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裏夢
doll-3(トリブラ トレス)

囁いた声はあまりに頼りなく容易く闇に溶けてしまいそうだ。

妬ましいくらい主の信頼を一身に受けていた彼の声はこんなに弱々しかっただろうか。

そんな事を考えた。

世の中には、こんなに言葉が溢れているのにあたし達は言葉を知らない。

あたしが彼なら、どんな言葉で思いを伝えただろう。

アイシテルなんて囁いて、引き金を引く事を教えられたあたしには、適切な言葉が見つからない。

それ故に、糾弾する言葉も出てこない。

血の凍るような恐怖は、すでに当時の鮮明さを失い曖昧にぼやけてしまっている。

時が解決したのだ、と締めるにはあまりに短い時間であるのに白昼夢のように掴んでは消える。

唯一鮮やかな色彩は居場所を奪った彼を呪う卑屈な感情。

「あなたの感情なんて興味がないわ。」

笑ったあたしに彼は静かに頭を垂れる。

責め立てたいワケじゃない。

あたしも彼も根っこは同じだ。

責められるハズもない。

まして、性を武器にする事を教えられた魔女があんな行為に傷つくわけもない。

あたしはただ、居場所を失った自分が哀れで仕方ないから彼にその責を負わせようとしているだけだ。

「機械の癖に懺悔をするのね?ゴメンナサイと囁いて許してくれるのは神様だけよ?」

あたしは彼にどんな言葉を望んでいるんだろう。

落ちた視線の先で彼が何を見ているのか、それすらあたしには分からないのに。

こんなあたしに許しを乞う彼は愚かだ。

でも、その愚かさが人間らしい。

人の身体を持つあたしより、機械の彼が人間らしいなんて笑ってしまう。

あたしは、彼を傷つけても懺悔はしない。

傷つけた事を知ろうともしない。

そんなあたしに、涙を流して許しを乞えるこの身体は必要なんだろうか?

ねぇ、いっそ……あなたが泣けたら良かったのにね。





静かな声に頭を垂れたまま耳をすました。

糾弾と呼ぶにはあまりに静かな声が彼女の心を語っているようだった。

抱き締めた身体は頼りなくて、瞳に恐怖の色を浮かべたその顔で自嘲するように彼女は笑う。

理解していたハズだ。

彼女が心の奥底で泣きながら、平静の仮面を被っていた事くらい。

自分の軽率過ぎる行動がどれほど彼女を傷つけるかなんて、容易く予測出来たのだ。

それに目を伏せて、見えないフリをした。

許してなんて、懇願する権利すら己にはない。

それを知りながら、彼女に許しを乞うのは卑怯だ。

折れそうな体を抱き締めて、そのまま溶けていければ良いのにと甘い事を考えた。

今なら望める。

このまま俺を壊して欲しい。

伝えたい言葉も思いも失ってしまうくらいなら、また0と1しかない世界に戻るくらいなら…………その手で俺を裁いて欲しい。

永久に終わらない演算を繰り返し続けて、己が己である為にそばにいたいと願うことさえ許されないあの0と1の連なる世界に戻るくらいなら。

いっそここで終わりにしたい。

重たい拳銃に手をかければ、終わってしまう出来事を彼女に委ねようとするなんて、あまりに卑怯な選択だ。

彼女を傷つけた時でさえ、自分望みを叶えようとする。

その浅はかさが人にはなれないのだと宣告されているようで、笑い出したくなった。

きっと、本当にココロがあるのなら………自らの手で己を断罪すべきなのだ。

彼女に頭を垂れたまま…………引き金を引くべきなのだ。




好き、だとか

愛してる、とか

そばにいたい、なんて

使い古された言葉をどれだけ口にしても言い足りなくて………

伝えられない思いばかりが膨らんでいく。

言葉を得た今でも、伝えるにはあまりに不自由で、それでも不自由な言葉を失いたくない。

0と1の世界で手に入れたIは、数字にも似た不確かなもの。

演算を狂わしループする問答の解答。

それを教えてくれた彼女を傷つけたいなんて求めた答えにありはしなかったのに。

否、最初から解答なんてものはなかったのだ。

機械の世界に0と1以外の文字があるハズもない。

本当は………

「ねぇ………」

懺悔にも後悔にも似た思考を止めたのは、静かに響いたアサヒの声だった。

少し身を引き、自分より小さい彼女の瞳を見つめた。

大粒の宝石のようなそれは、吸い込まれそうなくらい蠱惑的な色彩で闇の中でも煌めく。

「あたしとアナタは似ているわ」

ゆっくりとした口調でアサヒは呟くと自嘲したように笑う。


「あたしも、トレスも………有りもしない幻想を求め続けてる。」




人になりたいと思っていたの。

魔女でもなく、人形でもなく………人間に。

認めて欲しいの。

あたし、という存在を。

能力じゃなくて、都合の良い駒じゃなくて、アサヒという個を。

憐れみも同情も御免だわ。

そんなものじゃ満たされない。

可哀想なあたし、を憐れむのはあたしだけで良い。

世界の全てに置き換えて、誰かに陶酔すれば満たされると思ってた。

誰か、なんて本当は誰でも良い。

お養父さんでも、カリテリーナ様でも、世界の敵でも………あたしを見てくれるなら。

そんな思いを隠したまま

『アナタヲ敬愛シテイマス。アナタハ世界ノ全テデス。』

そう叫んで、見えないフリ。

本当は自分が誰にも求められていない事に気づかぬフリ。

だって本当は怖いでしょう?

だってあたしは魔女だもの。

あなたと違う生き物だもの………

怖くないなら手を取って。

アナタを容易く殺してしまうこのあたしの手を取って?

本当にあたしを見てくれるなら。


人になりたいと思っていた。

機械でもなく、人形でもなく………人間に。

認めて欲しい。

俺、という存在を。

能力とか性能とか、都合の良い駒じゃなくて、名前すらない俺という個を。

憐れみも同情も向けられたところで理解出来ない。

そんな機能、最初から与えられてなどいない。

世界の全てに置き換えて、誰かに陶酔しなければ、歩む術すら分からない。

誰か、なんて本当は誰でも良い。

ただ俺を拾ったのが赤い麗人だっただけだ。

そんな思いを隠したまま

『俺ハアナタノ銃デス。ゴ命令ヲ』

そう呟いて、目を閉ざす。

0と1の結末の、求めても選べない解答に。

システムはオールグリーン。

機械の己を自覚する………

手を取って。

アナタを容易く殺してしまう俺の手を。

本当に俺を見てくれるなら。



白い手袋に包まれた指先が絡む。

まるで求めあうように。

「アナタとあたしは似ているわ。まるで自分を見ているみたい。」

細い指先を絡めたままアサヒは笑みを口元に載せる。

絡んだままの左手を一瞬見つめて、噛みつくようにキスをした。

「だからアナタが嫌いなの」

同族嫌悪を口にして、あたしは、あたしを守り続ける。

「俺はアサヒを愛してる。」

優しい声で囁かれる言葉欲しさに、得られない幻想を求めるように………




―――――――――


あー…………うん、幸せまであと一歩。

表と違ってしたたか………もとい問題児な主人公。

時間かかった割にハッピーエンドまで遠すぎる。

というか、正直な話………続編ものになるとは、1を書いた当時思わなかったワケで………(汗)

後先考えないで書くからぐだぐだになるワケです。本当にごめんなさい。

サヤさん、リクエストありがとうございました。

アサヒさんお付き合いありがとうございました。


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あきゅろす。
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