夢小説(その他)
後編(A)
「おい、んなトコに座ってたら危ねーだろうが。」
ざわめきの中でも良く通る声に顔を上げれば、黒い服を着た男がこちらを見据えて立っていた。
「ごっ、ごめんなさい!」
反射的に謝罪を述べ欄干から降りれば、ふぅーっと男は息を吐く。
男の動作に呼応して細い紫煙がゆらゆらと空に登った。
「気をつけろよ。」
そう言い捨てた背中に慌ててアサヒは声を出した。
「す、すみません!あの、か、………かぶき町は…………どっちですか?」
唯一思い出せる地名を問いかければ、男の綺麗な顔が奇妙に歪んだ。
「何だ、お前迷子か?」
グサリと言い当てられ、思わず顔が赤くなる。
「あ、はい………実は………。」
アサヒと名乗る少女から経緯を聞いた土方は、深いため息とともに紫煙を吐き出した。
人を疑う事を知らなそうな少女が江戸に一人きり、それは間違いなく鴨がネギを背負った上にコンロと箸を持っているような状態だったに違いない。
まして人助けをして自分の荷物を諦めるなんて、善人にもほどがある。
「で、住所もかぶき町までしか覚えてねぇのか?」
そう問いかければ小さな体をますます小さくして、コクンと頷く。
全財産無くした上に、水かけられて大事な住所も分からない………じゃあ、まさに泣きっ面に蜂というヤツだ。
「あー………とりあえず、被害届受理してやるからついて来い。」
そう呟けば、きょとんとした顔で
「お兄さん、警察さん?」
と、問いかける。
真撰組と言えば、泣く子も黙る鬼の軍団だが………どうやらアサヒに思い当たるフシはないらしい。
短い同意にますます安心したのか、愛嬌溢れる笑顔がこぼれ落ちた。
「土方さん、ありがとうございました。」
深々と頭を下げたアサヒの常識人ぶりに思わず口から感嘆の息が漏れる。
当たり前と言えば当たり前の反応だが、最近出会うヤツ皆が非常識の世界で生きていたせいで余計にアサヒの反応は新鮮だ。
「次は、お前の兄貴探しだな。」
そんな胸中は悟られないように、話題を振ればアサヒは慌てて首を振る。
「そんなご迷惑かけれません。」
「迷惑も何も、場所も分からないヤツを放り出せるかよ。」
その言葉にアサヒはまるで神様でも見つけたような顔をする。
その顔が今日1日の彼女の悲惨さを物語っているようだった。
「兄貴探しも大事だが…………それより、お前メシ食ったのか?」
「え?」
その問いかけに、アサヒは、ぶんぶんと顔を横に振った。
「探してる途中に倒れられても面倒だ。メシくらい食わせてやるよ。」
その言葉に、しばらく悩んでからアサヒは「すみません、ありがとうございます。」と小さな声で答えた。
「遠慮せずに食え。」
どーんと目の前に置かれた料理をアサヒは不思議そうに見つめた。
「カツ丼土方スペシャルだ。心配しなくても、ここのカツ丼はマヨネーズとの相性が良い。」
此方の説明にコクンと頷いてからアサヒはパチリと手を合わせる。
「いただきます。」
丁寧に頭まで下げてからアサヒは、ぱくぱくと料理を口に運ぶ。
「どうだ、ウメーだろ?」
自分の分に箸を伸ばしながら問いかければアサヒは、コクンと頷く。
「美味しいです」
にこりと笑う顔に嘘は見られない。
もくもくと箸を進める姿に満足すれば
「土方さん、そいつは新手のいじめですかぃ?」
と背後から声が届く。
「あ?」
不機嫌な声で問い返せば、見た目だけは好青年な男が立っていた。
「犬のエサを食わせるなんざ、人間のする事じゃありやせんぜ?嬢ちゃん、無理する事はねェ。素直に『マズい』って言ってやんな。」
「えーっと…………?」
きょとんとしたアサヒは、新たに現れた人物が誰なのか理解するのに必死らしい。
「おい、てめー総悟。何しに来やがった?」
「何って、土方さんが若い娘連れて出て行ったってんで、心配して見に来てやったんでさァ」
許可なく席についた男は、ニタニタと面白いモノを見たとばかりに笑う。
「いやぁ、土方さんも人が悪い。俺には紹介すらしてくれねぇんですかィ?」
「ばッ、ちげーよ。俺は、」
「迷子の引率でしょ。分かってまさぁ、土方さんにそんな器量がねぇ事は百も承知ですぜ」
「どーいう意味だ、!コノヤロォォ!!」
今にも抜刀しそうな土方に沖田はニヤニヤと笑うばかりだ。
「そんな事より土方さん、こいつの兄貴の目星はついたんで?」
「今から、探すんだよ。」
ぼそりと答えた土方に沖田は、はぁ〜っとため息を吐く。
「アテはあるんですかィ?かぶき町っつたって、決して狭い範囲じゃないですぜ。」
「…………まぁ、なんとかなるだろ。」
「アサヒ、聞いたかィ?この頼りなさ。やっぱこの人はアテになんねぇ。」
「オメーが話をややこしくしてんだよ!良いから失せろ!叩き斬るぞ!」
「おやおや、土方さんは反論に困ったら『斬る』ばかりで困りまさァ」
そんな掛け合いを黙って聞いていたアサヒは、くすくすと笑い出す。
「仲が良いんですねー…………。」
「冗談キツいぜ。こんなヤローと仲良しなんて言われちゃ、夜も眠れねェ」
そう反論してから沖田は、土方を見据える。
「土方さん、こいつの兄貴の住所でさァ。」
「何でお前が知ってんだよ。」
「あー………ほら、俺、アイドルだから。」
「意味わかんねーよ!」
「ってのは冗談で………、言っちゃあなんですがこいつの兄貴有名ですぜ?知らねー方がどうかしてまさァ」
「は?」
問い返した土方に沖田は笑うばかりだった。
「いや、コレはないだろ。」
目の前に広がる光景に土方は一人ツッコミを入れる。
まず目に入って来た看板には『万事屋銀ちゃん』の文字。
日頃関わりたくない男No.1に輝く嫌な名前だが問題はそこじゃない。
問題なのは、その隣。
『ヘドロの森』
家の端々から木の根が見えるその場所は、店頭にポツリポツリと愛らしい花が並ぶ。
その前で閉店の為、片付けをしている一人の天人。
鬼のようなその姿は間違いなく、傭兵三大部族の一つ『茶吉尼』だ。
何度も何度も現地と紙に書かれた住所を見比べる。
アサヒの口から
「お兄ちゃん!」
という明るい声がこぼれるまで、それは続いた。
嬉しそうに兄に抱きつく姿は、少女が鬼に襲われているようにしか見えない。
って言うか………似てないにもほどがある、というかハッキリ言って詐欺だ。
「土方さん、ありがとうございました。」
明るい兄弟の声に土方はやや引きつった笑顔で頷いた。
「土方さーん!」
明るいアサヒの声に不機嫌そうな男の顔に笑みが浮かぶ。
「よぉ、アサヒ。配達か?」
「今、終わったところです。」
ぐしぐしと頭を撫でれば、気持ちよさそうにアサヒは目を細める。
その仕草は猫のようだが彼女は正真正銘、茶吉尼なのだ。
その証拠に日頃は髪に隠れている短い角がコツコツと撫でる掌を刺激する。
「土方さん、お昼一緒に食べませんか?」
アサヒの申し出に土方は笑う。
断る理由なんてない。
「早く行きましょう!」
ぐいぐいと手を引く少女に土方は小さく頷いた。
―――――――――
土方さんオチです。
ヘドロの妹かよッ!と突っ込んで貰えていたら嬉しいです(笑)皆さんの予想を裏切れていたら良いなぁ。
土方さんは真撰組に関する噂意外には疎そうなイメージです。沖田さんは常にアンテナ張ってそう。
因みに補足ですが、沖田さんが事情を知ってる上に名前を知ってるのは途中で盗み聞きしてたから。
彼の趣味は土方さんを陥れる事らしいのでそのくらい余裕です(多分)
今回、初めて前編後編の選択肢付きを作成してみました。
他の後編もお目通し頂けたら幸いです。
アサヒさん、お付き合いありがとうございました。
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