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夢小説(その他)
マスターと俺(カイト)

マスター、俺はマスターが大好きですよ。マスターは俺の事好きですか?

そんな事を呟いたら、マスターは心底嫌そうな顔をした。

そんな顔しなくても良いじゃないですか。

そう抗議したらマスターは嫌いなら今頃ゴミ箱だ。と呟いた。




初めてマスターと会った日、俺は生まれてこなければ良かったと心底思った。

何故かって?

出会ったマスターの第一声が

「ネギの子じゃないな………」

だったからだ。

目の前に俺がいると言うのにこの言い草。

第一印象は最低。

失礼にもほどがある。

抗議しようと口を開いたら

「あ〜…………アイス食べる?」

と聞かれたからそのまま、はいと頷いた。

甘いバニラアイスを口に放り込む頃には、マスターに出会えて幸せだと思った。

ちゃんと俺の好きなものを用意してくれた優しいマスター。

そう思っていたのに。

「そーいえば、アンタ名前は?」

今、思い出したとばかりにマスターは呟いて首をこくりと傾けた。

「俺のですか?」

「アンタ以外に誰かいる?」

マスターは鼻で笑うような口調で返す。

完全に馬鹿を見下す冷たい瞳だった。

「か、カイト、です。」

「ふーん、で何が好きなの?ネギ?」

2つ目の質問でアイスは偶然だったと悟った。

マスターは俺が描いていた幸せな未来というものを速攻でぶち壊してくれたわけだ。

それもそのはず。

マスターは俺のマスターじゃなかったから。






「だから、アンタの主はうちの馬鹿兄貴なの。理解出来た?」

要するにこの人は、一時的な俺の預かり人になるらしい。

一喜一憂した事が馬鹿らしくなった。

「えっと………いつ、俺のマスターに会えますか?」

必死の思いで口にした言葉を

「知らない」

とこの人は両断した。

「…………マスターの名前は?」

「会った時に自分で聞けよ。」

この人はコミュニケーション能力が異常に低いに違いない。

会話が弾まない事を学習した。

食べ終わったアイスの器を見つめて黙りは苦しかったから悩んだ末に部屋にあるものを片っ端から質問したけど

「アンタには関係ない。」

の一言で会話が終了した。

仲良くなりたい、そんな思いをバッサバッサと切り捨てられる。

シュンと俯くと

「とりあえず、さっさと風呂に入って寝たら?」

そう言い捨てる。

「じゃあ、一緒に入りましょう?」

と笑顔で告げたら怪訝そうな顔の後、

「あたし、『女』だけど理解してる?」

と冷笑を向けられた。

「え?えぇぇぇッ!だってぺったんこですよ!」

ぺた、と胸元を触って主張したら女性とは思えない力で殴られた。

「天野 アサヒです。どうぞ、よろしく。」

正座させられて低くなった俺の頭をぐりぐりしながらアサヒさんは今更のように名を告げた。

トゲトゲしい口調で名乗られた名前が綺麗だったけど、もう一度殴られそうだったから言うのをやめた。






アサヒさんのところに来てから、一週間が過ぎた。

一週間という短いようで長い時間一緒にいるのに、俺はアサヒさんの笑顔を見た事がない。

感情が凍ってるのかも知れない。

事実、アサヒさんの顔は冷笑と不機嫌そうな顔と無表情の3パターンだ。

今時、ロボットでももっと豊かな表情を持ってる。

でも、多分根は優しい人なんだと思う。

一向に会えないマスターへの不安を言い出せない俺にアサヒさんはポツリと呟いた。

「心配しなくても迎えに来るよ。」

それ以上の解答は望めなかった。

何となく、聞いてはいけないような気がした。

時間だけが、くるくる回る。

途中で日数を数えるのをやめたせいで、いつからここにいるのか分からなくなった。

アサヒさんが俺のマスターなら良いのに。

最近、そんな事を考える自分に気づいて何だかおかしくなった。

知らない誰かよりこの人のそばにいたいと思ったけど、そんな事は言えない。

きっと迷惑そうな顔をされてしまう。

簡単にイメージ出来る結論にため息をつけば

「忘れてるわけじゃないよ。あの人は馬鹿なんだ。待たされる苦痛を知らない。」

と声が続く。

視線をあげると向かいに座り雑誌を捲るアサヒさんと目が合った。

どう答えるべきか悩んだらアサヒさんはこくりと首を傾けた。

主の事を考えていたんだろう?

そう言いたげな顔だった。

「それとずっと気になってたんだけど………」

珍しくアサヒさんは俺の目を見たまま言葉を続ける。

冷たい視線が俺の心を見透かすようでドキリとした。

先ほど浮かんだイメージが消えない。

「首の後ろにあるの接続口?」

細い指で首を示しながらアサヒさんは少し目を細めた。

その言葉に思わず手を伸ばす。

ぽっかり空いたその小さな穴が急に気味悪いものに感じた。

「気持ち、悪いですよね?」

「いや、別に…………ただ、そうなのかな?と思っただけ。変な事聞いて悪かったよ。」

アサヒさんの声は何時もと変わらない。

変わったのは俺の感情。

「人間には…………こんなものないですもんね。」

ガリガリと爪先が接続口を削る音が響く。

改めて己の無価値さを知らされた気がした。

いつ会えるかも分からない主への不安とか、もし今、アサヒさんに捨てられたらなんて恐怖とか………嫌な感情が溢れ出す。

ここに人ではない機械としての全てが詰まっているようで息苦しい。

かきむしる度に響く固い音色に吐き気がする。

「気持ち悪いのは分かってます………でも、」

嫌わないで。

あぁ、こんなものがなければ…………人としてそばにいれるのに。

機械として無価値な己を知らずにいれるのに。

「俺は………」

「カイト、やめろ。あたしが………悪かったから。ごめん、なさい………」

アサヒさんは初めて俺の名を呼んで、未だに爪を立てる手を掴んだ。

名を呼ばれた事に驚いて、謝ったアサヒさんがどんな顔をしたのか分からなかった。




「……………ガムテープってお前………。」

次の日、アサヒさんの第一声はそれだった。

べったりと首の接続口を隠すように貼ったそれを剥がしながらアサヒさんはため息をついた。

「別に隠す事ないだろう?」

子供を諭すような声で呟いたアサヒさんは

「見られたくないんです。」

という俺の主張にまたため息をついてクローゼットを開けた。

今更だとアサヒさんは笑うかも知れない。

でも、もう見られたくない。

人ではない事を認識されたくない。

だから………

「ほら、これやる。ガムテープよりマシだろ?」

アサヒさんは紺色のマフラーを差し出しながら呟いた。

「寒くなるからちょうど良い。」

くるり、と巻きつけられたそれはふかふかで暖かくてアサヒさんみたいだと思った。

冷たい色の暖かい人。

「あ、ありがとう……ございます」

切れ切れのお礼にアサヒさんはやっぱり無表情で頷いた。






「アサヒさん、その人誰ですか?」

分かってた。

だって会った日に言われた事だったから。

『アサヒさんは俺のマスターじゃない。』

ねぇ、サヨナラしなくちゃいけないの?

縋るように目を向けたら

「良かったな」

と無表情のまま呟かれた。

慣れたはずの表情と口調が突き刺さる。

ねぇ、寂しくないの?

俺がいなくなってもあなたの日常は変わりませんか?

声に出すのは得意なはずなのに音にならない。

「アサヒさん…………」

名を呼んだら少しだけ視線を向けてやっぱり無表情のままぱたぱたと手を振る。

またね、なのか、さよなら……なのかも分からない。

後ろ髪をひかれながら車に乗る直前まで振り返ったけどアサヒさんの姿は見えなかった。






ねぇ、あなたは今何をしていますか?

たくさん、歌を歌った。

でも、何かが違う。

満たされない。

ねぇ、あなたは今笑っていますか?

俺がいない世界でも満たされていますか?


「………………それ貸せ。洗濯するから。」

サクヤと名乗ったマスターはアサヒさんによく似た口調で呟いた。

「い、嫌です。」

「ずっと同じのつけてたら汚ねぇだろ。新しいのやるから。」

マスターはそう言うとぐいぐいと俺のマフラーを引いた。

「や、やめて下さい。これはダメですッこれは………」

じわりと涙が出る。

マスターはアサヒさんに似た顔でため息をつくと、目を細める。

「好きにしろ。」

吐き捨てるようにマスターは告げると部屋を出る。

薄暗い部屋と静寂に押し潰されそう。

ねぇ、あなたも同じ気持ちを感じていますか?

戻って来たマスターは新しいボーカロイドを連れていて、俺を外に押し出した。

さ迷うように道を辿れど、進む方角が分からない。

どこに向かえば会えるのかすら分からなくて、闇雲に歩いたら同じ場所に戻って来た。

帰りたいのは、ここじゃないのに。

「何、してんの?」

聞き覚えのある声が耳を打つ。

「アサヒさん。」

「ん、」

こくりとアサヒさんは頷いて、俺が追い出された部屋を見上げた。

「帰らないの?」

「か、かえりません。」

「そう。」

アサヒさんは小さく呟いてから歩き出した。

数メートル先で立ち止まってから

「うち、来る?」

と首を傾けた。

「行っても良いですか?」

「好きにしろ。」

マスターと同じ言葉は何故か温かい。

「……………ねぇ、アサヒさん。マスターと呼んでもいいですか?」

「……………何で?」

アサヒさんは少しだけ目を細める。

「ダメですか?」

「………好きにしろ。」

視線を下げた俺にアサヒさんはやっぱり相変わらずの無表情で答えると歩き出す。

「ねぇ、マスター。手を繋いで良いですか?」

その言葉に黙ってマスターは手を出した。





ねぇ、マスター

俺の思いはあなたに伝わっていますか?




―――――――――


読んで分かられた通りボーカロイドの知識なんてありません。PSPで遊んだだけなので。

マフラーの下に秘密があれば良いなーという希望+機械なら接続口くらいあんだろ、という安直設定でついつい書いてしまった。

アサヒさん、お付き合いありがとうございました。




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あきゅろす。
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