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夢小説(その他)
チョコレート(ネウロ 匪口)

可愛らしい色彩に彩られた街を歩きながらアサヒは首を傾げる。

「匪口さん、あれ何ですか?」

アサヒの細い指先が示すものは、この時期特有のコーナーだ。

「何って…バレンタインだろ?」

「バレンタイン?」

眉を寄せた少女の解答に、どうやら魔界にはない風習なのだと理解すると匪口はありきたりな説明を口にする。

「つまり、お世話になった方々にチョコレートというものを贈る日なんですね。」

人間は大変ですねぇ

と繋げたアサヒの発言から、贈るつもりがない事を読み取りゆっくり息を吐く。

別に期待していたわけじゃないけど…。

そう胸中で呟く時点で期待していた事をありありと理解すればアサヒの大きな瞳がこちらを見つめている事に気づく。

「匪口さんもチョコレートいりますか?」

こくりと首を傾げて問うアサヒに、何となく情けない気持ちになってぷいとそっぽを向けばアサヒは考え込むような仕草の後で頷いた。

「少し待っていて下さい。」

アサヒはそう告げると甘い香りと鮮やかなラッピングに包まれたコーナーへと走っていく。

女性の店員と話す姿をちらちらと目で追いまたため息をつく。

彼女が自分とは違う生き物である事を知っても変わらなかった淡い感情を告げてからどのくらい経ったのだろう。

あの日の決断から変わるはずだった関係は未だに進展がない。

大勢の知人と恋人であるはずの自分にどんな差があると言うのだろう。

何も変わらない。

呼ぶ声も表情も何も…。

幸せそうに手を繋いで歩く恋人に、彼女の手を握った事はあるだろうかと考えてまたため息がこぼれる。

一人で歩くのと何も変わらない。

違うのは耳から聞こえる情報が音楽であるか周囲の雑音であるか………ただそれだけ。

こんなの付き合ってる。なんて言わないよな。

浮かれていたのは自分だけで、アサヒの興味は何一つこちらに向いていないのかもしれない。



「…………匪口さん、具合でも悪いんですか?」


ふと響いた声はほんの少し心配をするような音色でゆるゆると視線をあげればアサヒの瞳と目があった。

大量のチョコレートの入った袋を抱える姿は、少し異様でもある。

「………大丈夫ですか?」

もう一度問うアサヒに頷けばにこりと小さな笑みが返る。

そんな些細な事に喜んでいた日が懐かしい。

いつしか、貪欲な心が誰も知らない彼女を求め、自分だけのアサヒを欲する。

急激に変わっていく自分の感情。

歩き出すのが億劫だ。

何故、彼女なんかを好きになったんだろう。

普通の女の子を好きになれば、こんな感情を覚える事もなかったのに………



「ねぇ、匪口さん。」

暗く淀む思考をせき止めるようにアサヒの静かな声が響く。

「人は、手を繋ぐことが恐ろしいとは思わないんですか?」

アサヒの言葉にまるで思考を読み取られたのかと、ドキリとして彼女の視線が道行く人々を映している事に安堵する。

「別に怖くないけど…」

少し冷たい口調で答えれば、アサヒは澄んだ瞳を向け呟く。

「片手が使えなくなるのに………?」

彼女の言葉が理解できなかった。

アサヒもそれを読み取ったのだろう。

「あたしと匪口さんが手を繋げば、どちらかが利き手を失う可能性があります。慣れない手で戦うのは恐ろしくないですか?」


あぁ…本当に俺は何も知らないんだ。

泣き出したい気分になった。

自分の感情ばかりに振り回されて、違う世界を生きる彼女を理解しようともしなかった自分が酷く情けない生き物に感じた。

ただそこにいるだけで死の危機と隣り合わせで生きてきた彼女と甘いチョコレートのような平凡な生活をおくってきた俺

鏡合わせのような俺たちが、普通の恋人になれるはずなどないのに。

それでも、と気持ちは揺らぐ。

ゆっくり手を差し出せばアサヒは少し悩んでから手を結ぶ。

はじめて握った手は、熱くも冷たくもない。

「温かいですね」

というアサヒの何気ない感想に熱があがる気がした。





「…………はい、どうぞ。」

白い指先が差し出すチョコレートは小さく丸い形をしている。

「アサヒ、俺チョコレートだけでお腹いっぱいなんだけど…」

大量購入されたチョコレートは何時までたってもなくならない。

うんざりしたような声で答えればアサヒは困ったように眉を寄せる。

「あたしは食べれませんので…匪口さんに食べて頂けないと無駄になります。」

アサヒの言葉に渋々口を開けチョコレートを頬張る。

甘いチョコレートは少量であればさぞかしおいしかったに違いない。

しかしここまでくれば、味などもはや分からない。

無駄になる。なんて考えがあるなら何故こんなに大量に購入したのかと、アサヒの行動に首を傾げ一つの答えに行き当たりため息をこぼす。

原因は桂木 弥子にあるのだろう。

日頃、彼女のような胃袋の持ち主と行動していれば…一般的な食事量が分からなくなるのは仕方ない。

まして、食事をとる事がない体なら尚更だ。

そう結論する反面、恋人の自分の食事量くらい覚えてくれていても良いのではないかと恨みがましい気持ちにもなる。

密かに脳内で葛藤を続ければ、アサヒの指先は新たなチョコレートを差し出す。

言うべきか言わざるべきか悩んでから匪口は口を開き呟く。

「あのさ、俺…桂木と違ってあんなに食わないから。」

その言葉にてっきりキョトンとした顔をすると思った恋人は至極当然と言った表情で頷くとチョコレートを差し出したまま

「知っています。」

と答える。

逆にキョトンとしてしまったこちらの顔を見据えたままアサヒは続ける。

「愛しいという思いを込めてチョコレートを贈るならたくさん贈った方がたくさんの気持ちが届くでしょう?」


あぁ、そんなの反則だ。

そんな理由を聞いてしまったら、食べない訳にはいかないじゃないか。

うんざりした気持ちを恥じて、アサヒの指ごとチョコレートを口に含む。

とろりと溶けたチョコレートより甘い指先を舐めあげて、永久の愛を誓おう。



―――――――――


匪口夢を3本書いて一番マシなものをアップしましたが匪口君の偽物っぷりが酷いですね(汗)


匿名さんアンケート参加ありがとうございました。

アサヒさんお付き合いありがとうございました。

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あきゅろす。
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