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裏夢
doll- 4(トリブラ トレス)


「ねぇ、トレス。あたしと一緒に死んでくれる?」


真っ直ぐにこちらを見つめ彼女はそう囁いた。

その瞳には恐怖も、憎悪も宿ってはいない。

囁かれた声は、言葉とは裏腹にまるで明日の天気の話でもするような穏やかささえ感じさせた。

浮かんだ微笑みは、悪戯を計画する幼子のように無邪気だ。

彼女のそんな表情を見たのは、いつ以来だろうか・・・・

そう記憶媒体に問いかけ、あの夜以前の事であったと己が罪を自覚すれば彼女は微笑みを崩さぬままに同じ問いを繰り返した。

「ねぇ、どうするの?あたしは貴方に聞いているのよ、ガンスリンガー」

もう誰も呼ばなくなったコードネームを口にして、そう問いかける少女は少しだけ楽しげにも見える。

あの夜以前と何も変わらないその仕草に一瞬・・・悪い夢でも見ていたのではないかと錯覚すら起こしそうになった。

壊れた演算機構が見せたバグのようなものであったのではないか、と。

そう錯覚してしまいそうなくらい目の前にいる彼女は、以前と何も変わらない。

こちらに向ける微笑みも、不思議そうに首を傾げる仕草も。

唯一違う点をあげるならば、白い尼僧服が今は闇で染めあげたような、黒い軍服めいた装束に変わっていることだけだ。

その事実が、今ここがローマではないこと、自分たちが世界の敵であること、そして、
彼女を壊したことが真実であった、と告げている。

短い沈黙に耐えられなくなったように、アサヒは困ったように眉を寄せた。

「ねぇ、聞いてるの?トレス?」

あまりに何時も通りなアサヒの問いにようやく出た回答は

「発言の意図が不明だ」

という陳腐なものだった。

自分の問いかけに曖昧な答えを出した男に怒ることもなく、アサヒはじっと男の目を見つめる。

澄んだガラス玉のような瞳をじっと見つめたまま、ゆっくりとアサヒは声を出した。

「一度くらい自分の意志で決めてみようと思ったの」





長くはない人生の中で、自分の意志で決めた事なんて多くはない。

あの日、赤き麗人が手を差し伸べてくださったからあの人に従おうと思った。

もし、それが別の誰か・・・であっても恐らくあたしはそれに従っただろう。

あたしがあの方を選んだのではなく、あの方があたしを選んだのだ。

こう表現すると、まるでそれが運命か何かのようでとてもドラマチックに聞こえるが、なんてことはない。

落ちていた石ころに目をとめた人間がいた、その程度のことなのだ。

たまたまその人物が国務聖省の主であっただけの話で、それが世界の敵であったならあたしは今頃剃刀色の瞳の赤き麗人に刃を向けていたに違いない。

あたしの立場なんてものは所詮その程度で、道具として価値がなくなったら捨てられてしまうくらい不安定なもの。

ならば、必要とされる場所にあることが・・・・あたしにとっての幸せではないか?



幸せ?この場所が?



改めて自身の状況を思い出した。

静か過ぎる室内にいるのはあたしだけ。

誰の声も聞こえない。

何の音もない。

がらんとした室内を、剣の館にあった執務室と比べて思う。

あの世界が続いていたら、きっとここには・・・・・・・


コンコン、とふいに響いた小さなノックに、思考が一時中断する。


ガチャリと開いた扉から顔を出したのは、見慣れた小柄な青年だった。

軍服めいた衣装を纏う青年の姿は以前と何も変わらないのに、彼の顔には例え難い感情の色が見えた。

後悔とも懺悔ともつかないそれを浮かべたまま、静かにこちらの名を呼ぶ。

気遣うように呼ばれた自身の名に含められた悲しげな音。

彼があの執務室で呼んでくれた名はもっと優しい響きを含んでいたはずなのに。


この場所には何もないのだ、と理解した瞬間、ポタリと雫が落ちた


感情を含まないはずの無機質な声に、優しい音を含ませて名を呼んでくれた彼もいないのだ。

あの世界が続いていたら、きっと今も優しさを滲ませたあの声で名を呼び共に歩んでくれたはずなのに・・・・・・





ぽたり、と雨粒が地を打つように静かな音で涙が溢れたのを見た。

泣き出す前兆もなく、声をあげることもなくぱたぱたと涙の粒だけが地に落ちる様は少し異質で現実感に欠けている。

物言わぬマリア像が誰かの為に泣いたとしたらきっとこんな風に見えるだろう、と頭の隅で思考する。

こんな時、人ならばどんな言葉を口にするのだろう、

泣かせる意図はなかった、

なんて言い訳にもならない。

共にあることを望んだ彼女に願ったことは、彼女の、アサヒの幸福であったはずなのに、そう結論を出しかけた思考をすぐさま否定する。


望んだことは、己の幸福だったのだ


ありもしない事を望んで、手にあったものを全て壊した結末が今だ。

彼女の幸福を望んでいれば、今も彼女は剣の館で微笑んでいたはずなのだ。



「アサヒ、卿を国務聖省に帰そう。」




短い問答の末に出した回答は、本来ならばもっと早く提案すべきものだった。

彼女が全てを思い出した日以来、何の糾弾もしない事に甘え、自身の望みを優先した。

これはその報いだ。

ならばすべき事は決まっている。

彼女の幸福の為に壊れるべきだ。

共にありたい等と不相応な事を願った罪を償おう。

自身の判断で全てを裏切った俺と、意思なく背いた彼女とでは立場が違う。

意思なく連れ去られた彼女を罰する者はいないだろう。

一切の感情を含まず淡々と告げた言葉

その言葉にアサヒは、大きく瞬きをして、意味を解したと同時にわっ、と泣き出した。

今までの、現実感のない涙ではない。

聞いた事もない声で、見たこともない様相で、幼子が泣き喚くように泣き出した彼女の姿など初めて目にした。

パシパシと空気の爆ぜる音と、急激に上がる室内の温度。

熱波のうねりに煽られたカーテンが煙をあげる間も無く焼け落ちる。

彼女の感情に呼応するように燃え盛る炎はまさに、


「神の火を燃やす者(ソテル・アシエル)とはよく言ったものだね、凄いよ、コレ。」


楽しげに笑う鳶色の瞳の青年がこちらの思考を口にした。

「このままだと、建物ごと焼け落ちるんじゃない?ねぇ、イザーク。僕さ、ここまで彼女に火力があるなんて思ってもみなかったよ」

くすくすと笑う人形使いに、名を呼ばれた長髪の男は切れ長の瞳で状況を分析する

「つまりこの惨状は、君の差し金、というわけか。」

「まさか、僕はちょっと彼女の脳内をいじっただけだよ。引き金を引いたのは、そこの猟犬。そうだろ??」

いつの間にか部屋の主のような顔をして、入り込んで来た二人の男に、一瞬だけトレスは目を向ける。

それを続きを促された、と感じたのか最初から語るつもりだったのか分らないがにこやかな微笑を称えたまま、青年は楽しそうに話し出す。

「ずっと疑問だったんだよね、どうして彼女はこんなに不安定な能力を制御出来ているんだろうって」

燃えさかる炎に目をやり、青年は口の端をあげて笑った。

「前に僕たち二人で彼女に悪戯したことがあったじゃない?あんな些細な事が切欠で発動できなくなるような曖昧な能力なのに、彼女ったら取り扱いは一流なんだもの。一定の性能を保つなんて感情や状況に左右されやすい人間には難しい芸当だと思わない?事実、彼女と同じ能力者の中には自分自身を燃やしちゃった、なんて笑い話にもならないケースも少なからずあるわけで・・・」

まるでこちらの反応を確認するように、語る人形使いへ少しだけ不愉快そうな色を乗せた瞳を一瞬向けてから、トレスは改めてアサヒの姿を見返した。

紅蓮の炎に覆われた姿は折り重なる熱と炎の色でハッキリと視認することが出来ないが彼の話のように彼女が自分自身を燃やしてしまうなんて愚かな結末にならないことは、予測できていた。

そんな不安定な力でAXの一員に選ばれる程、派遣執行官の肩書きは軽くない。

そう結論は出ているのに、彼女の姿が見えないことが妙に恐ろしい。

警告を上げる信号を無視し伸ばそうとした手を止めたのはやはり人形使いの言葉だった。

「だから覗かせて貰ったんだけど・・・・凄かったよ、彼女。彼女の脳内って、感情を司る部分の働きが全体的に鈍いんだ。まぁ、所謂調教・・・この場合は、教育かな?うん、教育の賜なんだろうね。凄いバランスだよ。相手に違和感を感じさせない程度に感情を表現しながら、能力に影響を及ぼさないように感情を殺しているんだ。本当に彼女を作った人は優秀だったんだろうね。」

馬鹿にしているようにも、尊敬しているようにも聞こえる不思議な響きで人形使いは笑う。

「まぁ、望んだ性能を果たせない道具になんて何の価値もないからね。」

その言葉にトレスはガラス玉のような瞳を向けた。

そこに浮かんだ不愉快そうな表情に人形使いはわざとらしく肩をすくめてみせた。

「怖い怖い、そんな顔しないでよ。僕は事実を言っただけなんだからさ。」

煽るような物言いで、今にも発砲しそうな青年をからかえば、

「黙っていることを推奨する」という平坦な答えが返った。

その回答のつまらなさに、露骨に青年はため息をついた。

「なんだい、その反応。ツマラナイなぁ」

そんな言葉を吐きながら、もう一つ、二つ、目の前の猟犬をからかおうとした青年に

「それで?君は彼女に何をしたんだい?」

そんな静かな問いが投げかけられる。

沈黙を保ったまま、細葉巻を咥えていた魔術師の問いに人形使いは笑った。

「別に大したことじゃないよ。感情面にかけらた制御を片っ端から取り払ったんだ。」

その言葉に、目の前の猟犬に動揺とも恐怖とも取れる色が浮かんだ事を認識しつつ、言葉を続ける。

「仕方ないだろ?だって、君が望むとおりに彼女を作り替えるにはそのままって訳にはいかないからね。彼女を壊してでも、愛されたいって思ったんでしょ?望み通りにしてあげただろ?その結果、例え彼女が死んだとしても僕は君の願いを叶えただけ・・・・・何か不満なことでもあるのかい?」

天使のような無垢な顔立ちに、悪魔のような微笑を浮かべたディートリッヒの言葉が思考を揺さぶった。






炎の壁の向こうから聞こえる声に、

あぁ、なるほど・・・。と一人納得する。

つまり、あれだ。

今感じた感情が、まさにあたしの「本音」なんだろう。

大声を上げて泣きわめいたせいか、幾分かすっきりとした気がする。

炎の壁のせいで向こう側がどんな様子なのか、見てとることは出来ないが・・・不思議なくらい声はこちらに届いた。

これだけ炎が燃えさかっているというのに、不思議なくらい無音に近い。

静かに炎に意識を向ければ、自分の意志に従って炎が頭を垂れた。

日頃自分が制御していた能力よりも不安定で振り幅は大きい気がする。

その反面、よりダイレクトに意志が伝わる気がした。

つまり、これが感情を持ったときのデメリットなんだろう。

少なからず、我が身を燃やすことはなさそうだが・・・

服は焦げそう・・・

アサヒは炎の中で実に暢気な事を思った。

ある程度、耐熱性に優れた素材ではあるはずだが・・と思った矢先に上着の端に炎がうつる。

嫌な音を立てて燃え上がる衣服に、一つため息をつき・・・はと考える。

このまま鎮火するのは、たやすいが・・・・その場合自分の姿はどうなるんだろう?と

さすがにこちらも年頃の娘だ。

いくら何でも、向こうがこちらに興味がなかろうが、あられもない姿をさらすのは勘弁して欲しい。

出て行って・・・くれないかな、

冷静になった思考がそんな期待をするが、

炎の向こうでは

「ねぇ、いよいよこのままじゃマズいよね?
 そろそろ消さないとこっちもヤバイんじゃない?」

「そうですね・・・」

なんて声が聞こえてくる。

少しだけこちらの身勝手な感情から力を振るうことを躊躇したが・・・、まぁ、死にはしないだろうし、と自身を納得させ腕を振る。

意志を汲んだ炎の腕がおよそ魔術師と人形使いが立つあたりをなぎ払ったのと、黒い衣服を纏う青年が飛び込んできたのは同じだったように思う。





炎の中心に立つ彼女を認識したと同時にけたたましい警告のアラームが鳴り止んだ。

鋼鉄のこの体ごと焼失させるような激しい熱量はすでに消え失せている。

そうか、この炎は彼女自身か・・・と酷く当たり前の事を認識し、見つめれば・・・白い顔が少しだけ赤く染まった。

「あ、あの・・・・ちょっと後ろを向いて欲しい、かな」

ぼろ布のような衣服を纏ったアサヒの声は少し暢気で、その眼差しにはもう涙は浮かんでいない。

黒い自身の上着で彼女の白い体を覆う。

「ありがとう」

短い礼に頷くと、彼女が嬉しそうに笑ったように見えた。

小柄な彼女には男性用に仕立てた衣服は随分と大きいのか、上着だけだというのに黒いワンピースでも着ているように見える。

それがまるで黒い尼僧服のように見えたのは、自身の願望だろうか?

ぺたぺたとこちらに歩み寄ってきた彼女の姿に一瞬、錯覚をする。

まるですべてが夢だったではないか、と。

少しだけ思案するように視線を巡らせてから、アサヒはそっと囁くように呟いた。

「ねぇ、トレス。あたしと一緒に死んでくれる?」

真っ直ぐにこちらへと向けられた瞳。

問いに対して、曖昧な答えを返したこちらにアサヒはゆっくりと答えを出す。

「あたしね、色々考えて思ったんだけど・・・・あたしが剣の館が恋しいのは、別にカテリーナ様がいるからじゃなくて・・・・あの空間が好きだったの。」

沈黙で続きを促せば、アサヒはにこにこと笑った。

「みんながいて、トレスがいて・・・・。ここにもトレスはいるけど・・・・あたしは前のトレスが好き。貴方にまた名前を呼んで欲しい。前みたいに優しい音で。そんな顔して欲しくないの。分る??」

自身の言葉がうまく伝わるのか、そんな不安を乗せた問いに泣けもしないのに、泣き出したいと思った。

「同時にね、すっごく腹が立つの。」

アサヒは眉を寄せて、不愉快そうな顔をする。

「あたしの大事な人を傷つけてへらへら笑っているあの男が、本当に・・・・本当に・・・・」

言葉を探した末に、恐らく出てくる音がなかったのだろう。

不愉快そうな声のまま、アサヒは言葉を切り替えた。

「だから、ここにはいたくない。でも剣の館にも戻れないことは分ってるし、戻った末にトレスがいなくなるのはもっと嫌だ。あたしは貴方と一緒にいたいの」

望み続けた言葉を、与えてくれた彼女になんと答えれば良いんだろう。

「だから、トレス・・・。あたしと一緒に死んでくれる?もっとも困難で、為しがたい、茨の道に覆われたような最悪の選択をあたしは今から選ぶけど、そばにいてくれる?」

答えなんて決まっている。

そばにいたい、その望みのために全てを捨てたのだ。

「肯定」

短い回答にアサヒは笑った。










「随分とドラマチックな再会になったものだね」

楽しげな人形使いの言葉に、アサヒは視線を向けただけだった。

沈黙を保っているアサヒとトレスの姿に、対峙した銀髪の男はぐっと何かを飲み込んで、声を出す。

「アサヒさん、トレス君・・・」

アベルの声に、静かに二人の眼差しが動く。

「どれだけ説得しようとしたって無駄だよ、神父様。僕がイメージした筋書き通りの展開なんだからさ。」

細くしなやかな指先で、自動化猟兵に指示を与えながら、ディートリッヒは笑った。

「そうだ、折角だし最後のメインは譲ろうかな?」

まるでデザートでも分け与えるような楽しげな声を出し人形使いは続ける。

「アサヒ、トレス、AX同士で殺し合いなんて面白いと思わない?」

その言葉に、ごくりと一同が息をのんだ。

まるで狙ったように、否、事実狙ったのだろう。

このタイミングを・・・。

国務聖省の長たるカテリーナの忠実な兵士が、一堂に会するこの機会を。

「悪趣味な・・・」

カテリーナの罵る声に、悪魔は笑うばかりだ。

その姿は神の使いのようであるというのに、その言葉には慈悲のカケラも入ってはいない。

ガチャリ、と大型拳銃を構える音がまるで死刑宣告をするように響き渡る。

「トレス君・・・・」

アベルの悲痛な声にも機械化歩兵は静かな眼差しを向けるだけだった。

「そうだな、僕はせいぜい邪魔が入らないように・・・君たちのサポートに回らせてもらおうかな」

ぞろり、と動き出した自動化猟兵を横目に見ながら笑う人形使いに、アサヒは声をかけた。

「ディートリッヒ・フォン・ローエングリューン」

ふいに呼ばれた名に人形使いの顔が少女を向く。

珍しい呼び方にからかいの一つでも放とうとした青年の身体が軽々しく吹き飛んだのは、慈悲も遠慮も置き忘れたような二人分の蹴りが入ったからだ。

少女一人分ならまだしも、戦闘に特化し鉄扉ですら蹴り開けるような機械化歩兵の鋭い蹴りをまともに食らい、もんどり打って倒れた青年に少女が遠慮もなく続ける。

「前から思ってたんだけど・・・・気安くあたし達の名前呼ばないで。不愉快なの」

そんな言葉を言い放ち、手を振り下ろした彼女の指示に従うように炎と鉄の弾丸が彼の足下を舐めた。

自動化猟兵がいなければ、今頃足を失っていたかもしれない。

主を守るように立ちふさがった死者の兵にアサヒは困ったように眉を寄せる。

「あぁ、残念。もう一発ぐらい蹴り入れれば良かった。トレスってば、手加減したんじゃないの?」

からかうようなアサヒの言葉に、銃口を向けたままの青年は「否定」と小さく答えた。

「全くだよ、これで手加減なんて笑えないね。」

無様に吹き飛ばされた割には冷静な声で人形使いは呟く。

「どういうつもり?こんな事して・・・許されるとでも思っているの?」

パンパンっと衣服の汚れをはたき落とし、鳶色の瞳に不愉快そうな色を乗せた青年に二人は確かに・・・笑った。

「許しなんて乞うつもりはないわ。二人で決めたの。」

アサヒの声は実に楽しげだった。

「この場で、このタイミングで、貴方が選んだ一番大事なこの場面で、背後から貴方を撃とうって。」

その声に従うように的確な精密射撃が憐れな兵士をなぎ倒す。

「へぇ、それはつまり薔薇十字騎士団を裏切ろうって決めたってこと?それがどういう意味か分ってるの?文字通り、世界中を敵に回すって意味だよ。」

「それがどうかしたの?」

アサヒの言葉は、事の重大さの割に酷く軽い回答だった。

「世界中を敵に回してでも、あんたたちの仲間なんて絶対に嫌!あたしの大事な人を傷つけてへらへら笑ってるようなあんたの同胞なんて死んでもお断りよ。バーカ」

子供のような事を言い、ベッと舌を出したアサヒの言葉は非常に単純で、場面が場面でなければ笑い出したくなるようなものだった。

「随分と間抜けな選択をしたものだね。もう少し、君たちは賢いと思っていたんだけど・・・・どうやら僕の見込み違いだったらしい。」

努めて冷静な声を出した人形使いをあざ笑うように最後の一人を狙撃した青年の口から「戦域確保(クリア)」の声が上がる。

「さて、どうするの人形使いさん。大事なお人形・・・無くなっちゃったみたいだけど?」

その言葉に、忌々しそうな眼差しを向けた人形使いにアサヒはくすくすと笑った。

「へぇ、貴方そんな顔出来るのね。」

馬鹿にしたような口の利き方をする少女に青年の顔が少しだけ引きつる。

本来ならば、青年の顔は憎悪でゆがんでいただろう。

それを表に出さなかったのは、彼のプライドの高さ故だ。

それを理解しているからこそ、彼女はあえて他者を不快にさせるように言葉を選んでいるんだろう。

「そういう君こそ、そんな気の利いた物言いができるんだね。随分と感情豊かになったじゃないか。道具のくせに。」

そんな青年の反論に答えたのはアサヒ、ではなく鋭い銃声だった。

反応があと数秒遅れていたのなら今頃人形使いの顔は判別が出来ないほど破壊されていたかもしれない。

「それ以上の発言は、推奨しない。」

冷徹な声で【黙れ】と告げた機械化歩兵に青年は忌々しげに舌打ちを漏らした。

「道具と機械が人間ごっこかい?笑わせる」

吐き捨てるような物言いに、二人は同時に答えた。

「黙っていることを推奨する」
「黙っていることを推奨するわ」

一切の手加減を知らない銃弾の雨と炎の雨が人形使いの身体を砕く。

「目標失探(ターゲットロスト)」

その言葉に、アサヒは気が抜けたのか、ぺたりとその場に座り込み笑い出した。

「あははは・・・・本当に騎士団に喧嘩を売ってしまった。」

そんな言葉とは裏腹に、彼女の顔には後悔の色は浮かんでいない。

「アサヒ」

座り込んだ彼女へと手を差し出せば、柔らかな微笑が返る。

差し出された手を掴み立ち上がった少女は、場の空気にのまれたまま状況を認識することに精一杯の元同僚を見返した。

「アサヒさん、トレス君・・・戻って、きたんですね」

穏やかな、それでいて泣き出しそうな顔をしたアベルにアサヒは笑う。

「まさか。あたし達は罪人だもの。カテリーナ様に刃を向けた以上、また仲間に加えてくださいなんて言えないわ。」

「そんなことっ・・・・。だって・・・」

「どんなに言い訳を述べたところで、壊した物は戻らない・・・・。それにね、裏切り者にだって矜持はあるの。イスカリオテのユダだって、最後は神殿に銀貨を投げ込み首をくくるでしょう?あたし達はしたことの責任を取らなくちゃいけない、それが分っているからここに来たの。」

思わず言いよどんだアベルに微笑んでから、アサヒはカテリーナに向き直った。

随分と久しぶりに顔を見たような気になったが、実際に離れていた時間などさほど長い期間ではなかったのだろう。

記憶の中と世界の中心にいた人の姿は何一つ変らなかった。

恭しく膝を折ったアサヒとトレスの姿は、以前と何も変らない。

まるで時が戻ったようにさえ見えた。




何を言うべきか、色々考えてきたはずなのに御前に立つと何一つ言葉など出てこないのだな・・・とアサヒはそんなことを考えた。

そんな少女の代わりに「ミラノ公」と機械化歩兵は平坦な声で主であった女性を呼んだ。

鉄の女と呼ばれる彼女の怜悧な眼差しが自身に向いたのを確認してから言葉を続ける。

「アサヒを拐かしたのは俺だ。彼女に、裏切りの意志はなかった。」

淡々と己の罪を語り、恩情を乞う言葉にアサヒは驚いたように青年の顔を見る。

その視線に気づいていないはずはないのに、全く見向きもせず、語られる言葉・・・

それを黙って聞き終えた赤き法衣の麗人は静かな声で問う。

「それは間違いないのですか?」

「肯定」

「そうですか」

短い問答を終えてからカテリーナは、己の銃と騎士であった二人に目を向ける。

そこにはあの日のような、悪意に満ちた光はない。

「それでは、長い任務お疲れさまでした。
 ガンスリンガー、ソテル・アシエル」

ふいに呼ばれたコードネームに、二人の顔に動揺の色が宿ったことに笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「薔薇十字騎士団への潜入捜査をしたのでしょう?何故、罪に問えましょうか?」

その言葉にアサヒは今にも泣きそうな顔で首を振る。

「違います、カテリーナ様、あたしはっ・・・・」

「そもそも、あなた達は何を勘違いしているの?」

少女の悲鳴にも似た声を遮り、カテリーナは首を傾げる。

「私には、あなたたちをAXから追放したつもりも、追放した記憶もありませんよ?」

とぼけたような言葉を口にして微笑んだ主に、二人はそれ以上語る言葉を持たなかった。

「お帰りなさい」

短い言葉に頭を垂れ、泣き出しそうな顔で笑った少女に青年は少し微笑んだようにも見えた。














カリカリとペン先が紙にすれる静かな音が響く。

静か過ぎる室内にいるのはあたしだけ。

誰の声も聞こえない。

午後の風を入れるために開け放たれた窓からは、穏やかな日差しが差し込んでいる。

書き上げた書類にさっと目を通してから、トントンと紙の束をまとめる。

そのタイミングを見計らったように、入室の許可を願う甲高いノックの音が響いた。

開いた扉からは、見覚えのある小柄な神父の姿。

「シスターアサヒ、廷内の哨戒に行く。同行を」

優しい音色で告げられた言葉

差し出される手。

欲しくてたまらなかったものを与えてくれる彼に、なんと伝えればいいんだろう?

以前より少しだけ・・・持てあますようになった感情は少しだけ面倒で、それでいてとても愛おしい。



差し出された手を取り笑う彼女の姿を見て、改めて自分が欲しかったものを知る。

日々貪欲になる感情は・・・どうにも持てあまし気味で、取り扱いに戸惑う。

傍にいたい、それだけでは足りない。

全てを手に入れるには、彼女になんと伝えたらいいのだろう。

あぁ・・・そうか。

一つの結論にたどり着くまで、時間はかからなかった。



「アサヒ、好きだ。」

「あたしも好き」


以前何度も繰り返した言葉は、あの頃よりもずっとずっと価値があって・・・欲しかったものを強く認識させた。

近くなる視線、かすかに触れた唇は温かくて、伝わる思いに泣きたくなった。


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今更ながら、トリブラのアニメを見直して再度熱が入った鴉です。
中途半端に終わっていたのが気になったので、書き上げてみました。
まぁ、マジでもう誰も見ていないでしょうが・・・いいのです。
これは自己満足の世界です。

一応、ハッピーエンドになったと自分的には思うので、満足です。

それでは、アサヒさん、お付き合いありがとうございました。














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あきゅろす。
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