夢小説(その他)
後編(C)
顔をあげるとそこには奇っ怪な生き物がいた。
今まで出会った事がない上に、出会う確率自体相当低そうな気がする。
おかげで落ち込んでいた事実がカポンと脳から抜けた。
白いボディに丸い大きな目、黄色い嘴と黄色い水かきのついた足。
子どもの落書きのような姿は…………
「えっと………ペンギン?」
「ペンギンじゃないエリザベスだ。」
解答などないと思っていた問いかけに、静かな男の声が答える。
「は?」
間の抜けた声を出せば、長髪の男がぐいっと顔を近づけまた答える。
「は?ではなく、エリザベスだ。」
どうやらこの奇っ怪な生き物の名前らしい。
「はぁ…………エリザベスさん、ですか。」
そう答えれば、男は満足そうに笑った。
この人誰だろう………なんか、どこかで見たような?
記憶を思い返すが、情報が見つからない。
こんな時は素直に聞いてしまおうと結論付け、問いかけようと口を開いた途端
『―――ツラぁああ!死ねぇえ!』
爆音にかき消されながら、そう誰かが叫ぶ声が耳に届いた。
状況を把握するより早く、景色が後方へと流れて行く。
「えっ?え、えぇぇえ?!何?!何事ですかぁあああ?!」
あたしの悲鳴には答えず軽快に走るエリザベスさん。
そしてその肩に背負われたあたし。
正面に見えるのは、バズーカやら刀やらで武装した黒服の集団。
全く状況が理解出来ない。
「あの人たち誰?!って、うわぁああ!撃って来たあああ!」
一人騒ぐあたしをよそに長髪の男とエリザベスさんは軽々と民間の屋根に飛び乗り駆けて行く。
黒服姿の集団は、やがて見えなくなった。
「えっと、どういう事ですか?」
ここまで来れば大丈夫だ。そう呟いた男に問いかければ
「む、さっきの黒服姿の男たちの事か?あれは、武装警察真撰組だ。」
という丁寧な答えが返って来た。
「警察?あれが?!―――間違ってる。世の中絶対間違ってる!」
思わずこぼれた言葉に男は神妙な顔で頷いてから、今思い出したとばかりに話題を変えた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな?」
「アサヒです。」
酷く疲れた声音で答えれば
「アサヒか。良い名だ。」
とまた頷く。
名を誉められるのは、お世辞と分かっていても悪い気分ではないが問題は彼が何者であるか、だ。
隣に座っているエリザベスとやらもよく分からない存在だが、名前が分かってるだけマシだろう。
「えっと………あなたは誰なんですか?」
不信そうに問い返せば
「俺を知らないのか?」
そんな驚いた声が返る。
しばらく首を捻りながら先ほどの声を思い出しが、思い出したところで『ツラ』しか聞き取れなかったのだから意味がない。
「ツラだがヅラだか、言う名前ですよね?ちょっと爆音で聞き取れなくて……」
素直に答えれば
「ヅラじゃない!桂だ!」
と酷く憤慨したような声で返された。
怒るくらいなら最初から名乗ってくれれば良いのにと胸中で呟き名を繰り返す。
「桂さんですか………ん、桂?」
ふと引っかかる名前。
「かっ、桂小太郎!」
見覚えがあるハズだ。
江戸に来て最初に見たものは、彼の手配書だったのだから。
「お巡りさーむぐっ!」
「静かにッ」
こちらの口を塞ぎ、桂さんはそっと息を殺した。
「いたか?」
「こっちにはいませんでした。」
「そうか………。」
ざわざわとした空気の中、そんな言葉が聞こえてくる。
足音とともに声が完全に聞こえなくなってから、桂はゆっくり息を吐いた。
「不用意に声をあげるなど、見つけてくれと言っているようなものだぞ!」
生真面目なその声にすみません、と謝りかけてハッとする。
「って困るのはあなただけでしょう!あたしは、巻き込まれた一般市民ですッ!」
アサヒの主張に桂はふっと口元に笑みを浮かべた。
「そんな詭弁を並べ立てたところで俺の目は誤魔化せん。アサヒ、お前がこの腐りきった世の中を憂いている事はお見通しだ!」
「は?」
アサヒの口からは、本日二度目となる間の抜けた声がこぼれ落ちた。
「あ〜ッ!桂さんの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ!」
半べそをかきながらアサヒは叫ぶ。
「そう怒鳴らずとも聞こえている。」
もごもごと口を動かしながら器用に答えれば
「何カッコつけてるんですか?!―――あぁ………あたしのキツネ………」
蕎麦と出し汁だけになった器を覗きアサヒは呟く。
「む、アゲごときで大袈裟な。」
「人の器から強奪しておきながら何を偉そうに………昔から言うでしょ!食べ物の恨みは恐ろしいって。」
ジトリと睨みつけるその顔に微笑めば、呆れたようなため息が返ってくる。
「まぁ、アサヒ。代わりにコレをやろう。んまい棒だ。」
「桂さん、いい加減んまい棒で事を片付けようとするのやめませんか?」
「しかもチョコバーだぞ!」
「いや、そんなお得だ!みたいに言われても困ります。」
そう切り捨ててからアサヒは蕎麦を啜る。
「アサヒ」
「あぁ!もう、今度は何ですか?コーンポタージュ味でも出すつもりですか?珍しくゆっくりご飯が食べれているんですから少しは黙っていて下さいよ!」
不機嫌そうなアサヒの言葉には答えず、笑う。
「いや、こうしているとアレだな。」
「アレ?」
ずるずると蕎麦を啜る音が響く。
「まるで、でぇとしてるみたいだろう?」
「げほッ!なななな、何言い出すんですか?!」
赤い顔で動揺するアサヒは、妙に子供っぽい。
「映画でも行くか?ちょうど話題作の『となりのペドロ』が………」
「桂さん、追われてる自覚あります?」
尤もなアサヒの発言に頷き
「無論だ。心配せずとも逃げの小太郎の異名を取る俺は、変装の名人だぞ。」
「…………その割には、やたらつけられてますよね。」
アサヒはにこりともせずに呻く。
「……………まぁ、残念ながら今日も何時も通り屋根の上でぇとだな。」
「は?」
きょとんとしたアサヒの体を抱えれば狙ったように鋭い声と爆音。
小柄な体を抱えたまま屋根へと飛び上がる。
「全く、迷惑な連中だ。」
屋根の上を駆けながらそう呟けば
「自分で走れますから下ろして下さい!」
と腕の中のアサヒが騒ぐ。
「ふむ、背後の追っ手が少々邪魔だがお姫様抱っこした男女はやはりでぇとをしているように見えると思うのだが、どうだろう?」
「何が何でもデートだと言い切る気ですね…………言っときますけど、そういうのは思い合ってる人同士でやるんですよ!」
「ならば何の問題もないな。」
「は?」
「サッサとお邪魔虫を振り切って映画だな、アサヒ!」
楽しそうな口調で桂は告げた。
―――――――――
桂ルートです。
お兄さんどこいった!?
当初はヅラ子ネタでかまっ子倶楽部で豹変した兄と会う…というオチだったのですが桂ルートでヅラ子ネタってどうかなと思い訂正に訂正かけたらこんなオチに。
アサヒさんお付き合いありがとうございました。
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