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裏夢
世界の確約(トリブラ 教授)

「呪われた忌み子が人の真似をするとは随分滑稽な話だな。」

冷ややかな声でそう侮辱された少女は、場の凍りついた空気の中でも揺らぐ事なく微笑んだ。

「そのように仕込まれておりますので、どうぞご容赦を…。大司教猊下」

「貴様に呼ばれるなど吐き気がする。」

「申し訳ございません。」

にこやかな微笑を崩す事なくアサヒは答える。

バシャンとその顔めがけて水をかけられても、アサヒの表情は変わらなかった。

ぽたぽたとアサヒの髪から水が滴る。
「……穢らわしい異端児が、なぜあの時貴様が処分されなかったのか不思議でならぬ。」

吐き捨てるような男の言葉にアサヒは少し視線を下げた。

それが気にくわなかったのか、男は中身を吐き出した器を投げつける。

アサヒに向け投げられた器は彼女の額を切り白い顔を赤く赤く染め上げた。

白い尼僧服を赤く染めたまま、アサヒは男を見据える。

「もう良い、さがれ!」

鋭い言葉にアサヒは恭しく頭を下げると広間を後にした。

ポタリポタリとアサヒの足跡をなぞるように赤い水が、床に模様を描いた。



「アサヒさん、大丈夫ですか?!」

廊下に出るなりかけられた声にアサヒは振り返る。

「何が?」

「うわっ、血まみれじゃないですか、酷い…」

「慣れてるよ。」

銀髪の神父の言葉に答えながらアサヒはぐいっと額を拭う。

「こんな事に慣れちゃダメです!」

そう叱責しながら、アベルはハンカチをアサヒの額へ押し付けた。






「…………私、アサヒさんに何と言えば良いのか…分からなかったんです。」

そう呟きうなだれた男の姿に教授はゆっくりと紫煙を吐き出した。

同じ場所にいたならば、自分は何とあの少女へ声をかける事が出来ただろう。

そう考え…言葉を失うという表現がもっとも適切だと思いため息をこぼした。

幼い少女を慰める言葉すら出てこない事に深く深く息を吐いた。



鏡を確認して、額の傷が薄くなった事を確認する。

髪で隠れるように頭巾を被り直してからアサヒは、鏡に向かって笑みを作った。

見慣れた嘘くさい微笑に思わずため息がこぼれる。

もっとうまく笑わなくちゃ…誰も気づかないように。

そう胸中で呟き、もう一度鏡に向かって笑みを作る。

歪な笑顔は泣いているように見えた。




「失礼します。」

そんな言葉をかけながらドアを開く。

毎回、少し背筋が伸びるのは…やはり意識をしているからだ。

文字通り、少しでも近づきたくて背伸びして…そんなあたしに教授が微笑ましそうに笑うからまた繰り返す。

ゆっくりドアを開けば、甘い紅茶と紫煙の香り…そしてインクの香りが出迎える。

あの人を形作る香りに浮かんだ笑みは間違いなくあたしの顔だろう。

そろりと視線をさまよわせれば、目当ての人の姿は見えず…ゆっくり足を踏み出せばドアがぐいっと開かれた。

バランスを崩したあたしを受け止め、紳士はくすりと笑みを零す。

「アサヒ君、今日は随分、しおらしいご登場だね。」

からかうようなその声に、それじゃあまるで日頃のあたしが暴れん坊のようではないか。

そんな非難を瞳に乗せれば、知的な瞳の紳士はくすりとまた笑う。

「レディに対して失礼だったね。さて、可愛らしいお嬢さん。今日はどんなご用かな?」

パチリと悪戯っぽいウインクを贈る紳士に今度はアサヒがクスクス笑う。

ふわりと近づく紫煙の香りに顔をあげれば、髪を除け必死に隠した傷痕が灯りの下にさらされる。

バツが悪そうに下がる視線。

彼女に非などないというのに…

そっとなぞるように口づけを落とせば、恥ずかしそうに頬が染まる。

僕は、何と言うべきなのだろう?

幾つもの回答は、唇に乗ることなく消えていく。

傷つけられた君に告げる言葉が見つからない。

君が望むなら躊躇う事なく剣を振るおう。

ただそれを君が決して望まない…その事を知っている僕は、君にどんな言葉を贈れば良い…?




癒やすような口づけに、あたしは恥ずかしくて視線をさまよわせた。

隠していた事を叱責されているようで、心苦しい。

「アサヒ君」

柔らかな声に、何と答えれば良いのか分からずあたしは黙り込んだ。

痛くないよ。

大丈夫。

何時もの事…慣れているから…。

そのどれもが、吐き出すには嘘くさくて…そう言ってしまえば、あなたの微笑が陰る気がして…何も言えなくなってしまう。

あまりにあなたが優しいから、溢れてしまいそうになる疑問をあたしは、ごくりと飲み込んだ。


何故

あたしは

あなたと

同じ生き物に

生まれることが

できなかったのでしょうか…?

答えなどない問いかけ。

きっとあなたは困ったように眉をよせ知的な青の瞳いっぱいに切なそうな色をのせる。

答えなどない問いかけに…あたしはどんな答えを求めているのだろう。




静かにおりた沈黙は、心地よいほど穏やかで…恐怖するほど物悲しい。

こんな時、あなたに何と告げれば良いのか…

そんな言葉を巡らせば、同じような顔をした教授と目があって、どちらともなく笑い出した。




静寂に満ちる空間に生まれた明るい声に、心の底から安堵して笑みを深めた。

この心を表す言葉が見つからなくて、もしも触れ合うだけで全ての気持ちが伝わったなら、とありもしない幻想を抱く。

もしも、思いが伝わるならば…そんな思いを両腕に託し小柄な体を抱きしめる。

きっと言葉にならない思いを抱いているのは、彼女も同じなのだと…そんな思いが伝わった気がした。

「アサヒ君、よく我慢したね。」

自然とこぼれた言葉に、腕の中の少女がかすかに反応を返す。

こんな小さな彼女にかかる火の粉さえ、振り払う力が己にはない事を実感すれば暖かな手が頬に触れた。

「………どうして、泣いているんですか…?」

ひたりと頬に触れた熱は、熱いくらいに彼女の存在を僕に知らせる。

「アサヒ君の代わりに泣いているんだ。」

そんな馬鹿げた答えを出せば、アサヒは困ったような笑みを浮かべた。

彼女の痛みと苦痛、そこに加わったのは無力な自分への怒り

頬を伝う感触に目を閉じれば、温かいものが頬に触れる。

ゆっくり目を開けば、にこりと笑ったアサヒの顔。

ひまわりみたいな、明るい笑み

頬を伝う涙をぺろりと舐めあげるとアサヒはそっと口づけを贈る。

「涙の味がしますね。」

そんなありきたりな感想に頬を熱くすれば、同じように頬を赤らめたアサヒが困ったように眉をよせる。

「教授が好きです、だから泣かないと決めたんです。泣いたら、好きな人の姿がぼやけてしまうでしょう?」

彼女が呟く言葉に頷き、抱いた両腕に力を込める。

「素敵な理論だ。でもね、アサヒ君…僕の前では泣いて良いよ。その分距離が近くなるから。」

そう耳元で囁けば、小さな魔女は潤んだ両目を震わせて頷く。

見えない分だけ近づいて、その体を包んであげよう。

本音を話せない君が僕の前では歌えるように。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


亜由美さんから頂いたリクエスト
すれ違い系切甘教授夢

最初にリクエストを見たときエロネタが浮かんだ自分は終わっていると思います。

すれ違い…違ってないなぁ(汗)
最近、『裏』の定義が曖昧になりつつある鴉
これ、表でも良かったかも知れない。
ま・いっか(笑)

亜由美さんアンケート参加ありがとうございました。

アサヒさんお付き合いありがとうございました。

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あきゅろす。
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