだろうが・・・。

そこまで考えまた兄弟に行き着いたことで、思わずパンと台本を閉じた。

引き出した台本を棚に戻しながら、目についた別の台本を引き出す。

タイトルも何も書かれていない台本だった。

ぺらりと台本をめくると配役の一覧に手書きで書かれたアサヒの名前だけがあった。

その上には???という記号としかとれない役名。

これ、どんな話だったっけ・・・・?

演じた記憶がない。

彼女とはずっと同じ部活だったのだから、演じていないなんてことあるはずがないのだが・・・。

不思議に思いつつ台本に目を通す。





主人公は旅人だ。

旅人は様々な国を巡る。

時には剣士のように戦い、時には教師のように誰かを導きながら進む。

場面が転換し、旅人が森の中を歩く描写に切り替わった。

そこでようやく???が登場する。

『やあ、旅人さん。この道を行くということは、スカボローの市に行くんだろう?』

『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』と旅人が答える。

『ならば、言づてをお願いしたい。そこにいる者はかつて私の真実の恋人だったんだ。彼女に私の為に亜麻布のシャツを作るよう伝えて欲しい。』

『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』と旅人が答える。

『縫い目も細かい針仕事もなしに。そうすれば再び、真の愛を捧げることが出来るだろう』






「・・・・・・・・よく分らない話だな。」

???の登場シーンはとても短い。

その上、何だか台詞がとても分りにくい。

無理難題ばかりだ。

縫い目も針仕事もなしにシャツを作れってことは、最初からシャツの形に織れってことだ。

それだけでも意味が分らないのに、無理な要求は続く。

シャツを水がわき出ることも、雨の滴が振り込むこともない乾いた井戸で洗わせて、だの

波打ち際と砂浜の間に1エーカーの土地を見つけろだの・・・・

1エーカーって1200坪くらいの土地だろ。

そんなもの存在するわけがない。

それに対する旅人の言葉はいつも同じ。

『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』

もはや会話として成立すらしていない。

そんなことは無理だ、と伝える訳でもなく・・・別の提案をするわけでもない。

そもそも旅人は、市にいるという恋人に言づてをするという約束すらしてくれない上に、この???は、恋人がどんな女性であるか、を教えるわけでもない。

しかも最後の問答は、

『親愛なる人、どうか私に人の求めるどんな道より長いものを与えてくれないか?私の元へ来て私の手を取って欲しい。さすれば貴方の進むべき道を教えましょう。この暗い森の奥から貴方を救い出してあげましょう』

なんて言い始める。

別に旅人は、道に迷っているわけでもないだろうに。

そもそも

「・・・・・・人の求めるどんな道より長いものって何だ?」

思わずそう問いかけた。

そしてやはり旅人の答えは同じだ。

『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』

ここで???の出番は終わり。

場面はまた別の国の話へと変る。

次の国の話は悲惨な戦の話だった。

台本を読み進めて行く手が止まった。

この台本は、悲惨な戦の最中で終わっている。

いや、おそらく本来はこの続きがあったのだろう。

中途半端にブツリと切れた物語は、残りが全て白紙だった。

「・・・・・・・終わった?」

確認するようにもう一度台本を見返すが、やはり物語は途中で打ち切ったように終わっている。

最後まで読み込んでも、自分の記憶の中にこんな訳の分らない物語はない。

良くも悪くもこんな訳の分らない演劇をしたのなら、多少記憶には残るはずだ。

そもそも、配役一覧にアサヒ以外の名がないのはどういうことなんだろう。

まぁ、物語自体が完結していないのに配役も何もあったものではないが・・・。

劇の練習として即興で演じることは多々あったが・・・・、それならそもそも台本なんてないはずだ。

アサヒ以外の配役が決まっていない台本。

妙な話だなと思う。

他の台本には一様に、自分を含め当時の部員の名が事細かに記されている。

事実、このタイトルもないような台本の隣に差し込まれたかぐや姫の台本には、ずらりと部員の名前が並んでいた。

タイトルもなく、作品としても中途半端で、配役も決まっていない。

そんな台本は、この一冊だけだった。

「んー・・・・??」

首をひねって考えるが、どれだけ記憶を探っても何一つヒントになりそうなものは出てこない。

かといって、

「アサヒが書いたって感じじゃないよな?」

配役に記された手書きの名前は、彼女の字体とは異なる。

ただ・・・

「どこかで見たことある字だよなぁ・・・・??」

少し癖が強くて角張ったその文字は、確かに以前どこかで目にしたような気がする。

誰の字だったか・・・・





ガチャンという鍵の開く音で目が覚めた。

ソファの上で、台本片手に考え込んでいるうちに寝込んでしまったらしい。

慌てて身を起こし、玄関へと足を進めると相変わらず眠たげなアサヒの姿があった。

「す、すまない。本当は出て行くつもりだったんだが・・・・・」

眠りこけたことで、結局何の解決もしないままここに居座ったことを詫びれば、アサヒは不思議そうな顔をして首を傾げる。

その顔には、別に出て行けなんて言ってないのになぁ・・・・という言葉が浮かんでいる。

思案するように視線を一度動かしてから、ガサッとビニール袋をこちらに差し出した。

「唐揚げ・・・・・買ってきたから夕飯にしよう。」

差し出されたビニールを受け取ると、ほどよい熱さと食欲をそそる香りが五感を刺激する。

「・・・・・・こんな時でも、腹は空くんだよなぁ」

無意識にそんな言葉がこぼれた。

それを聞くなりアサヒがクスッと喉を鳴らして笑う。

「生きてる以上、お腹は空くよね。」

その言葉に、自身の言葉が口からこぼれていた事に気づき顔を赤らめればアサヒはまた楽しげに笑った。



簡単な食事を終わらせて、温かいお茶を飲みながらあの台本のことを思い出した。

「あの・・・・・アサヒ、これなんだが・・・・」

台本をアサヒの眼前に差し出す。

「あぁ、懐かしいね〜・・・」

のほほんとした声が返る。

受け取った台本を捲りながらアサヒは、ふふふっと小さく口元に笑みを作った

「・・・・・・・・・・・オレ、演じた記憶がないんだが・・・・」

思わずそう訪ねると、アサヒは一瞬きょとんとしてから頷く。

「うん、演じてないよ。・・・・というか、これ私が記念に貰ったからカラ松は見たことないと思う。」

「これ・・・・途中で終わってるみたいだが・・・・」

「うん、完成してないからね。」

懐かしいなぁともう一度繰り返しながらアサヒはぺらぺらと台本を捲った。

「・・・・・・・・・・・・・・聞いてもいいか?」

そう訪ねると、アサヒは一瞬不思議そうな顔をしてから答えた。

「私が昔、じぐ蔵と役のことで揉めたのって覚えてる?」

その問いかけに一度頷いて・・・・

「あ、いや、でも、正確には覚えてないんだ・・・・。その、どういう事情で揉めたのかとか・・・・」

と答えるとアサヒは一瞬妙な顔をしてから、続けた。

「あの時って、私が王子様の役を一度で良いからやりたいってごねたのが原因なのよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・王子様?」

「そ、でも・・・・ほらうちの演劇部って、カラ松をはじめそこそこ男子部員が多かったでしょ?」

言われてみれば・・・と思い返して、脳内に当時の部員の顔を浮かべる。

「だから、王子様の役って何時も男子部員だったのね。でも、私演劇部に入った理由の一つが、王子様をやりたかったからだったから・・・・・一度くらいさせて欲しいとお願いしたの。」

「・・・・・・・・でも、」

「うん、結局させて貰えなかった。ほら、私って背も高い方じゃなかったら・・・お姫様と並ぶとバランス悪くなるじゃない?そのあたりのことで説得されてね・・・・ダメだったんだよ。まぁ、それでもかぐや姫の時に求婚者の役貰ったけどね。」

あははとアサヒは暢気に笑ってから、台本を開く。

「で、その話を聞いた部長が・・・・・私に王子様の役をさせてあげようと書いてくれたのがこの台本なんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、もしかして・・・・」

「そそ、ほら途中で部長変ったでしょ?お父さんの転勤とかで・・・・。それで結局、台本自体お蔵入りしちゃってさ。でも記念に貰ったの。」

「それって王子の役なのか?見ても・・・・・そんな感じはしなかったが・・・」

素直な感想を述べれば、アサヒはふふふと楽しげに笑った。

「正確には、王子様じゃなくて騎士の役だって言われたなぁ・・・。最終的には、戦争の最中・・・傷を負った旅人が冥府で???と会ってそこで、この人物が亡くなった自分の恋人だったことを知るみたいな展開になっていく予定だったみたいだけど・・・・結局、完成してないからどういうストーリーになるはずだったのか、分らないままだね。」

「亡くなった恋人・・・・?」

「なんでも、どっかの民話だが民謡だかがモデルになった話らしいよ。ほら、森の中で、???が滅茶苦茶なお願いをするでしょ?それに対して旅人も変な返答をするじゃない?」

「『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』?」

「そう、それ。その時点でこの???は死んでいて・・・旅人はそのことに気づいているとかいう流れだったはず。ここで素直に「分りました」とか「そんなの無理です」とか答えると冥府に連れて行かれるって事だったらしいけど・・・・そこまで書かれてないから、ここだけ見ると本当に意味不明だよね。そのハーブの名前を連呼するのは、魔除けの意味があるんだってさ」

「じゃあ、この・・・・『私に人の求めるどんな道より長いものを与えてくれないか?』ってのも何か意味があるのか?」

「あぁ・・・・・これの答えは・・・・『永遠の愛』らしいよ。でも死者に永遠の愛を与え得るってことは・・・つまり・・・・ってことみたい。」

「ふーん・・・・・」

「私はこの言い回し、結構好きだけどね。『永遠の愛を僕に与えてくれないか?』っていう王子様より、格好いいと思わない?」

「そうか?回りくどい感じもするが・・・・」

思わずそう笑うと、「解釈の違いね・・・」とアサヒは神妙そうに頷いた。

「そういえば、どうして王子の役がやりたかったんだ?」

「え?あぁ、ほら、童話の王子様って格好いいでしょう?憧れたのよ。物語の後半にしか大概登場しないのに、あっという間にありとあらゆる難題を解決して、お姫様をかっさらっていく・・・・なんて凄くない?」

ぐっと手を握って熱く語るアサヒの言葉に思わず吹き出す。

「おまっ・・・・そんな理由で・・・」

「いや、笑うけど現実だと絶対不可能で、経験出来ない体験でしょ?」

真剣な表情でアサヒは答える。

「だって、白雪姫だって物語の後半の後半にしか出てこないのにお姫様さらっていくのよ?シンデレラもそうだし、眠り姫だってそう。なんか、王子様ってポジションだけで完璧勝ち組よね」

「まぁ、王子って肩書きがすでに勝ち組だしな。」

そう同意すれば、アサヒは楽しげに笑った。

「まぁ、そんな理由で一度演じてみたかったのよね−・・・」

「今からでもやってみれば良いじゃないか。」

思わずそう答えると、アサヒは驚いたような顔をしてこちらを見た。

その表情に、しくじった、と心音が大きくなる。

「あ、いや・・・・悪い、変なこと言った・・・・」

慌てて取り繕う。

自分と違って、忙しい社会人だ。

日々の生活だって時間に追われる彼女に、『今からでもやってみろ』なんてバカにしているにも程がある。

「ホント・・・・違うんだ。その・・・・・別に他意があったわけじゃなくてっ・・・」

アサヒの答えが怖くて早口になるのが分った。

怒らせただろうか、傷つけてしまっただろうか、そんな言葉が頭を巡る。

アサヒの目がじっとこちらを見た。

口を開く仕草が妙に緩慢に見えるのは、こちらの錯覚だろう。

『アンタみたいに暇じゃないの、一緒にしないでくれる?』

目をつり上げた彼女がそう答えるのを想像した。

びくりと身をすくませた自分に届いたのは、

「あぁ、確かに。」

という納得したような声。

あっけらかんとしたアサヒの答えに、どくどくと早鐘のように鳴っていた心音がゆっくりと速度を落とす。

「え・・・・あ・・・・・・・・・・・」

「まぁ、ある意味・・・・宿のないカラ松を助けたあたり私には王子様として素養があるといっても過言ではないわね。」

ふふーんとアサヒが浸るように答える。

「となると、昨日の死んだ眼差しでパンを差し出したのは失敗だったと言えるわ。ちょっと明日薔薇の花でも買ってくるから、同じ公園でスタンバって貰っていい?」

本気なのか、冗談なのか判断がつきにくい顔と口調でアサヒが続ける。

「あ、でもこの場合薔薇の花は何本で準備するべきだと思う?そもそも、ある程度ストーリーが出来ないと、単純に薔薇をいきなり差し出して家に拉致する犯罪者になりかねないという問題が・・・・」

むむむ、と眉間にしわを寄せたアサヒに自然と笑いがこみ上げた。

安堵のため息と共にこぼれた笑い声に、アサヒはにこっと笑ってから、

「あのさ、」と声を真面目なトーンに戻す。

「んーと、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど・・・・・」

そう前置きをして、まっすぐにこちらを見つめる。

「その家に帰りたくないのと、妙に周りに気を遣いまくってなんか相手の反応に怯えているように見えるのは何か関係してるの?」

「え?」

「あ、いや・・・・・気のせいかも知れないんだけど・・・・・なんか、私が怒ってるんじゃないか?みたいな怯えというか、恐怖というか・・・そういうものを感じるというかなんというか・・・・・だから、そういう何かトラブルでもあったのかなと・・・」

まっすぐと射貫いた瞳と異なり、アサヒの言葉は歯切れが悪い。

「・・・・って、あ、しまった。ごめん。忘れて!言いたくないなら聞かないって約束だった。」

慌てたようにアサヒが会話を打ち消す。

「いや・・・・・いいんだ。その・・・・・聞いて貰えるか?」

そう確認すると、アサヒはまた真剣な顔をして、こくんと頷いた。

ゆっくりと、整理するように、話した。

先日の出来事を。

その時に感じた感情を。

誘拐された話から、降り注いだ質量と、感じてしまった疎外感を。

黙ってアサヒは話を聞いて、

「で、カラ松はどうしたいの?」と問いかける。

「どうしたいか?」

アサヒの言葉を繰り返せば、アサヒはこくんと頷いた。

「大事な事ってそこじゃない?今後どうしていきたいのか。それに合わせてできる限り協力する。きみは私の大事な友人だからね」

にこりとアサヒは笑う。

「・・・・・・必要とされたい」

「うん」

「・・・・・・・愛されたい」

「うん」

「でも・・・・・」

「ん?」

「謝って欲しい。いくらなんでも・・・・・あいつら、やり過ぎだ」

むすっとした顔をしてそう答えればアサヒはふふっと口の端を上げて笑った。

アサヒの携帯が鳴ったのは、そんな出来事から数日経ってからだった。

甲高い着信を知らせる音色と、画面に表示された名前にどきりとする。

ピッっとアサヒがスピーカーホンにして電話を取った。

「はい」

『あ、もしもし、アサヒ。あのさ、カラ松兄さん、そこにいない?』

開口一番、電話の主トド松がそう尋ねる。

「いるよ」

『代わって』

「まぁ、用件によっては代わるけど・・・・・・・このお電話のご用事なぁに?」

からかうように、アサヒがメロディに乗せて、問いかける。

電話の向こうで『山羊か!』とチョロ松が突っ込む声が入る。

向こうも同じで、スピーカー状態のまま話しているんだろう。

『全然帰ってこないから、みんな心配してるの!』

トド松の言葉に、アサヒが笑う。

「そりゃ、そうだろうさ。でも、ご両親はご存じのはずだよ。先日、迷惑かけてごめんなさいね〜って、美味しい梨を頂いたばかり。ご馳走様でした。」

アサヒは、あっけらかんとした調子で答える。

『いや、梨の話とかどうでもいいから!』

そうトド松が答える。

『ま、いいや、カラ松いるってことはこの会話も聞いてる可能性が高いんだろ?』

そうおそ松が言う声が入る。

『なぁ、カラ松〜帰ってこいよ。な?』

『そうだよ、カラ松、意地張ってないで帰ってきなよ』

『カラ松兄さーん・・・』

電話の向こうから口々にこちらを呼ぶ声が続いた。

ちらりとアサヒがこちらの顔を見る。

無言のまま、電話を見つめるオレにアサヒは少しだけ口元で笑うと、少し声を低くして答えた。

「悪いけど、そんな言葉じゃ可愛いお姫様を返せそうにないね」

『は?』

電話口で間の抜けた声が上がる。一松の声のようだった・・・。

『アサヒ、何言ってんの?』

チョロ松が少し苛立ったように答える。

「そのまんまの意味だよ、お姫様、帰りたくないんだってさ」

『カラ松が姫って柄かよ〜』とけたけたと笑うおそ松の声が入る。

「君たちの大事な大事な兄弟は、可哀想に・・・悪意なき暴力で心を閉ざしてしまっているのさぁ。でも私は、優しいからね。哀れな君たちに一つだけ・・・・心を溶かす術を教えてあげよう」

『え、何?何言い出してんの??』

トド松が慌てたような声を出す。

「あぁ、そうだ。どんな形でもいいから『人の求めるどんな道より長いもの』を持っておいでよ。そうすれば、私は扉を開けてあげよう。姫様の元に案内してあげる。ただ、姫様が扉を開けてくれるかは君たち次第。私は姫様の忠実なる妖精騎士(エルフェンナイト)だからね、姫の嫌がることはしないのさぁ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・アサヒ、イタイね。何なの、演劇部に入部すると、自然とイタくなるの??』

ぼそり、とトド松が呟いた。

そんな言葉など気にも止めず、演技がかった口調のままアサヒは続ける。

「もし分りづらいっていうのなら、もう一つヒントをあげるよ」

『オナシャース!』という元気の良い十四松の声が響く。

「まずは、悔い改めなさい。謝罪も出来ない王子様に、お姫様を返しはしないよ。」

そうアサヒは笑って、ぷつりと電話を切った。

しーんとした短い沈黙の後、

「天岩戸のお話になぞらえた方が、センスがあったかしら?」と暢気なことを呟いた。



次の着信があったのは、丁度1時間が過ぎた頃だった。

今度はスピーカーホンにはせずに、直接アサヒは電話を取る。

「これはこれは・・・・悩み多き王子様ども。答えは見つかったのかい?」

相変わらずからかうような物言いをするアサヒに、向こうがなんと答えたのかは、分らない。

「宜しい、ならばご案内いたしましょう。そうねぇ・・・・えぇ、その場所で。迎えの使いをやりましょう」

そう告げるなり一方的に電話を切ると、アサヒはすくっと立ち上がった。

「さてと、今から私は5人のお迎えに行ってくるわ。約束通り、この部屋のドアの鍵まで開きましょう。カラ松はどうする?部屋の中で待っても良いし、鍵の閉まる奥の部屋にいてもいい。」

すっとアサヒが指さしたのは、彼女の寝室だ。

促されるように立ち上がると、アサヒはにこりと笑ってドアを開いた。

「いい機会だし、納得するまで話してみたら?」

アサヒはゆっくりとドアを閉める。

部屋の中は、リビングと同じように物が少ない。

カチャリとこちらからドアの鍵を閉め、ドアに背をつける。

『顔を見せて、きちんと話をしたくなったら・・・・出てきてね』

アサヒの声は優しかった。






「やあ、やあ、ご一同、お迎えにあがりましたよ。」

明るいアサヒの声に、元気よく答えたのは十四松だけだった。

あとの4人は不機嫌そうに眉を寄せている。

「さぁて、答えあわせの準備は出来たかな?」

「永遠の愛でしょ、あんだけヒントを与えられて、答えが分らないはずないじゃん」

トド松の答えに、アサヒは「ご名答」と手を叩いた。

「それでは、お約束通り・・・・ご案内いたしましょう」

アサヒはすっと手を進行方向へと差し出す。

ゆっくりと歩き始めた彼女の後ろを歩きながら、むすりとしたままチョロ松が声を出した。

「家族なのに、永遠の愛も何もあったものじゃないでしょ?」

その言葉に、アサヒはあきれたような顔をして肩をすくませると、

「恋人の間にしか永遠の愛がないなんて、さみしい考え方ねぇ。家族愛だって、本来永久であるべきものでしょうに。」と答える。

からかっているのか、はたまた・・・これ自体が、また彼女の一つの演技なのか、判断がつかず眉を寄せるとアサヒはクスクスと口元に笑みを浮かべて笑う。

「さてさて、舞台のメインはここからだよ王子様。見事ハッピーエンドで物語を終わらせておくれ。悲劇は好ましくないんでね。」

背筋をついと伸ばしてアサヒが言う。

その演技がかった動作や口調が二番目の兄と被るのは、つまりそういうことなんだろう。

思わず

「アサヒ、普通に話してよ、普通にさぁ。カラ松兄さんみたいにイタいのなんて見てらんないんだけど」

そんな言葉がトド松から漏れた。

「あぁ、確かに。」

そう一松が同意する。

一松の同意を皮切りに、一同が普通に語れと同意を示したところで、アサヒの笑みが深くなった。

可憐な小さい唇が裂けたのかと一瞬思わせる不気味な笑みだった。

きっと演劇に出てくる悪魔というものは、こういう風に笑うに違いない。

「普通って何だい?君らの言う普通ってのは、縛り付けられた実の兄弟に凶器をぶつけることなのかい?」

その言葉に、ぞくりと背中が冷たくなる。

自分たちより小さい彼女が、大きな目でこちらを見上げてくる様はそれこそ、普通の状況ならドキリと心臓を高鳴らせる場面だっただろう。

いや、決して今の状況が普通じゃないなんて言うつもりはない。

この状況は普通のことだ。

端から見たらこの状況は、1人の女が5人の男と語らっている、それ以上の何もでもない。

にも関わらず、まるで強大な魔王か何かにでも対峙しているような、言いしれぬ恐怖感のようなものをこちらに与えてくるのは、彼女の言葉を借りるなら自分たちがこの舞台を演じる役者だからなんだろう。

こちらが何かを感じ取ったのを悟ったのか、ふふーんとアサヒは口の端をあげて笑った。

その笑みはとても無邪気で、恐怖を感じたのは錯覚だったのではと思わせるくらい自然な笑みだった。

だからつい、こんな言葉が出たのだろう。

「もしかして・・・・・アサヒ、怒ってる?」

確認するような十四松の言葉に、アサヒは一度大きく瞬きをしてから首を傾げた。

「んー???面白いことを言うね、十四松。」

その声音は相変わらずのんきで明るい。

思わず、ほぅと息が漏れる。

そんなこちらを見透かしたように、アサヒの声はよく響いた。

「大事な友人を傷つけられて、怒らない人なんているのかい?もしそんなヤツがいるとしたら、それはきっと『友情』とやらを履き違えているに違いないさぁ」

そう告げると、アサヒは笑った。

それは冷酷な悪役のようにも、愛嬌に満ちた姫君のようにも見えた。

相反する二つが共存したその笑みに

「マジギレかよ、怖っ」

ふざけたようなおそ松の言葉が続く。

「あははは、マジギレなんて大げさだよ。大事な友には幸せであって欲しい、それは友情というものの当たり前の形でしかないさ。」

一体どこまでが彼女の本音で、どこからが彼女の演技なんだろう。

いつの間にか自分たちも、彼女の作り出す世界に囚われている気がする。

二番目の兄も、彼女の世界へ囚われているのだろうか?

そんなことを考えた。




彼女に招かれた扉の奥へ足を踏み入れた開口一番の台詞は、

「いないじゃん・・・・」というトド松の声。

「いるよ、奥の部屋に。」

アサヒはそんな言葉を口にしてにこりと笑った。

お邪魔します、の一言もなしに無遠慮にずかずかと入り込んだおそ松が、無言のままドアに手を掛け・・・ガッっという小さい音に阻まれた。

「鍵、かかってんだけど・・・・・」

不機嫌そうなその声に、アサヒは飄々とした態度で答える。

「言ったでしょ?『私』は扉を開けてあげよう。姫様の元に案内しようって。ただ、姫様が扉を開けてくれるかは君たち次第。約束通りだよ、私にそのドアを開ける権利はないんだ。」

「あー・・・・・面倒くせぇ。十四松、ドア破れんだろ?壊した方が早くねぇ?」

力業で解決しようとする兄の言葉に、名を呼ばれた弟がドアの前に進み出る。

ぐっと両手に力を入れたところで、背後から

「十四松、確かにそのドアを開ける権利は私にはないんだが・・・・・ここは私の部屋だからね。ドア破損した弁済は・・・ちゃんとこの場で出来るんだろうな?」

という鋭い声がかかった。

「無理!!」

あっさりとした、元気の良い答えが返る。

「弁済も出来ないのに、ドアを壊すなんて愚行してくれるなよ」

冷たい言葉に、「・・・・はい」と十四松が頷いた。

「心配しなくても、ちゃんと声は届いているし、中にもいるさ。」

アサヒはあきれたように肩をすくめてからそう答えた。

アサヒの言葉を証明するように、鍵の掛かったドアの向こうから、コンという小さいノックの音が返る。

「カラ松兄さん?」

トド松の呼びかけに、コンとまたノックの音が返る。

会話が成立したと判断したのか、アサヒは「それではごゆっくり」とだけ声をかけるとキッチンへと引っ込む。

水の音が響いてから少し遅れて、シュンシュンとお湯が沸くのんきな音が響いた。








ドアを背にしたまま、ぺたりと床に座り込む。

たった一枚のこのドアが、今の自分にとって最後の砦。

鍵のかかる、弱く脆い砦だというのに、何故か妙に心強い。

その向こうに、人の息づかいが聞こえる。

『カラ松兄さん』と呼びかける声に、本当は声を出して答えても良かった。

それを何故か躊躇ったのは、まだ向き合う勇気が無かったせいだろう。

コンと手でノックを返すと、ドアを隔てた向こうから囁くような声が届く。

『出てきてよ、ちゃんと話そう。』

トド松の言葉がゆっくりと耳に届く。

『まぁ、俺らもちょっとやり過ぎたかなぁと思ってはいるんだよね。』

相変わらずのトーンのまま・・・おそ松が続ける。

その言葉に、ちょっと?と思わず引っかかりを覚えて目を伏せる。

兄弟にとって、あれはちょっとやり過ぎた・・・程度の出来事なんだろうか。

あぁ、でも確かに・・・・そうだな。

ちょっとやり過ぎだ、だから俺もちょっとだけ怒っている。

そう言い換えると何だか笑い出したくなるから不思議だ。

考える時間があったことで、少しだけ自分にも余裕というものが出来た気がする。

正直頃合いだとも思う。

いつまでも意地を張ったところで、仕様が無い。

なんといっても、自分は6人兄弟の2番目で、下には4人の可愛い弟がいるのだ。

兄というものは、多少理不尽であっても・・・・広い心を持って弟には接するべきだろう。

そう、多少の我慢が必要でも・・・・謝罪の言葉がこぼれたのなら許すべきだ。

それにいつまでもアサヒに甘えるわけにもいかない。

彼女はこの件とは全く無関係な第三者なのだから。

そう心に決めて、じっと耳をすます。

聞こえて来たのは、聞き慣れた・・・・言い訳めいた言葉と説得の声だった。

何時もなら多分それで許しただろう。

あざとさを含んだ末弟の甘えるような言い訳に「気にしてない」と答えて

明後日の方向に進んだ五男の変化球じみた言い訳に「分った」と理解したフリをして

天邪鬼な四男の逆さ言葉みたいな言い訳を「お前の本音は伝わってる」と納得して

正論を口にすることで話題を逸らした三男の言い訳に「その通りだな」と目をつぶって

なあなあで話を終わらせた長男の言い訳に「仕方がないな」と頷いて・・・・・

それが何時ものお決まりのパターンだ。

でも今回はそうじゃない。

はいはい、何時ものパターンです。これでおしまい、大団円、さあさ皆様お手を拝借、ここで幕引きと致しましょう。

そんな言葉で終わらせてたまるか。

ぐっと思わず手を握った。

あまりに・・・・そうあまりにも、情けなくて、悔しくて。

別に大げさな謝罪が欲しいわけじゃない。

ただ、幼稚園児でも分る話

「ごめんなさい」の言葉が欲しかっただけだ。

それこそ、当たり前の言葉だろ?

しーんと静まった部屋の中で、数秒間の間をおいて・・・・苛立ったような声が届く。

『意地張るのも大概にしろよ!俺らがどんだけ心配したと思ってる!』

長男の鋭い声に、同意をしたのは何人だったんだろう。

無意識に力強くドアを叩いた。

ガンッ!!!!と部屋に響いたその音に、今度は一瞬で頭の奥が冷静になる。

アサヒの部屋なのに・・・・物にあたってしまった。

思わずドアを見返したが、幸い傷はないらしい。

打ち込まれた音の鋭さに、ドアの向こうが途端に騒がしくなる。

「・・・・・・・・帰ってくれ・・・・」

情けない声がこぼれた。

『はぁ?何言ってんの?!』

チョロ松が苛立たしげに答える。

「もう聞きたくない」

『ちょ、ちゃんと話を聞けよ』

一松の慌てたような声が続く。

「もう聞きたくないって言ってるだろ!!!」

ドアを隔てた向こうに怒鳴りつけた。

これ以上惨めな気分になるのはご免だ。

その言葉だけは飲み込んだ。

最後のプライドだったのかも知れない。

『ふざけんなよ!』

そう怒鳴るおそ松の声に、『あのさぁ・・・・』とアサヒの静かな声が続いた。

『少し落ち着いてくれる?そんなに怒鳴り合わなくても狭い部屋なんだから会話出来るでしょ。』

ゆっくりと声が近づいてくるあたり、きっと彼女のことだ。

気を利かせて、キッチンにでも移動していたんだろう。

彼女の声に、少し心が落ち着く。

向こうも向こうで、第三者が乱入したことで少し落ちついたのだろう。

ほんの少し声のトーンが下がったのが分った。

『・・・・・アサヒが何かカラ松に入れ知恵でもしたんじゃないの?』

不機嫌そうにおそ松が言う声が届く。

『入れ知恵って何?』

アサヒの声は平坦だった。

あきれているようにも聞こえる。

『俺たちのケンカってさぁ、大概終わり方って決まってんの』

その言葉に、そうだな・・・と胸中で同意する。

『ふーん、で?』

『カラ松が、こんな風な態度とったことなんて、一度もないわけ』

苛立った説明が続く。

『ってことはさぁ、関係ない第三者のお前が余計な事言ったんじゃないかとか邪推しちゃうよね。』

そう告げた言葉に、『あはははははは』と甲高い笑い声が響いた。

びくりとこちらの身がすくむ。

ドアを隔てた自分が驚いたのだから、きっとドアの向こうで直接その様を見た兄弟はさぞかし驚いたに違いない。

『上手くいかなかったからって、こっちに責任投げるのやめてくれる?』

アサヒの声はしっかりと呆れの色を含んでいた。

『実際、分らないじゃん?カラ松が中でどうなってるか、なんて。お前が拘束してないとも限らないとお兄ちゃんは思うわけ。』

その言葉に、またアサヒは笑った。

『発想力が豊ね、脚本家になれるわ』

バカにしたような物言いに、ドアの向こうから不穏な気配が伝わる。

「アサヒは関係ないだろ!」

そうドアの中から声を出せば、

『黙ってろ!』という鋭い怒声が飛んだ。

『で、どうなんだよ。』

確認する言葉に、アサヒがはぁとため息をつくのが伝わった。

『どうって何?拘束されているかどうか?そんなことどうやって証明するの?あぁ、証明は出来るわよ。今すぐそのドアをたたき壊してみればいい。それで?拘束されていないって証明された次は私に何の責任を求めるつもりなの?洗脳されてない証明でも求めてみる?』

ぐっとドアの向こうで兄弟達が言葉を失ったのが分った。

『あのねぇ、別に難しい話してるわけじゃないの。言ったでしょ、悔い改めて謝罪しろって。おそ松たちのケンカがいつもどう終わるかなんて私知らないけど・・・・そうやっていつもお決まりパターンに押し込んで、なあなあでケンカを終わらせてきたから、今こうやってこじれてるんじゃないの?』

『アサヒには関係ないじゃん』

一松がぼそりと呻いた。

『関係ないわよ。』

アサヒはハッキリと同意した。

『でも言ったよね?友人が傷つけられて怒らない人間がいるのか?って。普通に話を聞いた第三者が腹を立てるような内容を当事者が、へらへら笑って終わらせてくれると思ってるの?』

アサヒの確認するような声が、教師のように聞こえるのは何故なんだろう。

『・・・・・・・・・でも、家族だし。』

言い訳めいたチョロ松の言葉に、アサヒはふぅと息を吐いて・・・

『50%以上』と答えた。

『え、何?』

トド松が問い返す。

『親族間で殺し合った人、或いは殺そうとした人の割合。殺人の割合の50%以上は親族間で起ってるって知ってる?確かに、何をしても、どんな理不尽な事を言っても、やっても、許して愛してくれるのは家族でしょうよ。本来家族間の愛というのは、無償であるべきだものね。でもだからこそ、本当に許されない事をした時に許して貰えないのも家族だと思うけど・・・・?』

『それは今関係ないじゃん・・・別に殺し合いしてるわけじゃないし・・・』

トド松の言葉に、アサヒははぁとまたため息をついた。

『もう言い訳しか出来ないなら一旦帰りなよ。ハッキリ言うけど・・・・カラ松だってここまでこじらせる気なかったと思うよ。普通に『ゴメンナサイ』って謝ったら多少納得出来なくても許してくれたんじゃないの?君らの兄ってそういう人でしょ?お互いに引けなくなってるのは一応理解するけど、家族だからとか兄弟だから・・・そういう事に甘えるのはやめて、きちんと謝るべきことは謝ってから話を進めたら?』

しーんとドアの向こうが静まるのが分った。

とても長い静寂だった。

いや、本当は多分、5分もない短い時間だったに違いない。

だが、それは本当に重苦しいくらい・・・長い長い静寂の時間だった。

コンコン・・・と控えめのノックが響く。

『カラ松兄さん・・・・・あのね・・・・・ごめんなさい・・・・ぼく・・・兄さんとまた野球とかしたい。ケンカするの・・・・やだ・・・・』

ぼそぼそと明るさを欠いた十四松の声が届く。

「うん・・・・」

『カラ松兄さん・・・ごめんなさいぃぃ・・』

涙混じりのトド松の声、

『カラ松、ごめん・・・』という一松の小さい声。

『ごめんね・・・カラ松兄さん・・・』というチョロ松の声。

最後に、『カラ松・・・・・ほんと・・・ごめん』とおそ松の声が届く。

あぁ、本当・・・・

なんでこんな簡単な事なのに、意地を張ってバカみたいにかき乱して、関係の無い友人まで巻き込んで・・・ぽたぽたと涙がこぼれた。

「うぅ・・・・オレもゴメン、心配・・・かけてぇええ・・・」

わぁぁっと泣き出したこちらを見計らったように軽いノックの後、アサヒの声が響く。

『お兄さん、納得出来たら出てきて貰えませんかね?』

「うぅ・・・・」ずずっと鼻をすすり、袖口で涙を拭う。

『・・・・沸かしたお湯がね、冷めるんですよ。』

アサヒの声はのんきだった。






ふんわりと鼻先をくすぐる香ばしい珈琲の香りと、甘いクッキーの香り。

優しいその味と香りに目を細めれば、隣でマグカップを握ったまま・・・アサヒが一つあくびをこぼした。

「しっかし・・・・紙コップとは色気がないよね。」

そうツッコミを入れたチョロ松に、「一人暮らしの家に6人分もカップがあるわけないでしょ。」とアサヒが眠たげに答える。

「むしろ、お茶とお菓子が出てきただけ上等でしょうよ。」

からかうようなその言葉に、むぐむぐとクッキーを頬張っていた十四松が

「あんまぁ」と幸せそうな声を出した。

「そりゃ、何より。」

アサヒの声は相変わらずのんきで・・・先ほどまでの演技がかったような仕草はもうない。

さくさくとクッキーをかじる音が響く。

「アサヒ・・・・・その・・・・」

ふいに響いたこちらの声に、アサヒはんー?とまた眠たげな声を出して首を傾けた。

「迷惑ばかりかけて・・・・」

おずおずとした謝罪の言葉に、アサヒは笑って

「私は結構楽しかったけど?」と答えた。

「ありがとう・・・」

短いお礼に、「どういたしまして」という短い答えが返る。

「さてと、そろそろ帰るか」

時計を見ながら告げられたおそ松の言葉に、「ん」と一松が頷く。

口々に短い礼を述べて、出て行く兄弟を見送ってからもう一度アサヒに向き直る。

手には、持ち込んだ鞄が一つ。

「・・本当に・・・・・・・・迷惑かけた、・・・・・・・・ありがとう。」

改めた言葉に、アサヒは「さっきも聞いたわ」とからかうような言葉を返す。

ほんの少し開いたままの玄関を見て、部屋の中にたたずむアサヒの姿を見た。

妙に物悲しい気分になるのは、あとは幕を引くだけだからだろうか?

決して長い時間だったわけじゃない。

それでもこの空間は心地よくて、名残惜しい。

そんなこちらの心情を見透かすように、アサヒはすっと目を細めた。

「『親愛なる人、貴方のために祈りましょう。与えられた人の求めるどんな道より長いものが常に貴方と共にあるように。この暗い森の奥に二度と貴方が迷わぬように・・・・』」

「・・・・・・・・・・・・『パセリ、セージ、ローズマリーにタイム』」

こちらの返答にアサヒはにこりと微笑んだ。

あぁ・・・きっと・・・、終わりのないあの作品の旅人はこんな気持ちで冥府に縛られた騎士を見たのだ。

シャツ1枚織れないくせに、傍にいたいと願ったに違いない。

冥府で待つ騎士の真実の愛が欲しくてたまらなかったに違いないのだ。

ゆっくりと閉まるドア。

これで幕引き。

役目の終わった役者達は、舞台の上から退場しなくては。

カシャンとドアが閉まる無機質な音が響いた。

「カラ松兄さん、何してるの置いていくよ?」
「カラ松兄さん、帰ろー」
「モタモタするなよ」
「ほら帰るよ、カラ松」

口々に弟が呼ぶ声が響く。

「これで、いいのだ・・・・・ってね。」

場を和ますような長男の声を聞きながらゆっくりとドアから離れる。

騎士が言う暗い森は、きっと居心地が良い夢のような場所で・・・・

旅人は自分の心に目を背けて、何度も魔除けの言葉を口にしたんだろう。

だから冥府まで、会いに行くんだ。

騎士の与える真の愛が欲しくて、人の求めるどんな道より長いもの、それを騎士に与えたくて・・・・





いつの間にか、空は濃紺から黒い夜の世界へと色を変えていた。

ぽつぽつと灯る街灯の白い光が、妙に寒々しく目に映る。

弱々しい光で薄ぼんやりとあたりを照らす街灯の下で、ゆっくりと瞬きを繰り返した。

ザリっと砂と靴が擦れ合う小さい音が静かな世界によく響く。

暗い暗い森の奥底、渡された明かりは世界を照らすにはあまりに頼りない。

そんな世界を想像しながら、口を開く。

「『やあ、旅人さん。この道を行くということは、スカボローの市に行くんだろう?』」

ふいに響いたこちらの声に、旅人は少し笑ったようだった。

白い明かりに照らされた彼女の顔は、相変わらず眠たげだ。

彼女が一歩こちらへと足を踏み出す。

淡い光がスポットライトのように彼女の姿を照らした。

「『親愛なる人、どうか私が与える人の求めるどんな道より長いものを受け取ってくれないか?』」

そんな言葉と共に赤い薔薇を3本差し出す。

アサヒはその言葉に、「ずいぶんとせっかちな騎士様ね」と笑う。

くしゃりと髪をかき乱して、ゆっくりと息を吐き出す。

「どうもダメだな。オレはもっと・・・・分りやすい言葉の方が好きだ。」

思わずそんな言葉を返せば、アサヒはくすくすと笑い声をこぼす。

「例えば?」

そう尋ねるアサヒの言葉に、ふと空を見上げて笑う。

「そうだな・・・・『月が綺麗ですね』なんて言葉は、ロマンチックでいいのかも知れないが・・・・」

見上げた空に浮かぶ月は・・・満月にはほど遠く、今にも薄暗い雲に隠されてしまいそうなくらい弱々しい。

細い月から目をそらし、薔薇の花を差し出したまま言葉を紡いだ。

「『貴女が好きです、貴女の永遠の愛をオレに与えてくれないか?』」

精一杯の告白にアサヒは笑って、

「お姫様の役ってしたことがないの。『死んでもいいわ』なんて返答も悪くないんだろうけど・・・・」

そんな言葉を言いながら、赤い薔薇を一本抜き取る。

それをこちらに差し出しながら、

「こんな私を愛してくれるのは『貴方しかいないわ』」と微笑んだ。



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終われ(笑)
スカボローフェアを題材にした意味が全くないのが逆に凄い。(自分で言うな)
私が六つ子を書くと、恐ろしく精神年齢が下がるのは何故なんだろう。
とても成人男性とは思えない・・・・・このあたりに私のセンスのなさが出てますね(笑)
カラ松兄さん、書いてて楽しいけど、所謂カラ松語が全然出てこないよ。
最初「オレの事を愛してくれないか、BANG!」みたいなの言わせようと思ったけど、あまりに格好つかないのでやめました。難しいっすね。
個人的にサイコパスに振り切れたやばい感じの兄さんを書いてみたいです(願望)


アサヒさん、お付き合い下さりありがとうございました。



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