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夢小説(その他)
後編(D)

「ごめん、待った?」

「ううん、今来たとこ。」

待ち合わせをしていたらしい男女の会話を聞きながらアサヒは、はぁとため息をついた。

解決策もないまま時間だけが刻々と過ぎて行く。

「こうしていても仕方ないし、仕事探しでもしようかな。」

ポツリと呟いた言葉はいくらか前向きだ。

盗られた荷物が運良く戻ってくるとは到底思えないし、このままでは帰る事もままならない。

所持金がこれだけじゃあ、ジャンプも買えないよ。

ジャラリと手の中の小銭を見つめ、胸中で呻いてからアサヒは歩き出した。





「ごめんなさいね。人手は今足りているの。」

柔らかなお断りの言葉は本日、何度目だろうか。

身分証も持たない女を快く雇ってくれそうなところはない。

まぁ、確かにすんなり雇われて『白い粉とハジキを運べ』と言われるよりマシだけど…………

一向に改善しない状況に我ながら嫌気がさす。

足元に落ちていた空き缶を蹴り飛ばしたところで良い方法など浮かばない。

カランカラカラ…

甲高い音で鳴きながら、空き缶は転がりやがて見えなくなった。





舞い戻った体で橋の欄干に腰をかけ、はぁ〜…………とため息を零す。

長く細くため息を吐き出せば、悪い考えが頭をよぎった。

確かに己に隙があったとはいえ、元々悪いのは荷物を盗んだ馬鹿どもだ。

いっそ、あたしも悪事に手を染めてみようか?

あたしには、荷物を奪って駆け出す為の仲間はいない。

だが、喧嘩は得意な方なのだ。

ちょっと二、三人から巻き上げて………いや、ダメだ。ダメだ。そんな事。

あたしはそんな事をする為にここに来たワケじゃない。

ぶんぶんと浮かんだ考えを振り払えば

「一人で百面相たァ………隠し芸の練習でもしてんのか?」

クックッと喉を鳴らす音が響く。

目深く被られた笠の隙間から、肉食獣めいた瞳が煌めいたのが見えた。

「あ、高杉さ・」

名を呼ぼうとして慌てて口を塞ぐ。

幕府に追われている彼の名を通りのど真ん中で口にするなんて、不用心にもほどがある。

壁に耳あり障子に目あり。

どこで誰に聞かれているか分からないのだ。

そんなあたしの反応に男は緊張感の欠片も持ち合わせていないとばかりに喉を鳴らして笑ってみせた。




「――――………あのー…………高杉さん、」

悩みに悩んだといった調子でアサヒは小さな声を出す。

チラッと視線を向けた先には、実に神妙な表情。

「…………手ぇ、引かれなくても歩けます。」

葛藤の末に零れた言葉の小ささに笑えばアサヒの頬に朱がさした。

「俺ァ、迷子のテメーを引率してやってんだ。感謝こそされ、やり方に文句を言われる筋合いはねぇよ。」

『迷子』

その二文字がグサリとアサヒに突き刺さったのが見えた。

「あ、あたしだって水さえ掛けられなければ…………迷ったりなんて………。」

ごにょごにょと幼子のような口調で反論するアサヒに

「迷子は迷子でも江戸につくなり荷物を盗られる阿呆はテメーくらいのもんだと思うがなァ」

そうトドメを差せば、アサヒの言葉が詰まる。

そしてはたと気づいたように目を見開き叫んだ。

「いつから見てたんですか?!この人でなしぃいいッ!」







お人好しと馬鹿は紙一重らしいが、間違いなく彼女は馬鹿の部類に入ると思う。

荷を盗られた事が、じゃない。

他人の為に自分を犠牲にしてみせるその感性が、だ。

わざわざ自らの荷を諦めてまで、赤の他人の為に動くなんざ酔狂にもほどがある。

それを指摘してみせれば

「荷物を盗られたのが野郎なら放っておきましたよ。」

とふてくされた回答が返る。

彼女の事だ。

間違いなく荷物を盗られた人間が誰であろうと、自分の荷を諦めて動いたに違いない。

「あたしは………………そう!高杉さんと違ってフェミニストなんですよフェミニストッ!」

頭を悩ませたにしては、随分と陳腐な言い訳を口にしてからアサヒはこちらを見据える。

「高杉さん、女性に優しく出来ない男はモテませんよ。」

ビシリと指先を突きつけたながら放たれた言葉は真面目そうな口調と顔に不釣り合いで妙に間抜けだ。

「俺は女と金に不足した事はねぇよ。」

嘲笑にも似た笑みを浮かべた回答にアサヒは露骨に顔を歪めてみせる。

「そりゃあ、そんだけ麗しい顔がついてればそうでしょうよ。」

思うような回答が得られなかった事が面白くない。

そんな感情を隠しもせずに呟いてからアサヒは、ふぅと息を吐き出した。

一旦、間を置いてから真面目な顔で口を開く。

「でも何か優しく出来る対象があるのは良い事ですよ。それを守る為に動けるでしょう?守るものがあった方が人は強くなれるっていうじゃないですか。」

「戯れ言だな。世の中、大事なもんに縛られて動けなくなる事ァあっても、守る為に動ける事はめったにないもんだ。守るモンがあろーがなかろーが変わりゃしねーよ。」

あの頃だってそうだ。

国の為、仲間の為と剣をとった事はない。

今も昔も変わらない。

きっとこれからも。

「そう、なのかなぁ…………。あたしはあった方がいいです。」

曖昧な反応を返しながらアサヒはにこりと笑った。

「大層なご高説を垂れた割には、随分曖昧な回答だな。」

「あはは、目上の人の意見を無視するほど、大層な教養は持ち合わせてませんしあたしのは、誰かが言ってた使い古しの言葉で思想も何もありませんからねぇ。」

小馬鹿にするような此方の言葉にアサヒは困ったような顔で笑った。

守るだの、守らないだの、そんなくだらない感情は持ち合わせていないが素直な物言いをする彼女は少なからず気に入っているものだとは思う。

「大体、テメーなんぞに守れるもんがあるのかね?」

そんな感情は微塵も出さずに嘲笑にも似た声を出せば

「出来る出来ないはともかく、『気持ち』はありますよ。あたしは好きな人の為なら何千人でも殺せます。」

明るい口調とは裏腹な血なまぐさい言葉が返ってきた。

「あたしは聖人君子じゃありませんから、他者の命は平等じゃないんです。」

歌うように告げるとアサヒは目を細める。

「最低でしょう?」

冗談とも取れる口調のせいでどこまでが本心なのか理解に苦しむ。

「もしもこの世に神様がいて、『1000人殺す度に好きな人を1人生き返らせてやる』なんて言ったら江戸中の人間や天人を殺し回ると思います。そのくらい命に差があるんです。」

その言葉は間違いなく本心だろう。

彼女にも失ったものがあるのだ。

根っこの部分は彼女も己も変わらないのかも知れない。

違ったのは道だけだ。

世界を壊す道を選んだか否か。

ただ、それだけ。

もしも俺が死んだなら、

そう考えて自嘲した。

始まりが同じ場所であっても、選んだ方角が同じとは限らない。

まして、始まりの場所すら違う別の方角を見た彼女と道が交わる事などありはしない。

手を引いたところで、たどり着く場所が同じとは限らないのだ。

むしろ、道が交わった時に彼女が立つのは隣でも背でもなく……………

「アサヒ、テメーが俺の道に立つなら、迷わず俺はテメーを斬るぜ。」

唐突な言葉にアサヒは笑い、

「好きな人との斬り合いは遠慮したいですね」

また曖昧な口調で微笑んだ。



―――――――――


終わらないのでグダグダのまま強制終了。

因みに武市先輩の妹設定でした。だからフェミニスト発言?があるんですけど、女性が女性に優しくてもフェミニストにはならないような…………?ま、いっか。

前編ではじめて江戸に〜のくだりがなければ、もうちょい違う展開にできたかも(反省)

アサヒさんお付き合いありがとうございました。



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