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裏夢
世界が隠す本音の話(トリブラ 教授)

実に神妙な顔をして図鑑と睨めっこを続ける尼僧を眺めながら教授は小さなため息をこぼした。

ここ最近、遠方の任務や大学の方で忙しくようやく想い人である少女との時間を取れたというのに…当のアサヒはソファーのすみに腰を下ろしたまま図鑑を眺めているだけだ。

声をかけてもどこか上の空で、出された紅茶は口をつけられる事なくカップの中で冷えてしまっている。

何か怒らせる事をしただろうかと考えても最近会う機会さえなかった事から思い当たるふしもない。

本日、十数回目のため息をつき自分のカップに口をつけ…中身が入っていない事にまた新たなため息をつく。

らしくないと自分の行動に呆れながら、何かする事がないかと考え…アサヒとお茶をするためだけに仕事を片付けた事を思い出す。

かといって、真剣な顔をして図鑑を見つめるアサヒの邪魔はしたくない。

紳士的であろうとすればするほど、自分の心は本音を隠し…つまらない矜持ばかりが顔を出す。

隠した本音を暴き語る事が出来たならこんな苦痛は有りはしないのに。





いない間は話したい事が山ほどあって、教授が帰ってくる日を指折り数える。

帰ってきたあとは、嬉しくて話題なんて頭から抜けて…何を話たらいいか分からなくなる。

平静を保つ為に何かに集中すれば今更言葉を発する事が出来なくて…奇妙な距離感を保った奇妙な沈黙が場を支配するのだ。

失ってしまったキッカケを探すのは、思っていた以上に困難で黙り込む以外の術をあたしは持たない。

図鑑の中に描かれた蝶たちは華やかで…悩み一つなさそうに美しい羽根を広げて見せる。

ほうとため息をつけば、ふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐった。

「………綺麗な蝶だね」

ひょいとあたしの肩越しに図鑑を覗き込み教授はふぅっと空へ白い煙を吐き出す。

予想もしていなかった突然の事態に凍りつけば、悪戯っぽい光をのせた碧眼がパチリとウインクをしてみせた。

しなやかな指先がゆっくりと図鑑を撫でる。

そんな些細な行動に心臓を鳴らせば、まるで聞こえたかのように紳士の口元には微笑が浮かんだ。

「アサヒ君、」

「は、はい?な、なんですか…??」

動揺を隠しきれない上擦った声が妙に恥ずかしくて、助けを求めるように図鑑の蝶を見つめれば…細い指先が目に入りそんな些細な事に顔が熱くなるのを自覚していかに自分が彼を意識しているかを改めて悟る。

「アサヒ君、顔赤いよ」

クスクスとからかう声が鼓膜を叩き、恥ずかしさからますます俯けばぺたりと冷たい手が頬に触れた。

「ひっ…」

思わず小さく息をのめば、呆れとも失望ともとれる顔と目があう。

「久しぶりの再会だと言うのに、きみの口からはよそよそしい言葉ばかり出てくるねぇ…」

「す、みません…」

反射的にこぼれた謝罪に教授は眉をひそめ、小さなため息をついた。

「どうやら、この時間を楽しみにしていたのは僕だけのようだ」

嘆かわしそうに首を振る男にアサヒは慌てて首を振る。

「違っ…」

泣きそうな顔で否定すれば、クスクスと紳士は笑い声を零す。

その仕草にからかわれた事を理解し、思わず睨めば教授は口のはしをあげまた笑う。

「紳士的はひとまず置いておいて…たまには、『本音』を語ってみようかと思うんだ。」

と何時もの冷静で知的な響きの声で教授は告げた。




触れ合う熱は、熱くて…苦しいくらいにあたしを支配していく気がする。

教えられた通り目を閉じても、紅茶と紫煙の香りがそばにいる人を形作る。

そんな当たり前な事が、震えるほど嬉しいなんて…伝える術はあるのだろうか。




空気を求める小さな呼吸、微かに零れる吐息に混ざる甘やかな声。

とろりと歪んだ瞳は言葉以上に彼女の意志を伝える。

「アサヒ…」

彼女の名を呼べば、ふわりと浮かんだ微笑が包む。

彼女の…少女特有の高い声に全身を捕らわれるような錯覚を起こす。

聖堂で響く歌声も祈りの声も…キミの語る全ての音を瞬時に捉えると告げたなら…彼女はどんな顔をするだろう。

捕らえようとすればするほど、彼女は緩やかに僕の指の先を舞う。

それはさながら陽の光をまく蝶のようで…………。

キミに焦がれる僕は…蝶に恋する…蜘蛛のように…本音(本能)を隠し、甘い言葉でキミを誘う。

キミの細い指先が僕の巣に触れたなら…逃げられない蝶に牙を向く。

そう考えながら、どこかで逃げられる事を恐れその牙を隠す僕は策士ではなく道化師だ。

恐ればかりに捕らわれて、キミを捕らえるチャンスを失う。

全て失ってから、僕はきっと笑うのだろう。

『こうなる事がわかっていた』と策士を気取って…道化めいた涙を流す。

紳士の仮面に隠された本音を…僕は何時まで封じ込めておくのだろう。





知的な碧眼に宿る不安と恐怖

せめてそれをぬぐい去る事が出来たなら…

それだけを願い黒褐色の髪をなぜる。

指先の動きに委ねるように目を閉じる彼に愛おしさにも似た感情を抱くのは、女としての性だろうか。

閉じた瞼に唇を寄せ、言葉にならない想いを贈る。

いっそこのまま、この熱に溶け合ってしまえばいいのに…そう有りもしない幻想を願いながら口づけた。

甘いはずの口づけは少しだけ、切なくて…

溶けない想いを何時までも唇に残しているようで……

例えようのないこの熱が全てを溶かしてしまうように何度も何度も口づけた。





 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



微妙に続き物っぽい終り方になってしまい(汗)続きを地下で書きたいなァなんてひっそりと考えた鴉です。

匿名さんのリクエストは『声』を題材というものだったのですが…これじゃあ、題材『蝶』ですね(汗)
すみません、

匿名さんリクエストありがとうございました。

アサヒさん、お付き合いありがとうございました。

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