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裏夢
世界の再構成(トリブラ 教授)


「アサヒ君、どうして僕が怒っているか分かるかい?」

幾分か低い声で問えば、白い尼僧服を纏った体が微かに震えた。

黒い瞳は決してこちらを見る事なく、耐えるように足元を見つめている。

「アサヒ君」

もう一度名前を呼べば観念したように、ゆっくりと視線が上がりようやくそこで目があった。

何時もは屈託のない笑顔を浮かべるその顔には、困惑の色が濃く浮き上がり改めて彼女が何も理解できていない事を伝えていた。

「…アサヒ君、キミは自分が何をしたのか理解出来ていないようだね。」

問いかけではなく断定。

「あの、教授…あ、あたし…」

おずおずと口を開いた彼女の声は震え、親に叱責される子供のようだった。

徐々にまた視線が下がり、床を見つめながら答える。

「…あたし、教授が怒ってる理由が…分からない、です。ごめんなさいっ」

消え入るような声で予想通りの回答。

最初から分かっていた。否、分かっているつもりだった。
研究所という閉鎖された世界で育った彼女が他者の感情に疎い事は。
彼女の判断基準はミラノ公で、そこに彼女の意志はない。

「アサヒ君」

「ごめんなさい…」

名前を呼ぶだけで震える体は幼い頃受けた教育紛いの虐待の為だ。

その細く小さい体には包帯が巻かれ、妙に痛々しい。

「アサヒ君、任務中の怪我は仕方ないと思うが…どうしてアベル君の援護を待たなかったのかね?」

その言葉にアサヒの顔に浮かんだものは、どこか呆れたような表情だった。

「必要ないと判断したからです。」

ハッキリと告げられた言葉。

「あの状況で一番避けなければならなかった事は、ターゲットを逃がしてしまう事でした。」

彼女の言葉は正しい。それ故に納得が出来ない。

「アサヒ君、今回はその程度の怪我ですんだけれど、次はどうなるか分からない。キミはまたそんな危険をおかすつもりなのかい?」

その言葉にアサヒは、顔色一つ変えずに答える。

「トレスがカテリーナ様の銃ならば、差しずめあたしは、弾丸です。弾丸は戻る必要はない。ただ役目を全うすれば良い。」

彼女が悲観してそう告げたのならいくらでも答えを出す事が出来る。
それ以外の答えがある事が分からない子供には、どう説明したら良いのだろう。

「アサヒ君、キミは…」

陶磁器のような滑らかな頬に触れれば、アサヒの顔に嫌悪の色が宿った。

「離して下さい。」

拒絶というには弱々しい声でアサヒは教授の手首をつかんだ。

手袋越しに触れられた右手を引き剥がすように力を込める。

教授が軽く肩をすくめたのがわかった。

「アサヒ君、僕はキミの心配すらしてはいけないのかな?」

何時もと変わらぬ口調で問えば、少しだけアサヒは目を伏せた。

「…もう関わりたくないです。」

小さい声で告げられた言葉。

「これ以上、あたしの世界を壊さないで下さい。」

それだけ告げるとアサヒは、ゆっくり立ち上がる。

彼女が扉を閉めた音がやけに大きく聞こえた。







あたしは、弾丸と同じ消耗品。主の元に帰る必要なんてない。まして、戻りたいと願う場所が主以外にあるなんて…そんな事認められない。
だって、それはあたしの今までの生き方を否定する考え方だ。カテリーナ様の駒として生きて、あの人の敵を滅ぼす事、それ以外の価値なんて必要ない。

「アサヒさん」

それなのに、会いたいと願う人は知的な青い瞳の男なのだ。
どこか頭の中が壊れてしまったに違いない。自らの熱で、脳の回路が焼き切れたのだ。それ以外に考えられない。

「アサヒさん」

「え、…はい?」

「はい?じゃないですよ。どうしたんですか、ボーっとしちゃって…任務終わって気が抜けちゃいましたか?」

「任務…?いつ、終わったの…??」

アベルの言葉通り、今は列車の一室にいる。見慣れた景色から、それがローマへ帰還する為の列車である事は一目瞭然だ。

唖然とした表情を浮かべ数分間固まった後、アベルは心配そうに呟く。

「アサヒさん、あの…どこか具合でも悪いんですか?それとも悩み事??
私で良ければ相談に乗りますよ。」

「…悩みなんてない。」

窓の外を見つめながら呟く姿を見て、どこに彼女の言葉を信じられるものがいるだろう。

アベルはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「アサヒさん、私そんなに信用出来ないですか?」

その言葉に彼の顔を見つめればあの人とは違う青い瞳が優しい色を浮かべていた。

「あたしは、どこか壊れているんだと思うの。カテリーナ様以上に大切なモノなんて…有り得ないのに。」

アサヒの言葉にアベルは、キョトンとした顔をした後微笑んだ。

「全然問題ないですよ。大丈夫です」

へらっと笑ったアベルを睨みつけアサヒは怒鳴るように答えた。

「問題だらけよ!帰る必要なんてないって思ってきたのに帰りたいと思うし、いないと不安になるし、こんな感情必要ないわ!」

あまりにもストレート過ぎる言葉にアベルは、思わず笑ってしまい慌てて口を塞いだ。

案の定、アサヒは鋭い目でこちらを睨んでいる。

余計な事を言えば燃やされてしまいそうだ。

話題を逸らす為に、アベルはこんな言葉を口にした。

「……そういえば、アサヒさん。ケイトさんから通信が入ったんですけど教授体調崩してるみたいですよ。忙しいから休めないらしくて…心配ですよねぇ」

全く心配していない口振りで呟けばアサヒの顔に動揺の色が浮かぶ。

彼女が誰を思っているかなんて明らかで、彼女の周りの人間はみんな知っている。恐らく気づいてないのはアサヒ本人くらいのものだろう。

「私がカテリーナさんには報告しておきますから、教授のお見舞いにいかれては如何ですか?」

「でも…」

「それに、アサヒさん…ぼんやりしてたから報告できないでしょ?」

苦笑しながらそう言われてアサヒが言葉を失う。

「私に任せて下さい」

にっこりと笑ったアベルに、アサヒは小さく頷いた。







「アサヒさん、そんな顔しなくても大丈夫ですよ。気にしないで下さい。」

申し訳なさそうにこちらを見つめるアサヒにアベルはニコニコと笑う。

「じゃあ、今度何か奢って下さい」

自分よりずっと低い位置にある頭を撫でながらそう呟くとアサヒはこくりと頷いた。

「…アベル、ありがとう」

照れくさそうにそう告げるアサヒにアベルは小さく手を振る。

白い尼僧服をはためかせ走ってアサヒにアベルを小さくため息をついた。

「あんな顔されたら協力するしかないですよね…」






ゆっくりと深呼吸を繰り返してから扉をノックする。

「失礼、します…」

数週間ぶりに踏み入れた部屋は相変わらずひやりとした空気に包まれていた。

迎えてくれたのは、静か過ぎる部屋と机に散乱した書類。

「…教授?」

しかし目当ての人物は見当たらない。

代わりに目に入ったのは、ソファーの背にかけられた黒い上着だ。微かに、紅茶と紫煙の香りがする。

「教授…」

もしかして、酷く体調が悪いのだろうか?考えれば考えるほど不安になる。服を抱きしめたまま立ちすくむ今の姿を昔の自分が見たなら卒倒するに違いない。

「…会いたい」

ポツリと呟いた独り言

「それは光栄の至り」

柔らかい声が答えた。

その声に振り返ると珍しいことに黒い僧衣を着崩した男と目があった。

「アサヒ君、元気そうで何よりだ。」

ニコニコと笑う顔は少し疲れているように見えた。

「教授、大丈夫ですか?体調が悪いと聞いて、それで…」

あんな失礼な事をしたのだ。きっと怒ってるに違いない。ビクビクと怯えながら呟くと、紫煙の香りが強くなった。

ずっと近くなった距離に心臓が高鳴る。

「あ、の…教授」

視界が黒で覆われたと認識した時には、紫煙と紅茶の香りに包まれる。

「教授、…ごめんなさい。」

消え入るような声で呟くと、白い手袋に包まれた手が頬に触れる。

そこからじわりと熱が伝わり涙が出そうだと思った。

「んっ…」

降ってきた熱に目を閉じる。

青い綺麗な瞳が視界から消え寂しいと思う。

ゆっくりと離れていく熱にあわせて目を開けば、青い瞳と目があった。

「アサヒ君」

「…教授の存在が大きくて怖くなります。あたしの世界が壊れていくのが分かる。」

すがりついた体はずっと自分より大きく頼もしくて、ちっぽけな恐怖など打ち消してくれそうだと思った。

「だから、離れたいと思ったのに離れれば離れるほど不安が増して何も考えられなくなる…あたしは、どこか壊れてしまったのでしょうか?」

「アサヒ君、いくら僕が紳士とはいえ、僕も男だ。そんな事言われては耐えられないよ。まして、愛しい女性なら尚更ね。」

耳元で囁かれた声は心地良くて…何もかも忘れてしまいそう

「教授…」

近くなった頬に唇を寄せれば教授が苦笑を漏らす。

「アサヒ君、そう誘うものではないよ。」

パサリと尼僧帽が落ち、露わになった黒髪にキスが落ちる。

額から頬、首筋と体のラインを辿るように落とされるキスにアサヒは小さい声を漏らした。

「アサヒ君の声は、可憐だね。抑えられなくなりそうだ。」

余裕のない声

「だが、性急に事を運ぶのは紳士として相応しくない。僕は大人としてキミが同じ舞台に立つのを待たなければ…ね。」

名残惜しそうに離れていく熱にアサヒは笑う。

「教授…大好きです」

満面の笑みで告げられた言葉にローマ1の頭脳と称される男は、耐えるように頭を抱えるばかりだった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



アンケートで頂いた教授裏夢
裏か…これ?
長い割には不発という…何とも言い難い出来に。
すみませんでしたぁぁ(滝汗)
補足するなら教授体調悪いですよ〜って発言はアベルの嘘です。

えっと…アサヒさんお付き合いありがとうございました。

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