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夢小説(その他)
ボーカロイドとあたし(カイト)

素直に言えば良いだけの話なのに上手く言葉が紡げない。

どんな顔をしたら良いのか分からない。



マスター、俺はマスターが大好きですよ。マスターは俺の事好きですか?

にっこり笑ったボーカロイドの言葉に顔が歪む。

自分を見てくれた事が嬉しいのにうまく笑顔がつくれない。

そんな顔しなくても良いじゃないですか。

泣きそうな顔で言われたけど、あたしは今どんな顔をしたんだろう。

好きだよ、なんて言える人間でもないからポツリと嫌いなら今頃ゴミ箱だ。と呟くのが精一杯。

すると、何だか幸せそうな顔をしてマスター………なんて言いながら抱きついてきた。

柔らかそうな髪を撫でようかと手を伸ばして、やっぱりやめた。

空をかいた指先。

目ざとくそれを見つけた彼は、

「マスター、俺は良い子にしてましたよ?」

と小さな子供のような主張を口にした。





初めて彼と会った日、あたしは彼の不幸を嘆いた。

何故かって?

出会った彼の目がきらきらと期待に満ち輝いていたからだ。

彼がどういう存在なのか興味のないあたしには分からなかったけど、多分彼にとってこの場所は悲劇のハジマリだと思う。嫌な予感ほど当たるのだ。

兄から電話があったのが2日前。

届く荷物の面倒を見て欲しい。

そんな身勝手な連絡をされたにも関わらずあたしは未だに表向き優等生な兄に逆らえない。

それは兄弟だから、なんて単純な理由じゃなくて………多分、長い間に蓄積されたコンプレックスによるものだと思う。

ふと自分の世界に入りかけた事に気づき思考を変えようと声を出した。

「ネギの子じゃないな………」

確か兄から渡されていた資料には愛らしい感じの女の子とネギが掲載されていた記憶がある。

だがどう控えめに見たってこれは青年だろう。

その言葉に目の前の青年の表情が凍った。

てっきりネギの子だと思っていたせいで冷蔵庫の中には、ネギ以外補充していない。

まいったなァと頭を抱えてから、冷凍庫にアイスクリームがあった事を思い出した。

「あ〜…………アイス食べる?」

そう尋ねたら、何か言いたそうな表情を一瞬で笑顔にして明るい回答が返ってきた。

幸せそうにバニラアイスを口にする青年を見ていたら名前を聞いていない事を思い出した。

あたしが使う事はないだろうが、名前も知らない者を家に置くのは抵抗がある。
ましてそれが人型で動くなら尚更だ。

「そーいえば、アンタ名前は?」

そう今更のような問いかけを口にすれば、青年はキョトンとした顔をして

「俺のですか?」

と首を傾けた。

「アンタ以外に誰かいる?」

その言葉にもしかして他にもまだいるのだろうか、という不吉な疑問が浮かぶ。

とてもじゃないがそんなに何体も面倒は見れない。

説明不足も甚だしい兄を胸中で呪えば

「か、カイト、です。」

と怯えたような声が返る。

どうやら、名前を知らなかった事に対する疑問だったらしい。

名前の次は与えなければならないものを教えて貰わないといけない。

普通に考えれば外観が違うだけなのだから同じ物で良さそうだが………決めつけてトラブルに巻き込まれるのはゴメンだ。

「ふーん、で何が好きなの?ネギ?」

その問いかけにカイトと名乗った青年は絶望的な顔をした。




「だから、アンタの主はうちの馬鹿兄貴なの。理解出来た?」

ようやく彼との間にあった勘違いを訂正すれば青年はおずおずとした口調で

「えっと………いつ、俺のマスターに会えますか?」

と不安そうな顔のまま問う。

「知らない」
残念ながらその答えは兄しか知らない。

こちらから問うたところで、今までの経験上回答が返ってくるとも思えない。

申し訳ないがこの回答で我慢してもらうしかないだろう。

「…………マスターの名前は?」

ますます不安そうな顔での問いかけに対する回答はあたしではなく兄が直接するべきだろう。

「会った時に自分で聞けよ。」

そう答えると青年は食べ終わったアイスの器を見つめて少し黙りこんだ。

短い静寂の後、

「あ、アレはなんですか?」

青年の目がとめたのは兄があたしに押し付けたまま引き取りに来ないガラクタ達だった。

いや、兄にとっては違うのかも知れないがあたしには何に使うのかも分からない。

そう答えようとしてやめた。

その回答は不安な彼を更に追い込む結果になるだろう。

彼もまたこの部屋に捨てられる可能性があるのだ。

「アンタには関係ない。」

あたしの短い回答に青年はシュンと俯く。

「とりあえず、さっさと風呂に入って寝たら?」

どうせ起きていたって兄は今日やって来ない。

寝てしまうのが得策だ。
すると青年は何か閃いた顔をして

「じゃあ、一緒に入りましょう?」

と微笑んだ。

一瞬理解出来なくて、入り方を知らないのか?と疑問が浮かぶ。

とはいえ、機械でも出会ったばかりの異性と風呂に入るなど恥ずかしい行為ではないのだろうか?

そう考えれば至極単純な勘違いをされている気がした。

「あたし、『女』だけど理解してる?」

そう問えば青年は酷く驚いた様子で

「え?えぇぇぇッ!だってぺったんこですよ!」

ぺた、と胸元を触って主張した。

指摘されずとも理解してるが、多分殴っても許されるだろう。

気にしてる事を他者に指摘される事ほど腹の立つ事はない。

一発殴り飛ばしてから正座した青年の頭を抑えつけたまま

「天野 アサヒです。どうぞ、よろしく。」

と名を名乗る。

早く名乗れば彼を殴る事はなかったのだから彼は殴られ損だと思うがまぁ、お互い様と思う事にした。




彼が家に来てから一週間。

一向に兄は彼に会いに来ない。

連絡をしてみたが応答はなし。

落ち込んでいる彼に向けた

「心配しなくても迎えに来るよ。」

なんて言い訳は、自分に向けられていたのかも知れない。

時間だけが、くるくる回る。

日数を数える彼が不憫でカレンダーを伏せた。

数えるだけ時間の無駄だ、と言い捨てたら少し笑って頷く。

不安の色が見えた気がして申し訳なくなった。

一向に来ない迎え。

予想をしなかったワケじゃない。

でも彼には予想すらしなかった出来事だろう。

ぱらりと雑誌を捲れば向かいから小さなため息が一つ。

そっと視線を向ければ言い出せない悩みを秘めた顔が映る。

「忘れてるわけじゃないよ。あの人は馬鹿なんだ。待たされる苦痛を知らない。」

そう答えたら青い瞳と視線が重なる。

そこに浮かんだ感情が読めなくてそれ以上は言えない。

代わりに出てきたのは、彼に対する疑問。

人のように見えるけど機械なのだと見る度に認識するそれ。

何に使うのか分からないから、聞くのも悪くないだろうと安易な気持ちで問いかけて、己の軽率さを悟る。

「気持ち、悪いですよね?」

日頃明るいその声が暗く沈んだ事にドキリと心臓が跳ねた。

「いや、別に…………ただ、そうなのかな?と思っただけ。変な事聞いて悪かったよ。」

取り繕う言葉が間抜けだ。

「人間には…………こんなものないですもんね。」

彼の指先がガリガリと接続口を削る音が響く。

言葉を失う。

己の愚鈍さにに吐き気がする。

「気持ち悪いのは分かってます………でも、」

固い音が響く。

日頃から他者を思いやらないツケが回ってきたのだろう。

自らが付けた傷を塞ぐ言葉も浮かばない。

「俺は………」

苦痛に満ちた声にようやくこぼれた遅すぎる謝罪。

「カイト、やめろ。あたしが………悪かったから。ごめん、なさい………」

未だに爪を立てる手を掴んだままあたしは彼の顔を見る事が出来なかった。




朝、一番最初に目についたのはベタリと貼られたガムテープ。

「別に隠す事ないだろう?」

自分が仕向けた癖にそんな今更な言葉を口にする。

「見られたくないんです。」

短い言葉に昨日の自分の軽率さを理解する。

ため息が零れた。

傷つけるのは得意なくせにその責任を負う事も出来ない。

落ち込んだ姿を見るのが辛いから、そんな身勝手な理由でクローゼットから取り出したマフラーを渡す。

ガムテープよりマシ、寒くなるからちょうど良い……そんな言い訳にもならない言葉を羅列しながらくるり、と細い首に巻きつけたら

「あ、ありがとう……ございます」

と切れ切れのお礼が耳に届く。

お礼を言われる事などしていない。

だけど嬉しそうに彼が笑ったから、これで良かったのだと自分を納得させて頷いた。



喜ばしい話のはずだろう?

待ち望んでいたはずの連絡に失望にも似た感情を受けた自分に驚く。

きっとあたしはどこかで、この時間に安らぎにも似た感情を感じていたのだろう。

「アサヒさん、その人誰ですか?」

静かな声に、ゆっくりと目を閉じる。

今更、あたしが口を出す問題じゃない。

最初から決まっていた事だ。

「良かったな」

そう呟いた声がいつもと違う気がして不安になる。

「アサヒさん…………」

名を呼ばれたからぱたぱたと手を振った。

他者と関わるのが不得意なあたしには分からないが、別れ際の挨拶はこういうものだと思う。

何と言うべきかは、本当に分からない。

車のエンジン音が遠ざかると耳が痛くなるような静寂が訪れた。





「馬鹿だな………またやってしまった。」

ポツリと呟いた声に答えるものはいない。

最近、随分と独り言が増えた気がする。

正確には話しかけようとして誰もいない事に気づくパターンが多い………。

随分と心地良い時間だったらしい、と他人事のように呟いて冷凍庫にアイスクリームをしまい込んだ。

あれ以降兄からの連絡はない。

多分、それなりに向こうで楽しくやっているのだろう。

そう考えたら自然と口元が綻んだ。

彼はどうやらこの部屋に戻る事はなさそうだ。

それで良い。

だってここは気まぐれな兄のゴミ箱だ。

拾われる事は珍しい。

きっと戻って来たなら次はないだろう。

少し広くなった部屋を見渡せば、電子音が響き渡った。





「何、してんの?」

見覚えのある背中に声をかければ、振り返った青年が名を呼んだ。

「ん、」

こくりと頷いてから兄の部屋を見上げ電話の言葉を思い出す。

見つけたら拾ってくれ、そんな無責任な言葉に声を荒げた事を思い出して青年を見返す。

「帰らないの?」

「か、かえりません。」

「そう。」

青い瞳が揺らぐ。

彼を追い越して歩き出せば、自然と足が止まった。

「うち、来る?」

「行っても良いですか?」

「好きにしろ。」

明るい笑顔にぶっきらぼうな言葉を返せはま、軽い足取りが耳に届く。

「……………ねぇ、アサヒさん。マスターと呼んでもいいですか?」

「……………何で?」

そう返したら

「ダメですか?」

と声が沈んだ。

「………好きにしろ。」

と言い捨てたら、ふわりと笑顔が浮かぶ。

それを見届けてから歩き出した。

「ねぇ、マスター。手を繋いで良いですか?」

小さな声に黙って手を差し出せば、カイトの冷たい指先が絡まる。

おかえり、と言うべきか彼の出戻りを嘆くべきかと考えてからとりあえず冷凍庫をスッキリしてもらおうと思い至る。

どうせ言う言葉も表情も持ち合わせちゃいないのだ。

心配で見にきたなんて言えないから言い訳に家から下げてきたコンビニ袋が間抜けでおかしくなった。


―――――――――


主人公視点。
本当はお兄さんと主人公の関係を書きたかったけど長くなったので割愛。表現方法を知らんだけで悪いヤツじゃないんだよーという主張です(笑)

アサヒさん、お付き合いありがとうございました。

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