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裏夢
世界の確定(トリブラ 教授)

「失礼します。」

そんな言葉を口にしながらドアを軽くノックする。

「教授…あれ?」

きょろきょろと視線を動かしても部屋の主は見当たらない。

静かな部屋にあるのは、ふわりとした紅茶と紫煙の香りだけだ。

特別用事がある訳じゃない。

それでも、この部屋から出たくないと頭の隅で誰かさんが訴えた気がした。




国務聖省の中庭で教授はゆっくりと紫煙を吐き出す。

ほんの少し冷えた風が紫煙を運ぶ様を眺めれば、隣に立つ美女はくすりと笑った。

「…相変わらずですね。教授」

「君も元気そうで良かったよ、ノエル君…AXを脱退したキミにお願いするのはいささか申し訳なかったが、人材不足が深刻でね」

軽く肩をすくめる紳士にノエルは穏やかな微笑で答えた。

彼の青い瞳が想い人の瞳と重なる事を自覚しながらノエルはゆっくりと息を吐く。

そばにいるのが辛くて離れたというのに…どこかでまだ期待している。

そんな自分の心情にいささか呆れれば、ふと向かいの廊下からこちらを見つめる影に気づく。

軽く手を振れば、小柄な少女は大きく手を振りかえした。





随分と時計の針が進む速度が遅い。

アサヒは暇そうに教授の机に座りぶらぶらと足を揺らす。

何度目になるかわからないため息をつき、アサヒはぐるっと部屋を見渡した。

もしかしたら、この部屋だけ時間が長く設定されているんじゃないだろうか…なんて馬鹿げた事を考える。

もう一時間ちかくこの場所にいる気がするが、時計は5分も経っていない事を告げる。

自分の変化に戸惑う。

時間とは不変なものであると…あたしは知っているはずなのに。

時計がなくとも日は上り、誰が悔いても日は沈むのだ。

ゆっくりと、息を吐き出して…アサヒは机から飛び降りる。

黙って待つのは、性に合わない。

カツンと鳴る靴音はやけに大きく聞こえた。




少しだけ冷えた空気が包む中庭は、穏やかなくらい静かで…アサヒはすっと目を細めた。

そんな中庭のすみに、久しい姿を見つけアサヒは口元に微笑を浮かべる。

小さく振られた手に大きく答えながら窓を開ける。

十数メートルの高さから軽々と飛び降り中庭に降り立つとアサヒは女の名を呼んだ。

「ノエルッ!」

パタパタと母親を見つけた子供のような足取りで白い尼僧服を纏う女に駆け寄る。

甘い香水の香り

すごく懐かしい香り

この香りが好きなのは、きっと彼女が好きだからだ。

「アサヒ、元気にしてた?」

ぽすっと頭巾越しに触れるしなやかな手にアサヒはニコニコと微笑んだ。

「元気だよ。ノエル、今日はカテリーナ様に呼ばれたの?」

小首を傾げた少女にノエルは笑みを深め

「えぇ、教授のお手伝いにきたのよ。」

と答えた。

ズキリと胸の奥深くに痛みを覚えアサヒはぎゅっと尼僧服の胸元を掴む。

あれ…なんか、今

痛かった…

「丁度良かったわ、アサヒ、カテリーナ様はどちらに…?」

「執務室に…いると思う…」

「そう、ありがとう。」

にこりと笑うノエルの顔

なんか…変だ。

胸のところが痛いような気持ち悪いような…奇妙な感覚。

彼女の香水が妙に鼻につく。

初めての感覚にアサヒは数度まばたきを繰り返した。

「………アサヒ君、危ないから飛び降りるのは止めなさい。」

穏やかな声

紅茶と紫煙の香り

「教授…」

男を呼べば知的な青い瞳に穏やかな色が宿る。

「少しはノエル君を見習って…」

ズキリ

まただ。

「アサヒは、元気な姿が一番ですよ。ね?」

同意を求めるノエルの顔が見れない。

何だろう。

分からない、痛い。

「…………アサヒ、どうかしたの?」

ノエルの手が頬に触れる。

パシッと乾いた音が響いた。

手を叩かれたノエルが驚いたように自分を見つめていて、隣に立つ教授も同じような顔をしている。

「アサヒ…」

名を呼ばれてはっとする。

「うわっ、ノエル、ご…ごめんなさいっ」

慌てて謝罪するあたしを2人は黙って見つめていた。





「アサヒ、今回はあなたにも同行を命じます。」

カテリーナ様の言葉にどう答えれば良いのか分からなかった。

ノエルと教授の任務に同行…

「……………嫌です。」

答えを考えるより早く口から答えがこぼれ落ちた。

カテリーナ様の視線が刺さる。

「お、お腹痛い…です…」

視線を下げたまま呟けば、豪奢な金髪の主の唇からは呆れたようなため息がこぼれた。

「アサヒ、あなたの心情は任務とは関係がない。違いますか?」

カテリーナ様の言葉に顔が熱くなる。

「…まぁ、猊下。アサヒだって気分の優れない事は…。」

ノエルの庇う声が遠くに聞こえ、アサヒはますます俯く。

「アサヒ君、大丈夫かね?」

教授の声が何時もと変わらぬトーンで響きアサヒは無言のまま執務室を後にした。

カテリーナ様の鋭い声が背中越しに聞こえあたしは言葉通り執務室へ逃げ込んだ。



痛い、苦しい

何だこれ………

ノエルが好き

カテリーナ様も好き

でもそれ以上に…

そこまで考えてアサヒはバサリと頭巾を外す。

違う違う違う違う違う。

認めるもんか。

この感情の名前は知ってる。

でも嫌だ。

知りたくない。

分かりたくない。

だって、こんなのあんまりだ。

嫉妬する相手が敬愛する上司と大好きな同僚だなんて…。

ボロボロと涙がこぼれた。

こんなに自分が幼いだなんて考えた事もなかった。

磨き上げられたガラスには、情けない顔の自分がぼんやりと映っている。

「こんな場所で何をしているのかね?」

ぽんと誰かが頭に手を乗せる。

誰か…?否、顔を見なくてもわかる。

紫煙と紅茶の香り

ぐしぐしと尼僧服の袖口で涙を拭えば、後ろからぎゅうっと教授に抱きしめられた。

「教授…?」

「いや、不謹慎だとは思うんだがね。アサヒ君の感情が僕に向いている事が素直に嬉しいんだ。」

「……………う〜…」

じわりじわりとまた涙が滲む。

「あたしは嫌ですぅ〜…うぅ…ぐすッ」

ボロボロと泣きながら呟くあたしは相当間抜けだ。

感情を理解する度に、あたしは弱くなっていく気がする。

「アサヒ君、」

名を呼ばれても返事なんてできない。

出てくる声が弱々しくて情けないに違いないから。

これ以上情けない姿は見られたくない。

「アサヒ君」

教授の声にますます視線が下がる。

教授が小さく笑う気配がして…くるりとあたしの体は教授へと向き直る。

突然体にかかった負荷に情けない声をあげ思わず顔をあげてしまった。

あなたの顔に浮かんだ微笑があまりに優しくて…また泣き出しそうになったんだ。




嬉しい気持ちが半分
驚愕が半分

勝手な憶測だと君は怒るかも知れないけれど、君は好きの幅が広すぎて…くだらない独占欲とは無縁なのだと思っていたんだ。

瞳に浮かんだ、迷いと哀切、友愛と敬愛の狭間に浮かんだその色に歓喜したと伝えれば彼女はきっと首を傾げるに違いない。

顔には出さない、押し殺した感情は紫煙と共に空へ上り溶けていく。

そうした僕の小さな矜持で守られた言葉と微笑に君が安堵して笑うから…僕の口からは当たり障りのない言葉しか出てこない。

紳士的…そんな言葉をかき消すほどの独占欲、それは君に見せられるほど綺麗なものではないからと、紫煙に含ませ空へと飛ばす。

繰り返した空への伝達は、いつしか君に向けられていたらしい。

敬愛と友愛の狭間に浮かんだ感情に戸惑い涙するアサヒに僕は笑ってしまうんだ。

あまりに綺麗な彼女という存在に。

大きな瞳に自身へ向けられた嫌悪を見つけ、そっと目元へ唇を落とす。

ぺろりと舐めあげたそこは、悲しみが溶けた味がして…、また僕は笑う。

りんごのように赤く染まった顔

さ迷う視線

吐き出す言葉を探すように、アサヒの口からは言葉にならない音がこぼれる。

その音さえも飲み込むように口づければ、少しだけ目を見開いて…思い出したように目を閉じる。

触れるだけ…なんて余裕はなくて、小さな舌を求めれば恐る恐る舌が絡んだ。

「んっ…ん、」

微かにこぼれる声

そこにどれほどの情欲を抱くか彼女は知らないだろう。

ゆっくり唇を離せば、唾液の糸が僕らを結びやがてふつりと途切れる。

真っ赤な顔

「アサヒ君」

目も合わせない君の心情がわかるから僕は何度も君を呼ぶ。

情けないくらい可愛い声で悔しそうに笑う君が…観念して、僕の名を呼ぶまで。

僕は名を呼ぶよ。




仕事と私情は分けて当然。

私情なんて任務に持ち込むべきじゃない。

猊下の言い分が正しい事は誰にとっても明らかで、僕の仕事は間違いなく…ローマ1の頭脳を駆使し、幼子にも分かるよう説明して然るべき。

だけど君にだけ言おう。

君が向ける独占欲が僕に向いているのなら、ローマ1の頭脳を駆使し…君と2人になる方法を考える。

だから心配なんてしなくて良い。

ただただ、君は真っ直ぐに僕に心を告げなさい。

君の心を聞く度に僕らの世界は形を成す






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


えーっと、紳士暴走(笑)

教授は以前、婚約者をなくしていたと記憶しています。

って事は独占欲人一倍強そう…と思いながら書いていたら教授がワケがわからない方向に…。

補足
今回の話で完全にカテリーナ様と教授の位置(順位?)が逆転し、世界が確定。子供特有の可愛らしい独占欲じゃなくて、女性として上司や同僚にも取られたくない。そのくらい強い独占欲が主人公にも生まれたらいいなー…というお話が書きたかったのですが教授の紳士さの欠片もない感じに我ながら引きました(汗)

さらに、裏にならなくてごめんなさい。

亜由美さん、リクエストありがとうございました。

アサヒさん、お付き合いありがとうございました。

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