夢小説(その他)
豊饒(ZONE-00 弁天)
時とともに世は移ろい、何一つ永久と呼べるものはない。
やがて、来る終わりの時をあたしはただ待ちわびる。
時代とともに破棄された神の住まう場所は、聖域と呼ぶのを躊躇うほどひどく閑散としていた。
古びた社は朽ち、神の世へと通じる鳥居は寂れた色彩のせいで神聖さというものを欠いているように見えた。
参拝客の代わりに集まった野良猫たちが、にゃあにゃあと話し合いでもするかのように高い声をあげている。
カツンと鳴った靴音に話を邪魔された猫たちが軽く身じろぎをすれば、少し離れた場所に座っていた少女の瞳が此方を向いた。
「やあ、弁天。」
ひょいと片手をあげた挨拶からは神々しさというものを欠片ほども感じさせない。
「相変わらず暇そうだな。」
分かりきった言葉を口にすれば、アサヒは呑気に欠伸をこぼしながら頷く。
「静かでいいよ。」
皮肉とも本心とも取れる調子でアサヒはにこりと笑う。
「騒がしいのは苦手なんだ。」
そう続いた言葉は妙に言い訳くさい。
にゃあにゃあ、
そんな猫たちの話し声だけが静かな空間に響く。
それ意外の音と言えば、ザワザワとざわめく木々のこすれる音だけだ。
高い空と少し冷えた空気が『秋』の訪れを告げる。
すぐに木の葉も色付くだろう。
「もうすぐ、紅葉の時期だねぇ。」
此方の考えを読み取ったように絶妙なタイミングでアサヒは呟いた。
「昔は、息をつく間もないほど忙しかったんだ。秋は収穫の季節だから………」
豊饒、土地を潤す神は、ひどく老いたような口調で呟くとゆっくり息を吐き出した。
「今は気楽なもんだねぇ、山の民が飢えない程度に実りがあれば誰からも文句は言われない。」
その声は、過ぎ去った過去に焦がれているようにも重い重圧から解放された安堵にも聞こえる不思議な響きを含んでいた。
きっと両方だ。
そう弁天は思った。
信仰がなくなれば、神としての神格は失われていく。
もはや来るものすらいないこの社に住まう彼女へ信仰を持つ人間などいないのだろう。
しかし彼女は言ったのだ。
賑やかな…………豊穣を祝う神楽の席で。
『誰一人幸せに出来ない神なんて祭る必要ないのに…………』
そう、確かに呟いた。
幼い子供が泣くのを堪えているような痛々しい表情で……。
元々、神になる器ではないのだと思っていた。
『お願いします。どうか母の病気を治してください。』
毎日毎日、泣きながら訴える少女の姿に何度頭を垂れたか分からない。
土地を潤すしか才のないあたしには、病気の治癒も何も出来なくて………ただただ少女の為に祈る事しか出来なかった。
一人また一人と願う者の姿を見なくなる度に己の無力さを強く理解させられる。
無能なのだ、そう思う。
豊饒を司りながら、永久の恵みを与える事は出来ない。
流れ出た力が過ぎればそれは淀み草木は熟れ過ぎ腐されてしまう。
しかし力が少なければ草木は育たない。
与えても、与えなくても同じなのだ。
実れば実るほど、求められるものは多くなるのだから…………結局、全て無くなってしまう。
人々がこの地を捨てる決断をした時、あたしは悲しみより安堵した。
もう、求められる事がないのだ、と。
同時にそんな自分に失望したんだ。
こんな神が誰かを幸せにする事など出来るハズがない。
「行き先は決まった?」
スッと静かに近づいた一匹の猫にアサヒはそう声をかけた。
小さな声で猫は答える。
獣の言葉など一切理解出来ない自分にはアサヒの受け答える様が奇妙なものに見えた。
「元気でね………」
にこりと笑って答えたアサヒの姿を何度も何度も名残惜しそうに見つめながら猫の一団は鳥居をくぐり抜けていく。
それは、まるで何かの童話に出てきそうなちょっと不気味で不思議な光景。
入れ違い様に走って来た狸と舞い降りた山鳥の姿は、何か嫌な事を伝えている気がして、秋風が異様に冷たく感じた。
「無くなるんだよ。この土地が。」
アサヒの説明は呑気で、特別何の感懐も持ち合わせていないようだった。
あまりに気楽な物言いに大切な事を忘れそうになる。
「道路が通るみたいだけど昔のように山の民は暮らせない。残念ながら山桜はもう見れないね」
あはははは、と明るく笑う姿に怒りにも似た感情が浮かぶ。
「お前はそれで良いのかよ。」
「良し悪しの話をしてるワケじゃないよ。事実の提示。」
ふざけるような物言いに吐き気を覚えた。
そんな風に笑う話題じゃない。
ふざけるような内容じゃない。
それは、つまり………
アサヒという神が『消える』話だ。
神格も土地も奪われて、馬鹿な人間どもに使い捨てにされた哀れな神の話なのだ。
救いも何もあったものじゃない。
「…………弁天がどう思ってるか知らないけど、あたしはこれで良かったと思っているよ。あたしは神様に向いてない。」
黙り込んだこちらに何か思うところがあったのか、アサヒはふーっと息を吐き出しながら呟いた。
いかに恐れられても、敬まれても一介の魔物(もののけ)に過ぎない己には、神の向き不向きなど理解出来ない。
分かっているのは、今この場にいる神が身勝手な思考に踏みにじられている事だけだ。
それを仕方ない事だ、と割り切られるような聞き分けの良い頭は持っていない。
「だから大人しく消える道を選ぶってのか?潔さに吐きそうだ。」
何も知らないくせに、そう吐き捨てた。
「弁天なら足掻く?最後まで。」
アサヒの言葉は、ただの問いかけ。
にもかかわらず、それは此方を押しつぶしそうなくらい重い響きを含んでいた。
「自分の大事な魔女(プリンセス)の亡骸を食らってでも生き残ろうと足掻ける?」
ぐいっと近づいた面には、薄い笑みが浮かんでいる。
こんな状況でなければ、その距離の近さに心音が高鳴ったに違いない。
宝石のような両の目が真っ直ぐに此方を捕らえる。
冷たくも見える瞳は答えを知っているようだった。
「……………お前が望むなら。」
「何それ。答えになってないじゃない。」
零れた言葉にアサヒは呆れたように肩をすくめる。
出来るか否かを問うた質問に随分汚い回答をしたものだと、自分自身そう思った。
でも、それ以外の回答が浮かばなかった。
アサヒがそれを望むなら…………俺に生きて欲しいと願うなら…………きっと…………。
「もし、」
小さな声にアサヒの視線がこちらを向く。
「もし、俺が消えないで欲しいと願ったら、俺の望みを叶えてくれるか?」
神を見下ろしてそう問えばアサヒは鈴を鳴らすように笑い出した。
「あたしは豊饒をもたらすだけなの。誰かの望みを叶えてあげる事は出来ないわ。」
あぁ、本当に神は残酷だ。
願いを叶えてくれるような都合の良い神なんていない。
この世にいるのは、悪魔(モノノケ)ばかりだ。
「……………弁天、いい加減に白状しなさい。」
今にも崩れ落ちそうな社の片隅でアサヒは目を細めて呻く。
そんなアサヒをたしなめるように、にゃあにゃあと野良猫が高い声をあげて鳴いた。
「アンタが裏で糸を引いた事は分かっているんだからッ!」
道路工事が中止になった日からアサヒはそんな言葉ばかり繰り返す。
「さあ、俺は何にも知らない。」
口の端をあげて不敵に笑えばアサヒは小さく鼻を鳴らした。
話題の追求を諦める素振りを見せては、隙を見て話題をぶり返す。
「アサヒ様が俺の願いを叶えてくれただけだろ?」
「だからあたしは豊饒の神なんだってば!」
聞き慣れた言葉のやり取りに安堵を覚える。
多分、こんな当たり前を『幸せ』と呼ぶのだ。
「豊饒の神に願いを叶える力はないの!何回言えば理解するのよ!」
頬を膨らませた神は幼い表情で告げる。
「豊饒ねぇ………豊饒って事は、実りだろ?」
「そうよ。土地が肥えて穀物が豊かに実るってこと。」
「だから、お前が叶えたんだろ?俺とお前の恋の花が実を結んだワケだ。」
「馬ッ鹿じゃないの?!」
頬を朱色に染め上げた豊饒の神の高い声が響き渡った。
―――――――――
終
はい、ツッコミどころ満載ですがご勘弁を。
毎回毎回毎回毎回、弁天がヘタレ男になるので今回こそはでまた失敗(平伏)
匿名さん、アンケート参加ありがとうございました。時間かかってごめんなさい。
アサヒさん、お付き合いありがとうございました。
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