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夢小説(トリブラ)
触れ合う手 後編 (トレス)

うぅ、気まずい

無言のまま、規則的な靴音を立てる神父を見ながら、アサヒは本日何度目になるか分からないため息をついた。

なぜ、こんな事になったのだろう…

先ほどの会話を思い出す。


『…とは言ったものの、僕は大学に戻らなければならないし、アベル君は任務が入っていたな。よし、トレス君悪いがアサヒ君の護衛を頼むよ。』

『…肯定(ポジティヴ)』

『ちょ、ちょっと待って下さい。あたし、護衛とか必要ありませんから!』

『否定(ネガティヴ)卿の能力は、体調及び心理状況に左右されやすい。また、ミスはミラノ公の負担となる。改善しなければならない。』

『――――ッ』

猊下の名前を出されては、あたしも黙るしかない。

今は、書類上のミス(これもかなりマズい事だが…)だけど、任務中に万一、重大なミスをおかせば、あの方を失脚させる要因にもなりうる…
それだけは、ダメだ。

それは、わかっているけど…帰り道を一緒に歩くのは変な気分…

「はぁ…」

俯いていたせいで、トレスが立ち止まった事にも気付かずあたしはトレスの背中に頭をぶつける。

鉄の扉に衝突したような衝撃が頭を襲った。

「くうぅ…っ…いきなり止まらないでよ!」

抗議をしたあたしをトレスは相変わらず何を考えているのかわからない瞳で見返す。

「……」

無言のまま見られるのは居心地が悪い。ましてや、感情の浮かぶ事のない端正な顔立ちなら尚更だ。

チクショウ…何か文句でもあるなら言えよ。見下ろされたって何も…

そこでハタと気づく。

勢いよく顔をあげると、無表情のまま見下ろすトレスと目があった。

い、今気づいたけど…あたしコイツより背ぇ低い!?
アベルやモニカ…etc.と並んでいる姿を見て
『本当にトレスって小さいよなぁ…大人と子供みたい(特にアベルと並ぶと)ふふん、カテリーナ様と並んだら無様よね』って思ってたけど、思ってたけれど!
何ことだ、コイツに見下ろされるほど小さいなんて…!

「シスターアサヒ、損害評価報告(ダメージリポート)を」

プチ

「少しくらいデカいからっていい気になるなよ!」

「卿の発言は意図が不明だ。回答を要求する。」

冷静に返されるとさらにムカつく。
「チクショウ、お前なんぞ直ぐに追い抜いてやるからな!」

今更、牛乳を飲んでもおそらく成長は見込めないだろうが、悔しくてたまらない。だって、今までカテリーナ様の隣に並ぶ小さいトレスと思っていたのよ。自分がもっと小さいなら、カテリーナ様と並ぶと更に無様に違いない。

「…シスターアサヒ、回答を」

「やかましい!」

「…」

きっと彼に表情が作れたら、唖然とした顔になっていると思う。
しばらく思案するように、あたしの顔を見てからトレスは抑揚を欠いた声で告げた。

「カルシウムの摂取を推進する。」

違う。そういう意味じゃない。おそらく、『イライラはカルシウムが足りないからよ★』と言いたいだけだ。
しかし、あたしには
『お前小さいんだからカルシウムでも取って背伸ばせよ。無駄だろうがな、ハハハハハ』
としか聞こえない。

「黙れ!デコッパチぃ〜」

思いっきりトレスの腹めがけてパンチを繰り出すと、痛々しい音が響いた。

「―――――っ!」

突き抜けるような激痛に悲鳴すらあげれずにうめく。

「馬鹿じゃないの!なんでそんなに硬いのよ。」
目の端に涙を浮かべワケのわからない抗議をしてもトレスの表情は変わらない。

「俺が機械(マシーン)である事を卿は理解していたはずだが?」

言葉の裏側にお前、馬鹿だろ。という言葉が潜んでいる気がしてならない。

トレスは、無表情のままあたしの手を見てから呟いた。

「シスターアサヒ、俺に不適切な発言があったのならば謝罪する。」

は?

「卿の不可解な発言は俺が原因なのだろう?」

違うよ。違うんだよ、トレス。悪いのは明らかに心が狭いあたしなんだ。だから、だから、そんな無垢な視線を送るのはやめてくれ。頼むからぁあ!

「…いや、あたしこそごめんなさい。」

「卿の発言は意図が不明だ。回答の入力を…」

「強いていうなら…嫉妬かな?」

おずおずと答えを出すと、トレスは間髪入れずに否定した。

「否定、俺は機械だ。卿が嫉妬する要因はない。」

「人間って…思ってる以上に貪欲な生き物だと思うの。最初は、カテリーナ様の下で働けるだけで幸せだったのに時間が経つにつれ、もっとお側にいきたいと思いはじめた。カテリーナ様のそばにいられるトレスが羨ましいのよ。」

トレスは黙ってあたしの話を聞いている。

「トレスがもっと嫌なヤツだったら良かったのに。」

「卿の発言は意図が不明だ。」

トレスは、相変わらずの無表情だった。

もっと嫌なヤツだったら、思いっきり嫌いになってカテリーナ様の取り扱いが出来るのに…

そう思いながら、じっとトレスの顔を見つめる。
こんな風に彼を見るのは初めてかもしれない。
人間にしか見えないのに、人工的な体なんだよなぁ…
うわ…睫が長い。本当に彼は綺麗な顔をしている。


「シスターアサヒ?」


名前を呼ばれハッとする。随分、彼に見入っていたらしい。

「あ〜…そういえば、あたしとトレスって一緒に任務した事ないよね」

場を取り付くようにそんな言葉を口にすると「肯定」という短い回答が返ってきた。

しーん

あたしの馬鹿
ますます場の空気を悪くしてどうする!

ダラダラと暑くもないのに汗が出てくる。

か、帰りたい…

そんなあたしの心中を知ってか知らずか…トレスは抑揚のない声で呟いた。

「シスターアサヒ、確認したいことがある。」

「な、何?」

少しだけ声が上擦った。

そんなあたしを見つめたままトレスは続ける。

「卿は俺が嫌いなのか?」

多分、相当間抜けな顔になっていたと思う。

嫌いなのか?

あまりにストレートすぎて返答に困る。
というか、この問いに『嫌い』だと答えられる奴なんているのだろうか?

…マタイなら、言うかも知れない。

ふと脳裏に浮かんだ男を頭の隅に追いやり、再度トレスの問いかけを考える。

『トレスが嫌いな理由』
それは、カテリーナ様といつも一緒にいるから。でもそれなら…仮にトレスじゃなくても同じよね?
そもそも、自分の力不足を棚上げしているだけだ。

とりあえず、あたしの中のトレスのイメージを整理してみよう。

物事を0か1で判断したがる機械化歩兵
大型戦闘拳銃ジュリコM13以外にも全身に武器が搭載されている。クールなようで意外と仲間思いで…機械の体だから無茶しがちな派遣執行官

あれ?あたし意外とトレスの事見てる。何より嫌う理由が見つからない。
…よくわからなくなってきた。

困惑したままトレスを見ると、答えを待つように黙っていた。

「何で、そんな事聞くの?」

出てきた言葉は、彼の希望する回答からはほど遠い言葉だった。にも関わらず怒る事もなくトレスは答える。

「ガルシア神父に確認するよう要請を受けたからだ。」

それはつまり、レオンに言われていなければ聞かないって事で…別にトレスはあたしに何と思われても良いって事…なんか寂し…。

…待て待て。寂しいって今思った??

それじゃあまるで、あたしがトレスを好きみたいじゃないか。
でも嫌いな理由もよく分からなかったし、やっぱり好きなのか…?

思わず地面に座り込み頭を抱える。

頭痛くなってきた。

頭ん中で、ぐるぐるとトレスの問いかけが回る。次第に彼にこんな事を言わせたレオンが憎くなった。

「シスターアサヒ?」

何時までも回答を出さないあたしの名前を呼び、トレスは白い手袋に包まれた右手を差し出した。

「な、何?」

トレスの顔と差し出された右手を見比べていると、無表情のままあたしの右手を握る。
ぐいっと引かれ、そのまま立ち上がるとトレスの顔が近くなった。

「トレス…」

怯えたような声が出たのは、仕方ないと思う。手を握られた事なんて数えるほどしかない。念力発火能力を持つあたしに触れたがる人間なんていないからだ。自分が何を求められ、何を求められていないのか理解した時から人と触れ合うのをやめた。否、人と触れ合いたいという希望を捨てたのだ。それは、決して望まれる行為ではないと理解して、しまったから。

「…と、トレスは、怖くないの?」

「怖い?卿の発言は意図が不明だ。」

機械的な回答…それがどれほど嬉しかったか彼に理解してもらえるだろうか?

「シスターアサヒ、先の問いに対する回答を要求する」

あぁ、そうか。今わかった。
人の身でありながら、触れ合う事が出来ないあたしは自らを機械と称す他者と触れ合う事ができるトレスが羨ましかったんだ。答えは、すぐに浮かぶ。あとは、口に出すだけ…

「…あたしは、トレスが好き、です。だから…もう少しだけ手を繋いでください」

思わず丁寧な物言いになったのは、怖かったからだ。
0と1で判断するなら意図が不明で不要な行為だ。

心臓が煩い。言わなければ良かった。と後悔しながらトレスを見る。
彼は、表情一つ崩さずに繋いだ右手を離した。

やばい、泣きそう…

多分、相当情けない顔になっていたと思う。

トレスは無言のままあたしを見ると左手であたしの右手を掴んだ。

「肯定、許容できる範囲だ。」

握られた手には、確かな温もりがあって不覚にも涙が零れそうだった。







「アサヒさんとトレス君、大丈夫ですかねぇ?」

ゲル状になった紅茶をすすりながら、アベルは部屋の主に問う。

「問題ないと思うがね」

答案に赤ペンを走らせながら、部屋の主、ウィリアムは答える。

「しかし、レオン君も大胆な事をするね…決して、誉められる行為ではないが…。」

憔悴しきった彼女の姿を思い出しウィリアムは苦笑をもらす。

「もし、この事がアサヒさんにバレたら私たちどうなるんでしょうね?」

あははは、と呑気な笑い声は、吹き飛ばされた扉の音にかき消される。

「…話は全てトレスから聞いたわ。覚悟は出来てるんでしょうねぇ?」

「アサヒさんっ!」

目の据わったアサヒにアベルが怯えたような声を出す。

「あたしを騙すなんて良い度胸じゃない。焼き方は、ウエルダンでよろしいかしら?」

「アサヒさん、落ち着いてっ!」

「あたしこの後、レオンを焼かないといけないから忙しいの。言い訳なんて聞いてられないわ」

にっこりと微笑むアサヒの姿は、天使のようだ。体に纏う炎さえなければ。

次の瞬間、剣の館(パラツツオ・スパーダ)に絶叫が響き渡った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
微妙な終わり方ですが個人的には満足です。アサヒさま、お付き合いありがとうございました。

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あきゅろす。
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